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25 おやすみ、オルゴール星
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静かな星だった。
淡い青の空に、小さな月がふたつ浮かぶその星――オルゴール星には、夜の間だけ目を覚ます不思議な種族〈リーヴ〉が住んでいた。
「今夜の、届けものは、“おやすみ”です」と、ソルが配達データを読み上げる。
「おやすみ……って、眠りにつくときの“おやすみ”?」とピリカが首をかしげる。
「うん。“安らかに眠れる時間”を求めてる人がいるんだ。今回の荷物は……これ」
モフルがふんすと鼻を鳴らしながら、毛布と抱き枕とオルゴールのセットをカートに積み直す。
それは「眠れぬ夜のためのあったか便」だった。
ミズホ号がオルゴール星に着陸すると、夜がまさに始まったところだった。
空が星の光を受けてきらめき、リーヴたちの家から、ほのかに灯りがともりはじめていた。
届け先は、トッカちゃんという女の子。
彼女はここ数ヶ月、眠るのがとても怖くなっていた。
「寝たら目が覚めたとき、ぜんぶ変わってるかもしれないって思っちゃって……」
トッカちゃんは、声を震わせながらピリカに打ち明けた。
「わかるよ。ぼくもさ、遠い星に来たとき、“次に目を覚ましたら、もうひとりかも”って思ったことがある」
ピリカは毛布をトッカちゃんの膝にかけながら、やさしく言った。
ソルがそっと、オルゴールを机の上に置く。
小さなハンドルを回すと、ゆっくりとした音色が流れ始めた。
やさしく、懐かしいような調べだった。
「それね、オルゴール星の音を録音して作った曲なんだって。夜の風と、星のきらめきと、みんなの寝息が混じってる」
モフルが、トッカちゃんの横にどっしり座って、そっと背中に鼻先をつけた。「安心していいんだよ」と言うようにいうように。
ピリカはリュックから自分の古いノートを取り出した。
表紙はぼろぼろだけど、そこには“眠れなかった日”のことと、“ぐっすり眠れた日”に見た夢の絵が、交互に描かれていた。
「ねえ、きみの夢のこと、いつか聞かせて。怖くない夜が来たらさ」
ピリカは笑って、ノートをトッカちゃんに手渡した。
「え……いいの? 大事なノートなんでしょ?」
「うん。大事なノートだから、次に夢を見た人に使ってほしいんだ」
夜は静かに深まっていく。
オルゴールの音がトッカちゃんの寝息と混じって、穏やかに空にのぼっていった。
「……よかった、ですね」とソルが言った。
モフルは小さく「ワン」と鳴いた。
ミズホ号が離陸するとき、トッカちゃんは毛布にくるまりながら、まだ手にしたノートを胸に抱いていた。
その顔は、ようやく訪れた“おやすみ”に、すっかり包まれていた。
《配達完了:毛布、オルゴール。(それと、あったかい“おやすみ”)》
ミズホ号、次の星へ航行開始――──
『夢の中の配達先』
オルゴール星での配達を終えた夜、珍しく、ピリカはミズホ号のベッドでぐっすりと眠っていた。
船内には、まだ微かにオルゴールの音が残っていた。
その音に導かれるように、ピリカは夢を見た──────
気がつくとピリカは、光の道を歩いていた。
道はふわふわと雲のように浮かび、左右には色とりどりの星々が、音符のように並んでいる。
手には、いつものように配達バッグ。
でも、中に入っているのは……ふわふわの白い羽毛だった。
「これを、どこに届けるんだろう?」
そう思ったとき、道の先にひとりの少年が座っているのが見えた。
少年は、どこかピリカに似ていた。
同じくらいの年頃。似たようなくせ毛。けれど、少しだけさびしそうな目。
少年の隣には、うすく透けるような大きな鳥がいた。
羽が半分欠けていて、空を飛べなくなっていた。
「この子が、飛べないって言うから……
ずっとここで、じっとしてるんだ」
少年はそう言って、鳥の羽にそっと手を添えた。
ピリカはバッグから、白い羽毛をひとつ取り出した。
そっと、欠けた羽のところに添えると、ふしぎなことに、羽毛は光に溶けて、鳥の羽の一部になった。
「……ありがとう」
少年が、小さくつぶやいた。
ピリカがもうひとつ羽毛を添えると、またひとつ、羽が修復された。
そうして、羽毛がすべてなくなるころには、鳥はすっかり元どおりになっていた。
「よかった……」とピリカが笑うと、少年も笑った。
「これで、旅が続けられるね」
「うん、配達も」
そのとき、鳥が翼を広げ、ふわりと空へ舞い上がった。
風が吹いて、光の道がゆらゆら揺れる。
そしてピリカも、光に包まれて――─────
目が覚めた。
ミズホ号の窓の外には、オルゴール星の朝が広がっていた。
淡い空と、静かな月。
隣ではモフルがまだすぅすぅ寝息を立てている。
「……夢か」
ピリカはそっと起き上がり、
枕元のノートを開いた。
空っぽだった最後のページに、目を閉じたまま、少年と鳥の姿を描き始める。
羽を届けた夢。
誰かの旅が、また始まるように。
淡い青の空に、小さな月がふたつ浮かぶその星――オルゴール星には、夜の間だけ目を覚ます不思議な種族〈リーヴ〉が住んでいた。
「今夜の、届けものは、“おやすみ”です」と、ソルが配達データを読み上げる。
「おやすみ……って、眠りにつくときの“おやすみ”?」とピリカが首をかしげる。
「うん。“安らかに眠れる時間”を求めてる人がいるんだ。今回の荷物は……これ」
モフルがふんすと鼻を鳴らしながら、毛布と抱き枕とオルゴールのセットをカートに積み直す。
それは「眠れぬ夜のためのあったか便」だった。
ミズホ号がオルゴール星に着陸すると、夜がまさに始まったところだった。
空が星の光を受けてきらめき、リーヴたちの家から、ほのかに灯りがともりはじめていた。
届け先は、トッカちゃんという女の子。
彼女はここ数ヶ月、眠るのがとても怖くなっていた。
「寝たら目が覚めたとき、ぜんぶ変わってるかもしれないって思っちゃって……」
トッカちゃんは、声を震わせながらピリカに打ち明けた。
「わかるよ。ぼくもさ、遠い星に来たとき、“次に目を覚ましたら、もうひとりかも”って思ったことがある」
ピリカは毛布をトッカちゃんの膝にかけながら、やさしく言った。
ソルがそっと、オルゴールを机の上に置く。
小さなハンドルを回すと、ゆっくりとした音色が流れ始めた。
やさしく、懐かしいような調べだった。
「それね、オルゴール星の音を録音して作った曲なんだって。夜の風と、星のきらめきと、みんなの寝息が混じってる」
モフルが、トッカちゃんの横にどっしり座って、そっと背中に鼻先をつけた。「安心していいんだよ」と言うようにいうように。
ピリカはリュックから自分の古いノートを取り出した。
表紙はぼろぼろだけど、そこには“眠れなかった日”のことと、“ぐっすり眠れた日”に見た夢の絵が、交互に描かれていた。
「ねえ、きみの夢のこと、いつか聞かせて。怖くない夜が来たらさ」
ピリカは笑って、ノートをトッカちゃんに手渡した。
「え……いいの? 大事なノートなんでしょ?」
「うん。大事なノートだから、次に夢を見た人に使ってほしいんだ」
夜は静かに深まっていく。
オルゴールの音がトッカちゃんの寝息と混じって、穏やかに空にのぼっていった。
「……よかった、ですね」とソルが言った。
モフルは小さく「ワン」と鳴いた。
ミズホ号が離陸するとき、トッカちゃんは毛布にくるまりながら、まだ手にしたノートを胸に抱いていた。
その顔は、ようやく訪れた“おやすみ”に、すっかり包まれていた。
《配達完了:毛布、オルゴール。(それと、あったかい“おやすみ”)》
ミズホ号、次の星へ航行開始――──
『夢の中の配達先』
オルゴール星での配達を終えた夜、珍しく、ピリカはミズホ号のベッドでぐっすりと眠っていた。
船内には、まだ微かにオルゴールの音が残っていた。
その音に導かれるように、ピリカは夢を見た──────
気がつくとピリカは、光の道を歩いていた。
道はふわふわと雲のように浮かび、左右には色とりどりの星々が、音符のように並んでいる。
手には、いつものように配達バッグ。
でも、中に入っているのは……ふわふわの白い羽毛だった。
「これを、どこに届けるんだろう?」
そう思ったとき、道の先にひとりの少年が座っているのが見えた。
少年は、どこかピリカに似ていた。
同じくらいの年頃。似たようなくせ毛。けれど、少しだけさびしそうな目。
少年の隣には、うすく透けるような大きな鳥がいた。
羽が半分欠けていて、空を飛べなくなっていた。
「この子が、飛べないって言うから……
ずっとここで、じっとしてるんだ」
少年はそう言って、鳥の羽にそっと手を添えた。
ピリカはバッグから、白い羽毛をひとつ取り出した。
そっと、欠けた羽のところに添えると、ふしぎなことに、羽毛は光に溶けて、鳥の羽の一部になった。
「……ありがとう」
少年が、小さくつぶやいた。
ピリカがもうひとつ羽毛を添えると、またひとつ、羽が修復された。
そうして、羽毛がすべてなくなるころには、鳥はすっかり元どおりになっていた。
「よかった……」とピリカが笑うと、少年も笑った。
「これで、旅が続けられるね」
「うん、配達も」
そのとき、鳥が翼を広げ、ふわりと空へ舞い上がった。
風が吹いて、光の道がゆらゆら揺れる。
そしてピリカも、光に包まれて――─────
目が覚めた。
ミズホ号の窓の外には、オルゴール星の朝が広がっていた。
淡い空と、静かな月。
隣ではモフルがまだすぅすぅ寝息を立てている。
「……夢か」
ピリカはそっと起き上がり、
枕元のノートを開いた。
空っぽだった最後のページに、目を閉じたまま、少年と鳥の姿を描き始める。
羽を届けた夢。
誰かの旅が、また始まるように。
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