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27 こころを思い出すセット
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ミズホ号が降り立ったのは、鉄とガラスの高層ビルが立ち並ぶ惑星〈サーリス〉。
そこはいつも忙しさに追われ、人々が時計ばかり見ている星だった。
今回の配達先は、惑星政府の事務局に勤める女性、カエラさん。
オーダーは「こころを思い出すためのグッズ」だった。
ピリカは少し首をかしげた。
(こころを思い出す……?)
「こんにちは! 宇宙宅配員のピリカです。カエラ・リンさん宛の配達です」
オフィスのドアが開いた。
中から出てきたのは、髪をきっちり束ねたカエラ。スーツの襟元はピシッとしていて、手にはずっと光るタブレットを持っていた。
「ああ……はい。ありがとうございます。そこに置いてもらえますか? 忙しくて、それどころじゃないの。開けて見る時間もないかもしれないわ……」
その目には疲れがにじんでいた。
ピリカは少しだけ思った。(今、なにか届けたいのは、グッズじゃないかもしれないな)
だけど宅配員として、彼は箱をていねいに手渡した。
「これ、きっとカエラさんのために作られたものです。よかったら、いっしょに開けてみませんか?」
カエラはほんの一瞬、眉を寄せて戸惑ったが、ため息まじりにうなずいた。
「じゃあ……少しだけ」
箱の中から出てきたのは、ふんわり香るお茶の葉。懐かしい絵本。そして、手のひらサイズのオルゴール。
カエラは思わず、小さな声を漏らした。
「……あれ? これ……私、昔読んでた絵本」
それは、子どものころに彼女が好きだったものをもとに、注文AIがセレクトした「こころを思い出すセット」だった。
「その人にぴったりなものを選んでくれるサービスなんですって。絵本の名前、覚えてますか?」
ピリカはニッコリ笑った。
「うん……『小さな光と森のランプ屋さん』。毎晩寝る前に読んでたな。……でも、そんなの、何年も思い出しもしなかったのに」
カエラの目元に、少しだけ色が戻った気がした。
彼女はそっと絵本をめくりながら言った。
「でも……この箱より、君の言葉のほうが、なんだか……染みたかもしれない」
「えっ?」
「“きっとカエラさんのために作られたもの”って言ったでしょう?
あんなふうに、誰かにまっすぐ言ってもらったの……どれくらいぶりかな」
「ぼく、宇宙宅配員だから。ただ、届けるのが仕事で……」
ピリカは少しだけ照れて、笑った。
「でもあなたが届けてくれたのは、箱だけじゃなかった。……“あったかい気持ち”って、こういうことなんだね」
カエラは、オルゴールのねじを巻いて、小さな音を鳴らした。
それは、彼女がまだ小さかったころ、母が聞かせてくれた子守唄の旋律だった。
外では、サーリスの夕暮れが始まっていた。
ビルの窓に夕陽が映り、反射した光が、まるで星屑のように街にちりばめられていた。
その中で、カエラは、ほんの一瞬だけ仕事を忘れて、目を閉じた。
航行ログ:《配達完了。届けたのは、こころを思い出すための小さな箱と、もうひとつ。“あなたは、あなたのままでいい”という声。》
ミズホ号、あたたかい夜風とともに離陸─────。
📚『小さな光と森のランプ屋さん』
ピリカとミズホ号が空へと還っていったあと、カエラは、ふと静かな時間に取り残されたような気がした。
でも─────それは決して、さみしい時間ではなかった。
オルゴールの音が、まだ微かに部屋に残っていた。
その余韻の中、カエラは腰を下ろし、絵本を開いた。
ページの端は少しざらついていて、まるで本が時間を越えて、子どもだった自分に触れてくるようだった。
《むかしむかし、森の奥に、小さなランプ屋さんがありました。
そこには、心の中の“ちいさな光”を見つけてくれるランプ職人が住んでいました─────》
カエラは、ページをめくる手を止めた。
思い出す。
子どものころ、ベッドにもぐりながら、母のやさしい声で聞いたあの物語。
「ほら、ここ。ランプ職人が言うのよ。“光は、あなたの中にもあるんですよ”って」
「うん……でも見えないよ」
「見えなくても、あたたかいものは、たしかにあるの。目に見えなくても、ね」
カエラの胸の奥に、じんわりと何かが灯る。
長い間、ずっと忘れていた言葉だった。
急ぐことばかり、終わらせることばかり数えていた自分。
でも今、小さな絵本が、時の隙間を縫うように、彼女の“心”に手を伸ばしてくれていた。
その手は─────あの少年の届けてくれたものでもあった。
「……ピリカ君、って言ったっけ」
カエラはそうつぶやいて、微笑んだ。
どこかで、彼のような子どもが、誰かの心のランプを今も灯している。
その想像だけで、なぜか少し、涙がこぼれた。
そして彼女は、仕事のタブレットを少し離れた場所に置いて、お茶を淹れて、絵本の続きを読んだ。ページをめくるたび、心が少しずつほどけていくようだった。
─────ランプ屋さんが、旅立つ子に言う最後のセリフ。
《あなたがどこにいても、あたたかい光は、きっとあなたといっしょです。
だから、あせらなくていい。ときどき止まって、空を見て。
あの星の中に、あたなが灯した光があるから》
カエラは、窓の外を見上げた。
星がひとつ、流れた。
その尾が、どこか遠く、宇宙の果てへ向かっていく。きっと、あのミズホ号のあとを追って。
「─────また、誰かのもとへ向かってるんだね」
あたたかい風が、そっと部屋を通り抜けていった。
そこはいつも忙しさに追われ、人々が時計ばかり見ている星だった。
今回の配達先は、惑星政府の事務局に勤める女性、カエラさん。
オーダーは「こころを思い出すためのグッズ」だった。
ピリカは少し首をかしげた。
(こころを思い出す……?)
「こんにちは! 宇宙宅配員のピリカです。カエラ・リンさん宛の配達です」
オフィスのドアが開いた。
中から出てきたのは、髪をきっちり束ねたカエラ。スーツの襟元はピシッとしていて、手にはずっと光るタブレットを持っていた。
「ああ……はい。ありがとうございます。そこに置いてもらえますか? 忙しくて、それどころじゃないの。開けて見る時間もないかもしれないわ……」
その目には疲れがにじんでいた。
ピリカは少しだけ思った。(今、なにか届けたいのは、グッズじゃないかもしれないな)
だけど宅配員として、彼は箱をていねいに手渡した。
「これ、きっとカエラさんのために作られたものです。よかったら、いっしょに開けてみませんか?」
カエラはほんの一瞬、眉を寄せて戸惑ったが、ため息まじりにうなずいた。
「じゃあ……少しだけ」
箱の中から出てきたのは、ふんわり香るお茶の葉。懐かしい絵本。そして、手のひらサイズのオルゴール。
カエラは思わず、小さな声を漏らした。
「……あれ? これ……私、昔読んでた絵本」
それは、子どものころに彼女が好きだったものをもとに、注文AIがセレクトした「こころを思い出すセット」だった。
「その人にぴったりなものを選んでくれるサービスなんですって。絵本の名前、覚えてますか?」
ピリカはニッコリ笑った。
「うん……『小さな光と森のランプ屋さん』。毎晩寝る前に読んでたな。……でも、そんなの、何年も思い出しもしなかったのに」
カエラの目元に、少しだけ色が戻った気がした。
彼女はそっと絵本をめくりながら言った。
「でも……この箱より、君の言葉のほうが、なんだか……染みたかもしれない」
「えっ?」
「“きっとカエラさんのために作られたもの”って言ったでしょう?
あんなふうに、誰かにまっすぐ言ってもらったの……どれくらいぶりかな」
「ぼく、宇宙宅配員だから。ただ、届けるのが仕事で……」
ピリカは少しだけ照れて、笑った。
「でもあなたが届けてくれたのは、箱だけじゃなかった。……“あったかい気持ち”って、こういうことなんだね」
カエラは、オルゴールのねじを巻いて、小さな音を鳴らした。
それは、彼女がまだ小さかったころ、母が聞かせてくれた子守唄の旋律だった。
外では、サーリスの夕暮れが始まっていた。
ビルの窓に夕陽が映り、反射した光が、まるで星屑のように街にちりばめられていた。
その中で、カエラは、ほんの一瞬だけ仕事を忘れて、目を閉じた。
航行ログ:《配達完了。届けたのは、こころを思い出すための小さな箱と、もうひとつ。“あなたは、あなたのままでいい”という声。》
ミズホ号、あたたかい夜風とともに離陸─────。
📚『小さな光と森のランプ屋さん』
ピリカとミズホ号が空へと還っていったあと、カエラは、ふと静かな時間に取り残されたような気がした。
でも─────それは決して、さみしい時間ではなかった。
オルゴールの音が、まだ微かに部屋に残っていた。
その余韻の中、カエラは腰を下ろし、絵本を開いた。
ページの端は少しざらついていて、まるで本が時間を越えて、子どもだった自分に触れてくるようだった。
《むかしむかし、森の奥に、小さなランプ屋さんがありました。
そこには、心の中の“ちいさな光”を見つけてくれるランプ職人が住んでいました─────》
カエラは、ページをめくる手を止めた。
思い出す。
子どものころ、ベッドにもぐりながら、母のやさしい声で聞いたあの物語。
「ほら、ここ。ランプ職人が言うのよ。“光は、あなたの中にもあるんですよ”って」
「うん……でも見えないよ」
「見えなくても、あたたかいものは、たしかにあるの。目に見えなくても、ね」
カエラの胸の奥に、じんわりと何かが灯る。
長い間、ずっと忘れていた言葉だった。
急ぐことばかり、終わらせることばかり数えていた自分。
でも今、小さな絵本が、時の隙間を縫うように、彼女の“心”に手を伸ばしてくれていた。
その手は─────あの少年の届けてくれたものでもあった。
「……ピリカ君、って言ったっけ」
カエラはそうつぶやいて、微笑んだ。
どこかで、彼のような子どもが、誰かの心のランプを今も灯している。
その想像だけで、なぜか少し、涙がこぼれた。
そして彼女は、仕事のタブレットを少し離れた場所に置いて、お茶を淹れて、絵本の続きを読んだ。ページをめくるたび、心が少しずつほどけていくようだった。
─────ランプ屋さんが、旅立つ子に言う最後のセリフ。
《あなたがどこにいても、あたたかい光は、きっとあなたといっしょです。
だから、あせらなくていい。ときどき止まって、空を見て。
あの星の中に、あたなが灯した光があるから》
カエラは、窓の外を見上げた。
星がひとつ、流れた。
その尾が、どこか遠く、宇宙の果てへ向かっていく。きっと、あのミズホ号のあとを追って。
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あたたかい風が、そっと部屋を通り抜けていった。
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