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28 湯けむり、ふたたび便
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ある日のこと。ミズホ号に届いた一件のリクエスト。
宛先は、〈うたれ星・第七集落〉。かつて火山活動で名湯の湯けむりに包まれていた星だが、今はその源泉がすっかり枯れてしまっていた。
そこに住む人々は、かつて温泉に浸かりながら語り合った団らんの時間を、今もどこかで恋しく思っていた。
依頼の内容は――
「もう一度、みんなであの“あったかさ”を思い出したい」
という、集落の住民たちからの願いだった。
「……出番、ですね」
依頼を読んだソルが、すっと立ち上がった。
「温泉カプセル、起動確認します」
それは、かつてソルのリクエストで作られた特殊配達装置。携帯式“心の温泉”ユニット。
どこにでも小さな“おんせん空間”を生み出せる、可動式・自己循環型のカプセルだった。
今回は、温泉カプセルが五基必要だ。
ピリカたちは、レッカ9番星・氷星経由で、湯けむりの記憶を取り戻す旅へ出発した。
ステーションは以前よりもやや寂れていた。
どこか音が静かで、ライトのひとつがチカチカしている。
ピリカが工房の扉をノックすると、中から懐かしい声が返ってきた。
姿を見せたおばあさん――コユキは以前より少し小さくなったように見えたが、笑顔は変わらない。ピリカは思わず彼女の手を握った。
「改良版にしておいたよ。今度は“流れ星湯”って名前でね、光る粒子を混ぜて幻想的にしたの」
そう言って、コユキは目を細める。
「おれの毛が保温材に使われる前に完成していてよかったぜ」
「わぁ。いい仕事してますね」
「技術者、コユキ・ナナバさん。非正規ながら、宇宙港随一の、修理職人です」
ソルは静かに補足する。
「でもね、この工房もそろそろおしまい。次の世代に渡そうと思ってるのよ。年だしねえ」
「ワタシあたたかい、ということ、わかります。コユキさんの作ったおんせん、あったかいです……」
「それはよかった。あれは作るのが大変だったけど楽しかったわ」
そう言ってコユキはソルのブリキの背中に触れた。
「……コユキさんの手も、あったかいです……」
「……両親のこと、宅配をしながらずいぶん捜しているけど、まだ見つかってなくて。宇宙は広すぎて。悲しくなる」
しばらくぶりの団らん。ピリカはぽろっと話す。
「でも、捜してる途中で、いろんな人と出会えた。
いつかきっと会えると信じて今も届ける仕事を続けてるんだ」
コユキはうなずいた。
「届けるって、素敵なことよ。だって、“あなたのことを思っています”って、見えない手紙を出してるみたいだからね」
別れ際コユキが、棚の奥から取り出したのは――
小さな真空パックに入った、あのときと同じ、焼き芋だった。
「冷凍技術も進んでるの。熱々で持っていきなさい。……ちゃんと、途中で食べるのよ?」
ピリカは胸がいっぱいになって、うなずくしかなかった。
「……あたしももうちょっと自分の仕事を続けてみようかな。これからも力になれることがあるはずだから」
「コユキさん……」
「この匂い、やっぱり好きだな……。焼き芋ってのは、あったけぇな……」
モフルが鼻ををひくひくさせてつぶやいた。
ソルが続ける。「焼き芋は、エネルギー効率も高く、構造も単純……しかし、それ以上に“情緒的満足度”が高い食品です」
再会を約束しピリカたちはミズホ号へと乗り込んだ。
〈うたれ星〉に到着したピリカたちは、廃れた温泉街の跡地にカプセルを設置した。
モフルがセンサーを調整し、ソルが静かに操作盤を起動する。
「スチーム準備よし、源泉温度、設定どおり……」
ごぉぉお……という音とともに、まるで星の奥深くから、もう一度湯脈がよみがえったように、温泉カプセルから湯けむりが立ち上がる。
その白い湯けむりを見た瞬間、集まったお年寄りたちの目に涙が浮かび、子どもたちは歓声をあげてはしゃいだ。
温泉の中では、久しぶりの再会を喜び合う人々の声。
「家の風呂じゃ、こうはいかないからね」
「いやぁ、温泉って、話したくなるねえ」
「久しぶりに笑った気がする」
湯けむりが立ちこめるその光景は、まるで時を巻き戻したかのようだった。
その夜、ピリカたちも野外にカプセルをもうひとつ広げ、ミズホ号の屋上で入浴タイム。
空には満天の星、静かな湯音、湯けむりの向こうには、ひとつだけ雲がかかっていた。
「……あれ、湯けむりじゃないか?」とモフル。
「いえ、あれは雲です。でも、ちょっと、似てますね」とソル。
ピリカは湯船につかりながら、ふうっと息をついた。
「また、ぬくもりを届けられたね」
《配達完了:おんせん(流れ星つき)》
ぬくもりは、たしかに届きました。
宛先は、〈うたれ星・第七集落〉。かつて火山活動で名湯の湯けむりに包まれていた星だが、今はその源泉がすっかり枯れてしまっていた。
そこに住む人々は、かつて温泉に浸かりながら語り合った団らんの時間を、今もどこかで恋しく思っていた。
依頼の内容は――
「もう一度、みんなであの“あったかさ”を思い出したい」
という、集落の住民たちからの願いだった。
「……出番、ですね」
依頼を読んだソルが、すっと立ち上がった。
「温泉カプセル、起動確認します」
それは、かつてソルのリクエストで作られた特殊配達装置。携帯式“心の温泉”ユニット。
どこにでも小さな“おんせん空間”を生み出せる、可動式・自己循環型のカプセルだった。
今回は、温泉カプセルが五基必要だ。
ピリカたちは、レッカ9番星・氷星経由で、湯けむりの記憶を取り戻す旅へ出発した。
ステーションは以前よりもやや寂れていた。
どこか音が静かで、ライトのひとつがチカチカしている。
ピリカが工房の扉をノックすると、中から懐かしい声が返ってきた。
姿を見せたおばあさん――コユキは以前より少し小さくなったように見えたが、笑顔は変わらない。ピリカは思わず彼女の手を握った。
「改良版にしておいたよ。今度は“流れ星湯”って名前でね、光る粒子を混ぜて幻想的にしたの」
そう言って、コユキは目を細める。
「おれの毛が保温材に使われる前に完成していてよかったぜ」
「わぁ。いい仕事してますね」
「技術者、コユキ・ナナバさん。非正規ながら、宇宙港随一の、修理職人です」
ソルは静かに補足する。
「でもね、この工房もそろそろおしまい。次の世代に渡そうと思ってるのよ。年だしねえ」
「ワタシあたたかい、ということ、わかります。コユキさんの作ったおんせん、あったかいです……」
「それはよかった。あれは作るのが大変だったけど楽しかったわ」
そう言ってコユキはソルのブリキの背中に触れた。
「……コユキさんの手も、あったかいです……」
「……両親のこと、宅配をしながらずいぶん捜しているけど、まだ見つかってなくて。宇宙は広すぎて。悲しくなる」
しばらくぶりの団らん。ピリカはぽろっと話す。
「でも、捜してる途中で、いろんな人と出会えた。
いつかきっと会えると信じて今も届ける仕事を続けてるんだ」
コユキはうなずいた。
「届けるって、素敵なことよ。だって、“あなたのことを思っています”って、見えない手紙を出してるみたいだからね」
別れ際コユキが、棚の奥から取り出したのは――
小さな真空パックに入った、あのときと同じ、焼き芋だった。
「冷凍技術も進んでるの。熱々で持っていきなさい。……ちゃんと、途中で食べるのよ?」
ピリカは胸がいっぱいになって、うなずくしかなかった。
「……あたしももうちょっと自分の仕事を続けてみようかな。これからも力になれることがあるはずだから」
「コユキさん……」
「この匂い、やっぱり好きだな……。焼き芋ってのは、あったけぇな……」
モフルが鼻ををひくひくさせてつぶやいた。
ソルが続ける。「焼き芋は、エネルギー効率も高く、構造も単純……しかし、それ以上に“情緒的満足度”が高い食品です」
再会を約束しピリカたちはミズホ号へと乗り込んだ。
〈うたれ星〉に到着したピリカたちは、廃れた温泉街の跡地にカプセルを設置した。
モフルがセンサーを調整し、ソルが静かに操作盤を起動する。
「スチーム準備よし、源泉温度、設定どおり……」
ごぉぉお……という音とともに、まるで星の奥深くから、もう一度湯脈がよみがえったように、温泉カプセルから湯けむりが立ち上がる。
その白い湯けむりを見た瞬間、集まったお年寄りたちの目に涙が浮かび、子どもたちは歓声をあげてはしゃいだ。
温泉の中では、久しぶりの再会を喜び合う人々の声。
「家の風呂じゃ、こうはいかないからね」
「いやぁ、温泉って、話したくなるねえ」
「久しぶりに笑った気がする」
湯けむりが立ちこめるその光景は、まるで時を巻き戻したかのようだった。
その夜、ピリカたちも野外にカプセルをもうひとつ広げ、ミズホ号の屋上で入浴タイム。
空には満天の星、静かな湯音、湯けむりの向こうには、ひとつだけ雲がかかっていた。
「……あれ、湯けむりじゃないか?」とモフル。
「いえ、あれは雲です。でも、ちょっと、似てますね」とソル。
ピリカは湯船につかりながら、ふうっと息をついた。
「また、ぬくもりを届けられたね」
《配達完了:おんせん(流れ星つき)》
ぬくもりは、たしかに届きました。
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