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29 雪の星のアイス便
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〔目的地、ユキホシ7番街区・ブランチ谷。配送品目:アイスクリーム〕
ピリカの前に現れたのは、ガラスのように透き通った保冷カプセル。中には、小さなカップに入ったアイスクリームが6個。
気温マイナス50度、吹雪の星に「冷たい食べ物を届ける」なんて、なんだか不思議な仕事だった。
「……こんな星に、アイス? うっかり置いたら雪に埋もれちゃいそう」
ピリカは、カプセルの温度管理を慎重に確認しながら、雪の惑星に降り立つ。
配達先は、雪に囲まれた山の診療所。
迎えてくれたのは、小柄なお医者さん。年老いたその人は、心からの笑顔でこう言った。
「間に合った!ありがとう。これはね、あの子の誕生日プレゼントなんだよ」
ピリカが首をかしげると、先生は診療所の奥を指さす。
そこには、小さなベッドで横たわる女の子がいた。真っ白な肌、透き通るような髪。
病気で外の世界に出られない少女・ミレイ。
今日がその、10歳の誕生日だった。
ミレイは、雪の星の環境で育ったせいで、暑さにとても弱く、太陽のある星に住むことはできない。
いつも窓の外を見ながら、星の図鑑を読んで過ごしていた。
そんな彼女が言った夢があった。
「一度でいいから、本物の“青空の下で食べるアイスクリーム”を味わってみたい」
それを聞いた先生は、考えに考えた。
どうしても本物のアイスを届けたい――でも、この星では溶けないし、外に出ることもできない。
だから、ピリカに頼んだのだった。
「あの子のために、“空と一緒にアイスを届けて”ほしい」
ピリカも、考えた。
ピリカは荷物とは別に、荷室の中にしまってあった“あるもの”を取り出した。
「ミレイちゃん、誕生日おめでとう。
これ……空だよ。僕が届けに行った星の、いちばんきれいな日の空!」
それは、かつて届けた星の記念に撮った、青空のホログラム映像。
小さな部屋が、青い光で包まれた。
ホログラムの中では、青空の下に風が吹き、雲が流れ、鳥が飛んでいる。
その下で、女の子がアイスを手にして笑っていた――それは、ミレイだった。
「すごい……空の下にいるみたい」
「うん。ミレイちゃん、いまだけは“外の世界”にいるんだよ」
ミレイは、そっとアイスをひとくち。
口に広がる冷たい甘さ。
でも、心に広がったのは、もっとあったかい何かだった。
冷たいアイス。
だけど、こんなにやさしい味があるなんて、ピリカも知らなかった。
ピリカがカプセルに戻ろうとしたとき、背中から声がかかった。
「ピリカさん……ありがとう」
振り向くと、ミレイが両手を合わせて、ぎゅっと胸にあてていた。
「わたし、初めて“外に出た”気がしたの。空とアイス、いっしょにありがとう」
《配達完了:アイスクリーム(青空とともに)》
冷たいけどあったかいもの、届けました。
〈ミズホ号の窓から〉
雪の星・ユキホシを離れて、ミズホ号はふわりと宇宙へと戻る。
吹雪の白さが窓の外から遠ざかり、静かな星屑の海が広がった。
ピリカは、操縦席のうしろ、ひとりで窓辺の小さなベンチに座っていた。
暖房を少し強くして、冷えた指先をにぎるようにして。
「……誕生日かぁ」
自然と、さっきのミレイちゃんの笑顔が思い出された。
青空のホログラムの中で、アイスを食べていた小さな彼女。
そして、ふと――自分の11歳の誕生日のことが、心の奥から湧いてきた。
それは、少し前の話。
宇宙宅配員になって日が浅く、まだ右も左もわからなかった頃。
ミズホ号の整備もままならず、荷物の扱いもおぼつかなかった。
そんなときに、ピリカの唯一の相棒だったのが、船に住みついていた、ニューファンドランド犬そっくりのもふもふのAI、モフル。
不思議で、あったかい存在だった。
その誕生日の朝。
配送データのチェックをしようと目を覚ますと、操縦席の前に、小さなお弁当箱が置かれていた。
中には――甘いトウモロコシパンケーキが、ふたつ。
そして、モフルが器用に手(?)で描いたと思われる紙が添えられていた。
へにょっとしたハートの横に、「11」の数字。
そして、無数のモフルの手形スタンプ。
ピリカは、何も言えず、ただしばらくその場で泣いた。
両親を探しながら旅する彼にとって、その「祝ってくれる誰か」がいたことが、何よりうれしかった。
「モフルってば……あのとき、何してるか分かってたんだよねぇ」
窓の外を見ながら、ピリカは微笑む。
ちょうど、宇宙を横切るように流れ星がひとすじ、尾を引いていく。
あの頃、まだソルには出会っていなかった。ソルは100年の間ココロ星で、たったひとりで暮らしていた。
「……ソルも、だれかに誕生日、祝ってもらえたのかなぁ」
ピリカの声に、もふっと、モフルが隣に座る。
もふもふの体がじんわりと温かい。
ピリカは、ふわっとモフルを抱きしめた。
「今度の誕生日は、ソルと三人で過ごせたらいいね。ね、モフル」
ふたりきりだった頃のやさしい記憶と、これから迎える、あたらしい家族の時間。
ミズホ号は、銀河の静けさの中をゆっくりと進んでいく。
ピリカの前に現れたのは、ガラスのように透き通った保冷カプセル。中には、小さなカップに入ったアイスクリームが6個。
気温マイナス50度、吹雪の星に「冷たい食べ物を届ける」なんて、なんだか不思議な仕事だった。
「……こんな星に、アイス? うっかり置いたら雪に埋もれちゃいそう」
ピリカは、カプセルの温度管理を慎重に確認しながら、雪の惑星に降り立つ。
配達先は、雪に囲まれた山の診療所。
迎えてくれたのは、小柄なお医者さん。年老いたその人は、心からの笑顔でこう言った。
「間に合った!ありがとう。これはね、あの子の誕生日プレゼントなんだよ」
ピリカが首をかしげると、先生は診療所の奥を指さす。
そこには、小さなベッドで横たわる女の子がいた。真っ白な肌、透き通るような髪。
病気で外の世界に出られない少女・ミレイ。
今日がその、10歳の誕生日だった。
ミレイは、雪の星の環境で育ったせいで、暑さにとても弱く、太陽のある星に住むことはできない。
いつも窓の外を見ながら、星の図鑑を読んで過ごしていた。
そんな彼女が言った夢があった。
「一度でいいから、本物の“青空の下で食べるアイスクリーム”を味わってみたい」
それを聞いた先生は、考えに考えた。
どうしても本物のアイスを届けたい――でも、この星では溶けないし、外に出ることもできない。
だから、ピリカに頼んだのだった。
「あの子のために、“空と一緒にアイスを届けて”ほしい」
ピリカも、考えた。
ピリカは荷物とは別に、荷室の中にしまってあった“あるもの”を取り出した。
「ミレイちゃん、誕生日おめでとう。
これ……空だよ。僕が届けに行った星の、いちばんきれいな日の空!」
それは、かつて届けた星の記念に撮った、青空のホログラム映像。
小さな部屋が、青い光で包まれた。
ホログラムの中では、青空の下に風が吹き、雲が流れ、鳥が飛んでいる。
その下で、女の子がアイスを手にして笑っていた――それは、ミレイだった。
「すごい……空の下にいるみたい」
「うん。ミレイちゃん、いまだけは“外の世界”にいるんだよ」
ミレイは、そっとアイスをひとくち。
口に広がる冷たい甘さ。
でも、心に広がったのは、もっとあったかい何かだった。
冷たいアイス。
だけど、こんなにやさしい味があるなんて、ピリカも知らなかった。
ピリカがカプセルに戻ろうとしたとき、背中から声がかかった。
「ピリカさん……ありがとう」
振り向くと、ミレイが両手を合わせて、ぎゅっと胸にあてていた。
「わたし、初めて“外に出た”気がしたの。空とアイス、いっしょにありがとう」
《配達完了:アイスクリーム(青空とともに)》
冷たいけどあったかいもの、届けました。
〈ミズホ号の窓から〉
雪の星・ユキホシを離れて、ミズホ号はふわりと宇宙へと戻る。
吹雪の白さが窓の外から遠ざかり、静かな星屑の海が広がった。
ピリカは、操縦席のうしろ、ひとりで窓辺の小さなベンチに座っていた。
暖房を少し強くして、冷えた指先をにぎるようにして。
「……誕生日かぁ」
自然と、さっきのミレイちゃんの笑顔が思い出された。
青空のホログラムの中で、アイスを食べていた小さな彼女。
そして、ふと――自分の11歳の誕生日のことが、心の奥から湧いてきた。
それは、少し前の話。
宇宙宅配員になって日が浅く、まだ右も左もわからなかった頃。
ミズホ号の整備もままならず、荷物の扱いもおぼつかなかった。
そんなときに、ピリカの唯一の相棒だったのが、船に住みついていた、ニューファンドランド犬そっくりのもふもふのAI、モフル。
不思議で、あったかい存在だった。
その誕生日の朝。
配送データのチェックをしようと目を覚ますと、操縦席の前に、小さなお弁当箱が置かれていた。
中には――甘いトウモロコシパンケーキが、ふたつ。
そして、モフルが器用に手(?)で描いたと思われる紙が添えられていた。
へにょっとしたハートの横に、「11」の数字。
そして、無数のモフルの手形スタンプ。
ピリカは、何も言えず、ただしばらくその場で泣いた。
両親を探しながら旅する彼にとって、その「祝ってくれる誰か」がいたことが、何よりうれしかった。
「モフルってば……あのとき、何してるか分かってたんだよねぇ」
窓の外を見ながら、ピリカは微笑む。
ちょうど、宇宙を横切るように流れ星がひとすじ、尾を引いていく。
あの頃、まだソルには出会っていなかった。ソルは100年の間ココロ星で、たったひとりで暮らしていた。
「……ソルも、だれかに誕生日、祝ってもらえたのかなぁ」
ピリカの声に、もふっと、モフルが隣に座る。
もふもふの体がじんわりと温かい。
ピリカは、ふわっとモフルを抱きしめた。
「今度の誕生日は、ソルと三人で過ごせたらいいね。ね、モフル」
ふたりきりだった頃のやさしい記憶と、これから迎える、あたらしい家族の時間。
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