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31 ポストの前で、こんにちは便
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――─「会って渡したい」って、きっとそういう気持ち。
宇宙時間で午後三時、ピリカは「ネストーラ第9区」に到着した。
届けるのは、「はなの茶便」。香り豊かなハーブティーの詰め合わせ。
依頼主は、花屋を営む女性・ミナ。
届け先は、彼女のかつての恋人で、今は宇宙建築士として辺境惑星に滞在している青年・レオ。
注文メモには、こう書かれていた。
〔直接手渡しでお願いします。できたら、顔を見て渡してほしいんです〕
ポストに入れかけて、ピリカは立ち止まった。
インターホンは静かで、返事はなかった。
「ご不在かな……でも、“お会いして渡してほしい”って言われたし……」
ピリカはポストに荷物を入れかけて、ふと立ち止まった。
置き配指定はされていない。
ドアの前にそっと立ち、「こんにちはー」と呼びかける。……反応はない。
「あれ……ご在宅じゃないのかな」
ポストには“在宅中”マグネットがついている。でも室内はしんとしていた。
ピリカは一度荷物を持ち帰り、空を見上げた。
ミズホ号のソルに連絡しようとしたそのとき――
「……すみません!」
息を切らせて走ってきた青年が、路地の向こうから現れた。
「シャワーの途中だったんです、気づかなくて。わざわざすみません……!」
汗をぬぐいながら青年は笑った。
(またシャワー浴びなきゃいけないみたいだね)
そう思いながらピリカは「いえ、お会いできてよかったです」とにっこり荷物を差し出す。
それを受け取ったレオは、ふと、ぴたりと動きを止めた。ふわりと、ラベンダーとレモンバーム、そしてほんの少しだけローズマリーの香りが立ちのぼる。
「……この香り。彼女の好きなブレンドだ。……なつかしいな」
しばらく茶葉の袋を見つめたあと、彼はふっと目を細めた。
「こういうの、会って渡してくれるのって、やっぱり違うんですね。君の顔を見て、彼女の気持ちがわかった気がしました。
─────ありがとう、ピリカ君」
その日の夜、ピリカはミズホ号に戻り、ソルとモフルと一緒にお茶の時間。
配達の控えに入っていた「おすそわけ用ブレンド」を開ける。
「……届いたかな、気持ち」とピリカ
「きっと、あの人の、心の奥まで、届いたと、思います」ソルが言った。
《配達完了:ハーブティー(対面で)》
ぬくもりは、たしかに届きました。
☕ 〈午後のまんなか、おもてなし〉
――届け返される、ぬくもりの一杯。
数週間ぶりに、ピリカはネストーラ第9区を再訪した。
今度は集荷ではなく、レオから「近くまで来たら、ついでに寄ってみて」と言われていた。
レオの手には、銀色のポットと、木のトレイ。
それは、あの“はなの茶便”のブレンドで淹れた、香り高いハーブティーだった。
案内された木漏れ日が差し込む屋上テラスに、小さな折りたたみテーブルが置かれた。
ピリカはマグカップを受け取り、一口すすった。
「……おいしい。やさしい味ですね」
「……これ、彼女と一緒に考えたブレンドなんだ」
と、レオはぽつりと言った。
――──かつてのふたりの記憶。
レオとミナは、地球で同じアパートの隣同士だった。
彼女は路地裏の小さな花屋を営み、彼は夜遅くまで模型を削る建築士の卵。
疲れた彼の手に、ある日彼女が差し出したのが、あのブレンドティーだった。
「香りってね、“心の鍵”になることがあるの」
「心の鍵?」
「うん。しんどいときに、その香りを吸い込むとね、思い出すんだよ。“あ、大丈夫だ”って」
その言葉は、レオの胸にずっと残っていた。
やがてレオは宇宙建築士として惑星間勤務に。
ミナは地球に残り、花屋を続けていた。
遠距離になっても連絡は取っていたが、いつしか間が空きはじめ……。
「でも、彼女が送ってくれたこの香りは――まるで“おかえり”って言われた気がしました」
レオはそう言って、ふっと目を細めた。
「ラベンダーには”あなたを待っています”という、花言葉が、ありますね」
ソルが説明する。
「香りには、リラックス効果が。あります。レモンバームの、花言葉は、“思いやり”。これも、リラックス効果が、あります」
「思いやりか~。やさしいハーブなんだね」
ピリカがカップの中を見る。
「ローズマリーの、花言葉は”変わらぬ愛”、“追憶”、“私を忘れないで”、などですね。
記憶を、活性化させる、効果も、あります」
レオは香りを楽しむように、しばらくを閉じていた。
そばには、小さな鉢植えがひとつ。ミナがレオに贈ったラベンダーだった。
「いまも、たまに手紙が届くんです」
「じゃあ、また会えそうですね」
「うん。……でも不思議だね。もらったぬくもりを、今度は誰かに渡したくなる」
ピリカはそれを聞いて、うれしくなった。
届けることで、つながる気持ちが、こうしてまた別の形で返ってくる――。それが、この仕事の、いちばん好きなところだった。
夕暮れが近づき、ピリカが帰ろうとすると、レオがそっと手渡してきたものがあった。
手書きのラベルが貼られた、ハーブティーの小さな瓶。
〈ピリカブレンド:レモングラス、ミント、そして“やさしさ”をひとつまみ〉
「彼女が言ってた。ピリカ君は、あったかい人だって。だから、この味が合うかもって」
レオは照れたように笑った。
「今度は、俺から届ける番だから」
ミズホ号の船内で、ピリカは仲間たちとピリカブレンドのお茶を囲んだ。
モフルはマグのふちを鼻でつつき、ソルは静かに目を閉じる。
「これは……やわらかい味、ですね」
「たぶん、やさしさ味だよ」
ピリカはくすりと笑って、マグカップを両手で包んだ。
「おれもオリジナルブレンド作ろうかな。
励ましてくれるハーブティー」
「いいね!」
「だろ! ‘土瓶茶便ハゲ茶便’っていうネーミングにして、‘濡れた犬’のフレーバーをつけたら、”お湯たまご”みたいに大ヒットするんじゃないかな。
爆売れするな!」
「”お湯たまご”といえば、いまだに根強い人気ですね」
「ロングセラー商品だね」
「緊張を、和らげて、くれる、ミントには、”感情の温かさ”、という、花言葉が、あります。
レモングラスの、花言葉は”爽快””爽やかな性格””凛々しさ”。
ミントとも相性が良く────」
「爽やかな性格? 僕にぴったりだね!」
モフルのアイデアはスルーされた。
──その夜モフルは、久々に自らのログにメモを残すのだった。
宇宙時間で午後三時、ピリカは「ネストーラ第9区」に到着した。
届けるのは、「はなの茶便」。香り豊かなハーブティーの詰め合わせ。
依頼主は、花屋を営む女性・ミナ。
届け先は、彼女のかつての恋人で、今は宇宙建築士として辺境惑星に滞在している青年・レオ。
注文メモには、こう書かれていた。
〔直接手渡しでお願いします。できたら、顔を見て渡してほしいんです〕
ポストに入れかけて、ピリカは立ち止まった。
インターホンは静かで、返事はなかった。
「ご不在かな……でも、“お会いして渡してほしい”って言われたし……」
ピリカはポストに荷物を入れかけて、ふと立ち止まった。
置き配指定はされていない。
ドアの前にそっと立ち、「こんにちはー」と呼びかける。……反応はない。
「あれ……ご在宅じゃないのかな」
ポストには“在宅中”マグネットがついている。でも室内はしんとしていた。
ピリカは一度荷物を持ち帰り、空を見上げた。
ミズホ号のソルに連絡しようとしたそのとき――
「……すみません!」
息を切らせて走ってきた青年が、路地の向こうから現れた。
「シャワーの途中だったんです、気づかなくて。わざわざすみません……!」
汗をぬぐいながら青年は笑った。
(またシャワー浴びなきゃいけないみたいだね)
そう思いながらピリカは「いえ、お会いできてよかったです」とにっこり荷物を差し出す。
それを受け取ったレオは、ふと、ぴたりと動きを止めた。ふわりと、ラベンダーとレモンバーム、そしてほんの少しだけローズマリーの香りが立ちのぼる。
「……この香り。彼女の好きなブレンドだ。……なつかしいな」
しばらく茶葉の袋を見つめたあと、彼はふっと目を細めた。
「こういうの、会って渡してくれるのって、やっぱり違うんですね。君の顔を見て、彼女の気持ちがわかった気がしました。
─────ありがとう、ピリカ君」
その日の夜、ピリカはミズホ号に戻り、ソルとモフルと一緒にお茶の時間。
配達の控えに入っていた「おすそわけ用ブレンド」を開ける。
「……届いたかな、気持ち」とピリカ
「きっと、あの人の、心の奥まで、届いたと、思います」ソルが言った。
《配達完了:ハーブティー(対面で)》
ぬくもりは、たしかに届きました。
☕ 〈午後のまんなか、おもてなし〉
――届け返される、ぬくもりの一杯。
数週間ぶりに、ピリカはネストーラ第9区を再訪した。
今度は集荷ではなく、レオから「近くまで来たら、ついでに寄ってみて」と言われていた。
レオの手には、銀色のポットと、木のトレイ。
それは、あの“はなの茶便”のブレンドで淹れた、香り高いハーブティーだった。
案内された木漏れ日が差し込む屋上テラスに、小さな折りたたみテーブルが置かれた。
ピリカはマグカップを受け取り、一口すすった。
「……おいしい。やさしい味ですね」
「……これ、彼女と一緒に考えたブレンドなんだ」
と、レオはぽつりと言った。
――──かつてのふたりの記憶。
レオとミナは、地球で同じアパートの隣同士だった。
彼女は路地裏の小さな花屋を営み、彼は夜遅くまで模型を削る建築士の卵。
疲れた彼の手に、ある日彼女が差し出したのが、あのブレンドティーだった。
「香りってね、“心の鍵”になることがあるの」
「心の鍵?」
「うん。しんどいときに、その香りを吸い込むとね、思い出すんだよ。“あ、大丈夫だ”って」
その言葉は、レオの胸にずっと残っていた。
やがてレオは宇宙建築士として惑星間勤務に。
ミナは地球に残り、花屋を続けていた。
遠距離になっても連絡は取っていたが、いつしか間が空きはじめ……。
「でも、彼女が送ってくれたこの香りは――まるで“おかえり”って言われた気がしました」
レオはそう言って、ふっと目を細めた。
「ラベンダーには”あなたを待っています”という、花言葉が、ありますね」
ソルが説明する。
「香りには、リラックス効果が。あります。レモンバームの、花言葉は、“思いやり”。これも、リラックス効果が、あります」
「思いやりか~。やさしいハーブなんだね」
ピリカがカップの中を見る。
「ローズマリーの、花言葉は”変わらぬ愛”、“追憶”、“私を忘れないで”、などですね。
記憶を、活性化させる、効果も、あります」
レオは香りを楽しむように、しばらくを閉じていた。
そばには、小さな鉢植えがひとつ。ミナがレオに贈ったラベンダーだった。
「いまも、たまに手紙が届くんです」
「じゃあ、また会えそうですね」
「うん。……でも不思議だね。もらったぬくもりを、今度は誰かに渡したくなる」
ピリカはそれを聞いて、うれしくなった。
届けることで、つながる気持ちが、こうしてまた別の形で返ってくる――。それが、この仕事の、いちばん好きなところだった。
夕暮れが近づき、ピリカが帰ろうとすると、レオがそっと手渡してきたものがあった。
手書きのラベルが貼られた、ハーブティーの小さな瓶。
〈ピリカブレンド:レモングラス、ミント、そして“やさしさ”をひとつまみ〉
「彼女が言ってた。ピリカ君は、あったかい人だって。だから、この味が合うかもって」
レオは照れたように笑った。
「今度は、俺から届ける番だから」
ミズホ号の船内で、ピリカは仲間たちとピリカブレンドのお茶を囲んだ。
モフルはマグのふちを鼻でつつき、ソルは静かに目を閉じる。
「これは……やわらかい味、ですね」
「たぶん、やさしさ味だよ」
ピリカはくすりと笑って、マグカップを両手で包んだ。
「おれもオリジナルブレンド作ろうかな。
励ましてくれるハーブティー」
「いいね!」
「だろ! ‘土瓶茶便ハゲ茶便’っていうネーミングにして、‘濡れた犬’のフレーバーをつけたら、”お湯たまご”みたいに大ヒットするんじゃないかな。
爆売れするな!」
「”お湯たまご”といえば、いまだに根強い人気ですね」
「ロングセラー商品だね」
「緊張を、和らげて、くれる、ミントには、”感情の温かさ”、という、花言葉が、あります。
レモングラスの、花言葉は”爽快””爽やかな性格””凛々しさ”。
ミントとも相性が良く────」
「爽やかな性格? 僕にぴったりだね!」
モフルのアイデアはスルーされた。
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