星屑宅配便 ~あったかいもの、お届けします~

真田奈依

文字の大きさ
31 / 40

31 ポストの前で、こんにちは便

しおりを挟む
 ――─「会って渡したい」って、きっとそういう気持ち。
 宇宙時間で午後三時、ピリカは「ネストーラ第9区」に到着した。
 届けるのは、「はなの茶便」。香り豊かなハーブティーの詰め合わせ。
 依頼主は、花屋を営む女性・ミナ。
 届け先は、彼女のかつての恋人で、今は宇宙建築士として辺境惑星に滞在している青年・レオ。
 注文メモには、こう書かれていた。
〔直接手渡しでお願いします。できたら、顔を見て渡してほしいんです〕
 ポストに入れかけて、ピリカは立ち止まった。
 インターホンは静かで、返事はなかった。
「ご不在かな……でも、“お会いして渡してほしい”って言われたし……」
 ピリカはポストに荷物を入れかけて、ふと立ち止まった。
 置き配指定はされていない。
 ドアの前にそっと立ち、「こんにちはー」と呼びかける。……反応はない。
「あれ……ご在宅じゃないのかな」
 ポストには“在宅中”マグネットがついている。でも室内はしんとしていた。

 ピリカは一度荷物を持ち帰り、空を見上げた。
 ミズホ号のソルに連絡しようとしたそのとき――
「……すみません!」
 息を切らせて走ってきた青年が、路地の向こうから現れた。
「シャワーの途中だったんです、気づかなくて。わざわざすみません……!」
 汗をぬぐいながら青年は笑った。
(またシャワー浴びなきゃいけないみたいだね)
 そう思いながらピリカは「いえ、お会いできてよかったです」とにっこり荷物を差し出す。
 それを受け取ったレオは、ふと、ぴたりと動きを止めた。ふわりと、ラベンダーとレモンバーム、そしてほんの少しだけローズマリーの香りが立ちのぼる。
「……この香り。彼女の好きなブレンドだ。……なつかしいな」
 しばらく茶葉の袋を見つめたあと、彼はふっと目を細めた。
「こういうの、会って渡してくれるのって、やっぱり違うんですね。君の顔を見て、彼女の気持ちがわかった気がしました。
 ─────ありがとう、ピリカ君」


 その日の夜、ピリカはミズホ号に戻り、ソルとモフルと一緒にお茶の時間。
 配達の控えに入っていた「おすそわけ用ブレンド」を開ける。
「……届いたかな、気持ち」とピリカ
「きっと、あの人の、心の奥まで、届いたと、思います」ソルが言った。



《配達完了:ハーブティー(対面で)》
 ぬくもりは、たしかに届きました。








 ☕ 〈午後のまんなか、おもてなし〉

 ――届け返される、ぬくもりの一杯。
 数週間ぶりに、ピリカはネストーラ第9区を再訪した。
 今度は集荷ではなく、レオから「近くまで来たら、ついでに寄ってみて」と言われていた。
 レオの手には、銀色のポットと、木のトレイ。
 それは、あの“はなの茶便”のブレンドで淹れた、香り高いハーブティーだった。

 案内された木漏れ日が差し込む屋上テラスに、小さな折りたたみテーブルが置かれた。
 ピリカはマグカップを受け取り、一口すすった。
「……おいしい。やさしい味ですね」
「……これ、彼女と一緒に考えたブレンドなんだ」
 と、レオはぽつりと言った。



 ――──かつてのふたりの記憶。
 レオとミナは、地球で同じアパートの隣同士だった。
 彼女は路地裏の小さな花屋を営み、彼は夜遅くまで模型を削る建築士の卵。
 疲れた彼の手に、ある日彼女が差し出したのが、あのブレンドティーだった。
「香りってね、“心の鍵”になることがあるの」
「心の鍵?」
「うん。しんどいときに、その香りを吸い込むとね、思い出すんだよ。“あ、大丈夫だ”って」
 その言葉は、レオの胸にずっと残っていた。
 やがてレオは宇宙建築士として惑星間勤務に。
 ミナは地球に残り、花屋を続けていた。
 遠距離になっても連絡は取っていたが、いつしか間が空きはじめ……。


「でも、彼女が送ってくれたこの香りは――まるで“おかえり”って言われた気がしました」
レオはそう言って、ふっと目を細めた。
「ラベンダーには”あなたを待っています”という、花言葉が、ありますね」
 ソルが説明する。
「香りには、リラックス効果が。あります。レモンバームの、花言葉は、“思いやり”。これも、リラックス効果が、あります」
「思いやりか~。やさしいハーブなんだね」
 ピリカがカップの中を見る。
「ローズマリーの、花言葉は”変わらぬ愛”、“追憶”、“私を忘れないで”、などですね。
 記憶を、活性化させる、効果も、あります」
 レオは香りを楽しむように、しばらくを閉じていた。
 そばには、小さな鉢植えがひとつ。ミナがレオに贈ったラベンダーだった。
「いまも、たまに手紙が届くんです」
「じゃあ、また会えそうですね」
「うん。……でも不思議だね。もらったぬくもりを、今度は誰かに渡したくなる」
 ピリカはそれを聞いて、うれしくなった。
 届けることで、つながる気持ちが、こうしてまた別の形で返ってくる――。それが、この仕事の、いちばん好きなところだった。

 夕暮れが近づき、ピリカが帰ろうとすると、レオがそっと手渡してきたものがあった。
 手書きのラベルが貼られた、ハーブティーの小さな瓶。
〈ピリカブレンド:レモングラス、ミント、そして“やさしさ”をひとつまみ〉
「彼女が言ってた。ピリカ君は、あったかい人だって。だから、この味が合うかもって」
 レオは照れたように笑った。
「今度は、俺から届ける番だから」



 ミズホ号の船内で、ピリカは仲間たちとピリカブレンドのお茶を囲んだ。
 モフルはマグのふちを鼻でつつき、ソルは静かに目を閉じる。
「これは……やわらかい味、ですね」
「たぶん、やさしさ味だよ」
 ピリカはくすりと笑って、マグカップを両手で包んだ。

「おれもオリジナルブレンド作ろうかな。
 励ましてくれるハーブティー」
「いいね!」
「だろ! ‘土瓶茶便どびんちゃびんハゲ茶便’っていうネーミングにして、‘濡れた犬’のフレーバーをつけたら、”お湯たまご”みたいに大ヒットするんじゃないかな。
 爆売れするな!」
「”お湯たまご”といえば、いまだに根強い人気ですね」
「ロングセラー商品だね」
「緊張を、和らげて、くれる、ミントには、”感情の温かさ”、という、花言葉が、あります。
 レモングラスの、花言葉は”爽快””爽やかな性格””凛々しさ”。
 ミントとも相性が良く────」
「爽やかな性格? 僕にぴったりだね!」
 モフルのアイデアはスルーされた。


 
 ──その夜モフルは、久々に自らのログにメモを残すのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

君を探す物語~転生したお姫様は王子様に気づかない

あきた
恋愛
昔からずっと探していた王子と姫のロマンス物語。 タイトルが思い出せずにどの本だったのかを毎日探し続ける朔(さく)。 図書委員を押し付けられた朔(さく)は同じく図書委員で学校一のモテ男、橘(たちばな)と過ごすことになる。 実は朔の探していた『お話』は、朔の前世で、現世に転生していたのだった。 同じく転生したのに、朔に全く気付いて貰えない、元王子の橘は困惑する。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...