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35 再出発
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両親のホログラムが消えたあと、ピリカは何も言えず、しばらくその場に立ち尽くしていた。
やっとミズホ号に戻ったとき、夕暮れが静かに差し込んでいた。
いつもと変わらない風景なのに、色が少し、にじんで見えた。
「……ピリカ……」
モフルがそっと寄り添う。
けれど、ピリカは何も答えず、眠るようにうずくまった。
顔は泣きはらして、ぐったりしていた。
――12歳の宇宙宅配員。
あたたかい心を運び続けてきた子ども。
けれど、どんなにがんばっても、会いたかった人には、会えなかった。
その現実が、心に深く重くのしかかっていた。
ピリカは、ひと晩中眠り続けた。
体が、心が、すべて疲れ切っていた。
翌朝。
ミズホ号のキッチンで、ソルが静かにおかゆを炊いていた。
だしは薄く、やさしい味付け。
ショウガをほんの少しだけ加えて。
「ピリカは……起きたら、お腹、すかせてると、思うから」
言葉は少ないけれど、土鍋の前で火を見つめるソルの目は、どこまでもやさしかった。
「……いいにおい……」
ピリカが目を覚ました。
身体はまだ少し重かったけれど、不思議と心は落ち着いていた。
ちゃぶ台の上に、湯気をたてるおかゆが並んでいた。
そして、ソルとモフルが向かいに座っていた。
「……ソルが、作ってくれたの?」
「はい。食べて」
ピリカは、そっとスプーンを口に運ぶ。
――やさしい味。あたたかい味。
涙とはちがうものが、頬にあふれそうになった。
「ありがとう……」
そう言うと、ピリカはぽろりと泣いた。
でも、今度の涙は、少しだけ軽かった。
しばらくして、モフルが小さな声で言った。
「ピリカは……これからどうしたい?
宇宙宅配員は辞めて、子どもらしく、普通に学校に行くのもいいよな」
「……そうだよね。僕はもう宇宙に出る必要はなくなったから、そうしたほうがいいのかもね」
「……だけど、僕はこれからも続けたい」
「なんで?」
「この仕事が好きなんだ」
「だったら、大人になってからだっていいじゃないか!」
けれど、ピリカはふるふると首を振った。
「そうか……。だけどしばらく、配達は休もうピリカ……。
無理しなくてもいいんだよ」
「……そうだね。少し休もうかな」
今までがむしゃらに走ってきた。
「今日は三人で、ピリカブレンドのハーブティーを飲んで、ぬくぬくしたいな」
「いいね、それ!」
「その後は、コユキさんに会いに行ってみたいし。ソルはやりたいことある?」
「また、三人で、おんせん、入りたいです」
「おれは、さかさまの街に行って、空を散歩したいな」
「僕たち、配達は一緒にしてきたけど、記憶の共有につながる特別な活動はしてこなかったね」
「どういうことだ?」
「これからはモフルとソルと、家族の思い出作りもしていこうと思うんだ」
「思い出か……」
「三人で、初めて、飲んだ、スープ。……あったかかったです」
「おれも覚えてるよ」
「そうだね。今までも、いろんな思い出があったね、」
「僕が……これからも宇宙宅配便を続けのは、届けるってことは――」
ふたりを見つめるピリカの目は、どこか力強かった。
「モフルやソルみたいな、大切な人と、心をつなぐことだから。
両親が最後に教えてくれた“心の旅”を、僕はまだ続けていきたい」
少し照れたように笑って、ピリカは言った。
ミズホ号の外では、星の空に小さな流れ星がひとつ。
それはまるで、ピリカのこれからの旅路をそっと照らしているようだった。
やわらかな風。
小さな船に灯るあたたかい明かり。
――─────両親が最後に立ち寄ったここが、彼の“はじまりの地”になる。
そして、終わらない“心の旅”の続きへと、また踏み出していく。
やっとミズホ号に戻ったとき、夕暮れが静かに差し込んでいた。
いつもと変わらない風景なのに、色が少し、にじんで見えた。
「……ピリカ……」
モフルがそっと寄り添う。
けれど、ピリカは何も答えず、眠るようにうずくまった。
顔は泣きはらして、ぐったりしていた。
――12歳の宇宙宅配員。
あたたかい心を運び続けてきた子ども。
けれど、どんなにがんばっても、会いたかった人には、会えなかった。
その現実が、心に深く重くのしかかっていた。
ピリカは、ひと晩中眠り続けた。
体が、心が、すべて疲れ切っていた。
翌朝。
ミズホ号のキッチンで、ソルが静かにおかゆを炊いていた。
だしは薄く、やさしい味付け。
ショウガをほんの少しだけ加えて。
「ピリカは……起きたら、お腹、すかせてると、思うから」
言葉は少ないけれど、土鍋の前で火を見つめるソルの目は、どこまでもやさしかった。
「……いいにおい……」
ピリカが目を覚ました。
身体はまだ少し重かったけれど、不思議と心は落ち着いていた。
ちゃぶ台の上に、湯気をたてるおかゆが並んでいた。
そして、ソルとモフルが向かいに座っていた。
「……ソルが、作ってくれたの?」
「はい。食べて」
ピリカは、そっとスプーンを口に運ぶ。
――やさしい味。あたたかい味。
涙とはちがうものが、頬にあふれそうになった。
「ありがとう……」
そう言うと、ピリカはぽろりと泣いた。
でも、今度の涙は、少しだけ軽かった。
しばらくして、モフルが小さな声で言った。
「ピリカは……これからどうしたい?
宇宙宅配員は辞めて、子どもらしく、普通に学校に行くのもいいよな」
「……そうだよね。僕はもう宇宙に出る必要はなくなったから、そうしたほうがいいのかもね」
「……だけど、僕はこれからも続けたい」
「なんで?」
「この仕事が好きなんだ」
「だったら、大人になってからだっていいじゃないか!」
けれど、ピリカはふるふると首を振った。
「そうか……。だけどしばらく、配達は休もうピリカ……。
無理しなくてもいいんだよ」
「……そうだね。少し休もうかな」
今までがむしゃらに走ってきた。
「今日は三人で、ピリカブレンドのハーブティーを飲んで、ぬくぬくしたいな」
「いいね、それ!」
「その後は、コユキさんに会いに行ってみたいし。ソルはやりたいことある?」
「また、三人で、おんせん、入りたいです」
「おれは、さかさまの街に行って、空を散歩したいな」
「僕たち、配達は一緒にしてきたけど、記憶の共有につながる特別な活動はしてこなかったね」
「どういうことだ?」
「これからはモフルとソルと、家族の思い出作りもしていこうと思うんだ」
「思い出か……」
「三人で、初めて、飲んだ、スープ。……あったかかったです」
「おれも覚えてるよ」
「そうだね。今までも、いろんな思い出があったね、」
「僕が……これからも宇宙宅配便を続けのは、届けるってことは――」
ふたりを見つめるピリカの目は、どこか力強かった。
「モフルやソルみたいな、大切な人と、心をつなぐことだから。
両親が最後に教えてくれた“心の旅”を、僕はまだ続けていきたい」
少し照れたように笑って、ピリカは言った。
ミズホ号の外では、星の空に小さな流れ星がひとつ。
それはまるで、ピリカのこれからの旅路をそっと照らしているようだった。
やわらかな風。
小さな船に灯るあたたかい明かり。
――─────両親が最後に立ち寄ったここが、彼の“はじまりの地”になる。
そして、終わらない“心の旅”の続きへと、また踏み出していく。
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