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第九話 引き立て役とお茶会を その2
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「アルテって授業中、先生に突拍子もない質問ばっかりするのよ。ねえ、何か話してみてよ」
唐突にそう振られて、私はとまどいながら、今読んでいる本の話をし始めた。
星の運行と月の潮の関係。神話に登場する花の名前の由来。
――けれど、ジュエルは、あからさまに退屈そうにため息をついた。
「またそんな話? ほら皆さん、ね、変わってるでしょう?」
笑いが起きた。
私の話は、そこで強引に断ち切られた。
次にジュエルが口にした言葉は、私がケーキを一口食べた瞬間だった。
「いじきたない」
彼女の皿には、ほとんど手つかずの菓子が乗っていた。
少食アピールの演出なのだろう。
「この子って、昔からこうなのよ」
私は決めつけられ、笑われる対象になった。
このお茶会は、私にレオンを紹介するために開かれたもののはずだった。
――けれど、レオンはほとんど私を見なかった。
彼の視線は終始、ジュエルの華やかな笑顔に吸い寄せられていた。
私はひとことも、彼と会話できていなかった。
「アルテ、ねえ、知ってた? この前の、近い将来人間が月に行けるっていう先生の話、ぜんぶ嘘だったんですって!」
ジュエルが突然言った。私は素直に驚いて反応してしまった。
「えっ? 本当に? じゃあ、あの授業は……」
「冗談よ。ほんとに冗談も分からないんだから。
まじめで窮屈で、つまらない人ね」
声が軽やかであるほど、その言葉の刃は深く刺さった。
嘘をついて、それを冗談と称するのなら――あまりにお粗末。
なぜ、こんなことを言うのだろう?
お茶会が終わり、テーブルには誰もいなくなった。
私も席を離れ、ひとり庭園の小道を歩いた。
そのとき、植え込みの向こうから、ジュエルとレオンの声が聞こえた。
「無理だよ、あんな地味でつまらない女」
レオンの声だった。私のことを、言っているの?
思わず足が止まる。
「僕はジュエルと付き合いたいな」
後ろ姿のレオンが言う。
「……あら」
ジュエルと目が合った。
その顔には、明らかに喜びが浮かんでいた。そして、わざとらしく言った。
「だめよ。あたしには、恋人がいるんだから」
――私が聞いていることに、気づいていた。
わざとだ。
ジュエルは、最初からこうなることを望んでいたのだ。
紹介された人が、私ではなく「ジュエルがいい」と言う展開を。
本気で私に恋人を紹介するつもりなら、私に花を持たせるはずだ。
でも彼女は、誰よりも華やかに装い、私の言動を一つひとつ馬鹿にしていた。
それは、明らかに「引き立て役」に利用されたとしか思えない。
私は、みじめだった。
ずっと、友達だと思っていたのに、こんなひどい仕打ちをするなんて。
――裏切られたような気持ちだった。私は、ジュエルが嫌いになった。
私は、鈍感だった。
みんなから「つまらない」と思われていた理由が、今になってようやく分かった。
ジュエルが、私をそう“演出”していたのだ。みんなに吹聴してそう思い込ませていたのだ。
私はずっと、彼女の引き立て役だったのだ。ジュエルと一緒にいる限り、私は永遠に“日陰の存在”でしかない。
――もう、関わるのはやめよう。
私はとぼとぼと、マナーハウスの門をくぐり、石畳の道を歩き出した。
背後から、ヒールの音が軽やかに近づいてきた。
「ねえ、アルテ~。お腹すいちゃった! どこか寄っていこうよ?」
まるでお茶会のことなど忘れたかのように、ジュエルが笑っていた。
彼女は上品ぶって、会でほとんど何も食べていなかった。私を「いじきたない」とけなして、少食な“淑女”の演技していた。あきれた。
「私、お腹いっぱいだから」
断った。だが押し切られ、ステーキ店に付き合わされた。
「ねえ聞いて! もうレオンったら、あたしのほうが好きだなんて言ってくるのよ? とんでもない人だわ。そんな人、お断りよ。ね、アルテもそう思うでしょ? あんな人、アルテにはふさわしくなかったわ。ほんと、ごめんねぇ~~~?」
ステーキをむしゃむしゃ食べるジュエル。
その顔には、“無邪気なふりをした悪意”がにじんでいた。
――こういう人とは、もう関わってはいけない。
私の中で、決定的な境界線が引かれた瞬間だった。
唐突にそう振られて、私はとまどいながら、今読んでいる本の話をし始めた。
星の運行と月の潮の関係。神話に登場する花の名前の由来。
――けれど、ジュエルは、あからさまに退屈そうにため息をついた。
「またそんな話? ほら皆さん、ね、変わってるでしょう?」
笑いが起きた。
私の話は、そこで強引に断ち切られた。
次にジュエルが口にした言葉は、私がケーキを一口食べた瞬間だった。
「いじきたない」
彼女の皿には、ほとんど手つかずの菓子が乗っていた。
少食アピールの演出なのだろう。
「この子って、昔からこうなのよ」
私は決めつけられ、笑われる対象になった。
このお茶会は、私にレオンを紹介するために開かれたもののはずだった。
――けれど、レオンはほとんど私を見なかった。
彼の視線は終始、ジュエルの華やかな笑顔に吸い寄せられていた。
私はひとことも、彼と会話できていなかった。
「アルテ、ねえ、知ってた? この前の、近い将来人間が月に行けるっていう先生の話、ぜんぶ嘘だったんですって!」
ジュエルが突然言った。私は素直に驚いて反応してしまった。
「えっ? 本当に? じゃあ、あの授業は……」
「冗談よ。ほんとに冗談も分からないんだから。
まじめで窮屈で、つまらない人ね」
声が軽やかであるほど、その言葉の刃は深く刺さった。
嘘をついて、それを冗談と称するのなら――あまりにお粗末。
なぜ、こんなことを言うのだろう?
お茶会が終わり、テーブルには誰もいなくなった。
私も席を離れ、ひとり庭園の小道を歩いた。
そのとき、植え込みの向こうから、ジュエルとレオンの声が聞こえた。
「無理だよ、あんな地味でつまらない女」
レオンの声だった。私のことを、言っているの?
思わず足が止まる。
「僕はジュエルと付き合いたいな」
後ろ姿のレオンが言う。
「……あら」
ジュエルと目が合った。
その顔には、明らかに喜びが浮かんでいた。そして、わざとらしく言った。
「だめよ。あたしには、恋人がいるんだから」
――私が聞いていることに、気づいていた。
わざとだ。
ジュエルは、最初からこうなることを望んでいたのだ。
紹介された人が、私ではなく「ジュエルがいい」と言う展開を。
本気で私に恋人を紹介するつもりなら、私に花を持たせるはずだ。
でも彼女は、誰よりも華やかに装い、私の言動を一つひとつ馬鹿にしていた。
それは、明らかに「引き立て役」に利用されたとしか思えない。
私は、みじめだった。
ずっと、友達だと思っていたのに、こんなひどい仕打ちをするなんて。
――裏切られたような気持ちだった。私は、ジュエルが嫌いになった。
私は、鈍感だった。
みんなから「つまらない」と思われていた理由が、今になってようやく分かった。
ジュエルが、私をそう“演出”していたのだ。みんなに吹聴してそう思い込ませていたのだ。
私はずっと、彼女の引き立て役だったのだ。ジュエルと一緒にいる限り、私は永遠に“日陰の存在”でしかない。
――もう、関わるのはやめよう。
私はとぼとぼと、マナーハウスの門をくぐり、石畳の道を歩き出した。
背後から、ヒールの音が軽やかに近づいてきた。
「ねえ、アルテ~。お腹すいちゃった! どこか寄っていこうよ?」
まるでお茶会のことなど忘れたかのように、ジュエルが笑っていた。
彼女は上品ぶって、会でほとんど何も食べていなかった。私を「いじきたない」とけなして、少食な“淑女”の演技していた。あきれた。
「私、お腹いっぱいだから」
断った。だが押し切られ、ステーキ店に付き合わされた。
「ねえ聞いて! もうレオンったら、あたしのほうが好きだなんて言ってくるのよ? とんでもない人だわ。そんな人、お断りよ。ね、アルテもそう思うでしょ? あんな人、アルテにはふさわしくなかったわ。ほんと、ごめんねぇ~~~?」
ステーキをむしゃむしゃ食べるジュエル。
その顔には、“無邪気なふりをした悪意”がにじんでいた。
――こういう人とは、もう関わってはいけない。
私の中で、決定的な境界線が引かれた瞬間だった。
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