無双の始まりは婚約破棄から

真田奈依

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第九話 引き立て役とお茶会を その5

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 数日後、ジュエルが声をかけてきた。
「ねえ、今度の舞踏晩餐会に付き添ってほしいの」
「パートナーがいるんでしょう? 私の出番じゃないわ」
「でも……心細いの。お願い、ね?」
 貴族たちが集まる特別な夜会だけど、ジュエルが心細いはずがない。また私を“引き立て役”にしたいだけ。
 あの華やかな場で、地味な私を隣に立たせて、自分を映えさせるつもりなのだ。

 逃げても解決しない。利用されたくなければ、利用されない自分になるしかない。
 ジュエルに勝つ。それだけだ。
 私は参加を決めた。



 当日、夜会の会場――
 シャンデリアがきらめく大理石のホールに足を踏み入れた私は、クロークの前で静かにマントを脱いだ。
 ジュエルが目を見開いた。
「ちょっと、あんた……! なにドレスなんか着てるのよっ!」
 私は落ち着いた声で答えた。
「ドレスコードでしょう? 舞踏晩餐会なんだから。付き添いだって、ローブ・デコルテを着なきゃ失礼よね」
 そのとき、周囲の視線が私に集まった。
 エメラルドグリーンのドレス――胸元を美しく包む上品な曲線、すらりと伸びた首、なだらかな肩のライン。
 猪首でいかり肩のジュエルの、下品なまでに装飾過剰なオレンジ色のドレスが、かえって滑稽に見えた。

 晩餐が始まり、私は自分の得意な分野――歴史、文学、芸術の話題でテーブルを彩った。
「その逸話は知らなかった。とても興味深いです。アルテ嬢の機知と才気素は晴らしい」
「それは、ウィリアム十二世が残した言葉ですね。よくご存知で」
「お召しものも素敵だ。どちらのメゾンですか?」
 注目が集まる。視線が重なる。
 私は自分の“話が場を動かす”ということ実感した。
 隣の席のジュエルが焦ったように割って入る。
「……ずいぶん張り切ってるのね。知識オタクが舞踏会ごっこなんて、滑稽よ?」
 ジュエルのあざけり。
(ああ。ジュエルは、いつだって私をけなすだけの人)
「歴史や文学の話なんて堅苦しいわ。この人ったら、 もっと軽い話題ができないのかしら。気が利かないわね──」
 その声には、いつもの余裕がなかった。
「ジュエル嬢! 貴女は会話がお上手ではありませんね、。
 アルテ嬢を否定することでごまかしているだけですよ。他の話題にしていただけませんか?」
 優雅な声がした。
 驚いた。グランがいたのだ。少し離れた席から、ずっと私を見ていたのだろう。
 ジュエルの口元が引きつった。

 舞踏会が始まった。
 私はゲランに誘われ、軽やかな音楽の中を舞った。
 何人もの紳士が次のダンスを申し込んでくる。
 そのたびに、私は微笑んで応えた。胸を張って、堂々と。
 私の周囲には、明るい笑い声と柔らかなまなざしが集まっていた。
 対して、ジュエルは舞踏会の終盤まで一人だった。
 グラスを持ったまま、壁際に立ち尽くしていた。
 引き立て役がいないジュエルは、ただの声の大きい女だった。誰も彼女の話には興味を示さなかった。
 かつての彼女の取り巻きたちも、もう彼女に背を向けていた。




 後日、ジュエルからお茶会に招待された。だが私は断った。
 お茶会当日の学園のカフェテラス。ジュエルは誰も来ないテーブルに一人座っていた。
 いつも取り巻きがいたあの席に、今日は誰もいない。
 ジュエルはカップを揺らしながら、誰かが来るのを待っているようだった。
 それでも、誰も来ない。
 風がそっと吹き、彼女の金の巻き毛が揺れた。
 あれほど華やかだったその髪が、今はどこか寂し気に見える。
 私はグランと一緒に立ち去る。彼女に声はかけなかった。
 これ以上、関わる必要はないと分かっている。
 もう、誰かの引き立て役になることも、誰かを貶めて輝こうとすることも、私はしない。
 私は、自分自身として歩いていく。

 男子たちの視線は、彼女を通り過ぎていく。人気者ではなくなったジュエルは、学園の隅に追いやられ、ちやほやされていた過去を懐かしむばかりだった。
「前は、皆が私を見ていた」
「私が話せば、皆がまたちやほやしてくれる」
 彼女は、そう思っていた。
 まだ、そう信じていた。




              
                  fin

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