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第五話 甘えてすみません~全部ひとりで抱え込む聖女が、王子の優しさに溶かされるまで~
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聖女リリエルは、目を覚ますと薄い天蓋越しに差し込む朝の光を見つめた。
ふかふかの寝台、開かれた窓から入る春の風――そして、隣で眠る王子ユリウス・セレフィム。
「……王子様」
「おはよう。もう少し寝ていてもいいんだよ」
「でも……今日は、祈祷報告の整理と、瘴気結界の調整が……」
起き上がろうとした彼女の手を、ユリウスがやさしく掴んだ。
「言ったよね。“今日は、働かなくていい”って」
その声があまりにあたたかくて、リリエルは何も言い返せなくなった。
「何もしなくていい」と言われ、人里離れた別荘に連れ出された。
「……王子様」
「うん?」
「……甘えて、すみません」
「俺はリリィに甘えてほしいんだよ。今日は花を摘み、笑い合い、時に昼寝もして、夜は少し酔って……」
豪華な昼食。湖畔でのボートデート。
……けれど、心は落ち着かない。異国との戦争を鎮め、瘴気を浄化し、民の祈りに応え続けてきた聖女リリエル。
頭の片隅には、聖務院のことばかりがちらついていた。
祈祷の代行は誰が――。
「リリィ」
「っ、はい」
「また仕事の顔してた。眉間にシワ、アウト」
「……すみません」
「謝らないで。今日は、君が“自分のために”楽しむ日だよ」
そう言って、ユリウスはリリエルの手を握り、指を絡めた。
庭でのティータイム。
花の香りに包まれながら、リリエルは小さく紅茶を啜る。
(心が休まらない……。仕事が気になって楽しめない)
リリエルは次第に苦しくなる。頭の中は仕事と、放ってきた依頼のことばかり。
「王子様、そろそろ帰りましょう」
「帰って仕事をする気だね」
「こんなに……何もしないでいるのが、落ち着かなくて」
「それ、頑張り過ぎてる証拠だよ。
今日は“お休み”。王子命令だ、聖女様」
優しく言うユリウス。
(こんなことしていて、封印の護符の更新日に間に合わなかったらどうしよう……。あっ、先月分の祈祷報告もまとめなきゃいけない―─)
「“君はひとりで頑張り過ぎ”だよ。 リリィが倒れたら、結局もっと大勢が困るんだけどな。
ひとりで全部背負わないで、ほかの聖女に任せればいいんだよ」
(そんなこと言われても、自分でやったほうが早いし、間違いがないのに)
リリエルは不満だった。
その夜。
ふたりは湖畔のベンチに並んで座っていた。
空には満天の星。波間には光の揺らめき。
夜は星を眺めながらのワイン……
だがリリエルの心はここにあらずで、黙っていた。
「リリィに休んでほしかったけど、有難迷惑だったみたいだね」
ハッとする。自分の“休めなさ”に初めて向き合ったリリエル。
小さく「ごめんなさい」と呟く。
ユリウスは微微笑み彼女の肩にそっと手をまわす。
「ほんと“君はひとりで頑張り過ぎ”。 ひとりで全部背負わないで。俺に、君を支えさせてほしいな。
甘えていいんだよ」
リリエルの胸に、あたたかな波が広がった。
なぜだろう、こんなに優しくされると、泣きたくなる。
「……王子様……」
リリエルはようやく深く息を吐き、呟いた。
「わ、私……、本当は……すごく嬉しい……」
ぽつりと、声がこぼれた。
その言葉に、ユリウスは少し驚いてから、嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとう、ございます……」
ようやく、リリエルの心の氷が、少しだけ溶けた気がした。
心の氷が涙に変わった。頬を伝った一粒を、彼は丁寧に指でぬぐってくれた。
ユリウス王子は、そっと聖女リリエルを抱きしめた。
ふかふかの寝台、開かれた窓から入る春の風――そして、隣で眠る王子ユリウス・セレフィム。
「……王子様」
「おはよう。もう少し寝ていてもいいんだよ」
「でも……今日は、祈祷報告の整理と、瘴気結界の調整が……」
起き上がろうとした彼女の手を、ユリウスがやさしく掴んだ。
「言ったよね。“今日は、働かなくていい”って」
その声があまりにあたたかくて、リリエルは何も言い返せなくなった。
「何もしなくていい」と言われ、人里離れた別荘に連れ出された。
「……王子様」
「うん?」
「……甘えて、すみません」
「俺はリリィに甘えてほしいんだよ。今日は花を摘み、笑い合い、時に昼寝もして、夜は少し酔って……」
豪華な昼食。湖畔でのボートデート。
……けれど、心は落ち着かない。異国との戦争を鎮め、瘴気を浄化し、民の祈りに応え続けてきた聖女リリエル。
頭の片隅には、聖務院のことばかりがちらついていた。
祈祷の代行は誰が――。
「リリィ」
「っ、はい」
「また仕事の顔してた。眉間にシワ、アウト」
「……すみません」
「謝らないで。今日は、君が“自分のために”楽しむ日だよ」
そう言って、ユリウスはリリエルの手を握り、指を絡めた。
庭でのティータイム。
花の香りに包まれながら、リリエルは小さく紅茶を啜る。
(心が休まらない……。仕事が気になって楽しめない)
リリエルは次第に苦しくなる。頭の中は仕事と、放ってきた依頼のことばかり。
「王子様、そろそろ帰りましょう」
「帰って仕事をする気だね」
「こんなに……何もしないでいるのが、落ち着かなくて」
「それ、頑張り過ぎてる証拠だよ。
今日は“お休み”。王子命令だ、聖女様」
優しく言うユリウス。
(こんなことしていて、封印の護符の更新日に間に合わなかったらどうしよう……。あっ、先月分の祈祷報告もまとめなきゃいけない―─)
「“君はひとりで頑張り過ぎ”だよ。 リリィが倒れたら、結局もっと大勢が困るんだけどな。
ひとりで全部背負わないで、ほかの聖女に任せればいいんだよ」
(そんなこと言われても、自分でやったほうが早いし、間違いがないのに)
リリエルは不満だった。
その夜。
ふたりは湖畔のベンチに並んで座っていた。
空には満天の星。波間には光の揺らめき。
夜は星を眺めながらのワイン……
だがリリエルの心はここにあらずで、黙っていた。
「リリィに休んでほしかったけど、有難迷惑だったみたいだね」
ハッとする。自分の“休めなさ”に初めて向き合ったリリエル。
小さく「ごめんなさい」と呟く。
ユリウスは微微笑み彼女の肩にそっと手をまわす。
「ほんと“君はひとりで頑張り過ぎ”。 ひとりで全部背負わないで。俺に、君を支えさせてほしいな。
甘えていいんだよ」
リリエルの胸に、あたたかな波が広がった。
なぜだろう、こんなに優しくされると、泣きたくなる。
「……王子様……」
リリエルはようやく深く息を吐き、呟いた。
「わ、私……、本当は……すごく嬉しい……」
ぽつりと、声がこぼれた。
その言葉に、ユリウスは少し驚いてから、嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとう、ございます……」
ようやく、リリエルの心の氷が、少しだけ溶けた気がした。
心の氷が涙に変わった。頬を伝った一粒を、彼は丁寧に指でぬぐってくれた。
ユリウス王子は、そっと聖女リリエルを抱きしめた。
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