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第七話 前編 あげまん令嬢なのに婚約破棄ですか
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私は、周りの人を幸せにする波動の持ち主だった。
私が親しくなると、不思議と相手に幸運が続くようになる。
たとえば──
使用人のメイドは素敵な恋人ができた。
幼馴染の令嬢は長く決まらなかった縁談が突然まとまり、今や幸せな新妻だ。
街の帽子店で仲良くなった店主は、有名貴族の奥方に見初められて大繁盛。
カート・リーヴェン・ローゼンカヴァリエ伯爵は誠実で、領地経営にも情熱的な方。私と婚約してからというもの、交易に好機が訪れ、領内で鉱脈まで発見されとにかくツイていた。
──そんなある日、王都で催された大舞踏会。
その会場で、エミイ・ツイスターという令嬢に出会った。
エミイ・ツイスター嬢は暗赤色のドレスに身を包み、父親に腕を引かれて登場した。背が高く、痩せた女だった。
笑みを浮かべてもその瞳は決して笑わず、肌は白磁のように冷たい。
私は彼女に、好意的に接した。
お茶会に招待した。
「お誘いありがとうございます、マリエル・オリヴィア・シュタインベルグ嬢。お茶をいただけるなんて光栄ですわ」
舞踏会の夜も、いくつもの“ツイてること”が私の周囲に起こった。
伯爵は偶然出会った古い友人に貴重な商談の情報をもらう。
私が紹介した地方の醸造家のワインが、主催者の目に留まり次回の晩餐会に採用決定。
皆が口々に「マリエル嬢といるといいことがあるわね」と微笑んだ。
──けれど、その夜遅く。舞踏会の奥まった控室でのこと。
私とエミイ嬢と伯爵、そして彼女の父上でポーカーをした。
「どうもツイてないな」
伯爵は降りた。これで5回目だ。
「まあ。災いを呼ぶ人が近くにいるんじゃありません?」
エミイ嬢の声が響いた。
伯爵の眉が動く。
エミイ嬢がこちらを見て笑っていた。
私の内心に“ざらり”とした違和感が残る。
(ポーカーは運だけで勝てるものではないのに)
数日後、午後の陽光が差し込む私のサロンで、私とカート伯爵、そしてエミイ嬢とその父上が向かい合っていた。
紅茶は香り高いダージリン、スコーンには苺のコンフィチュール。
完璧なセッティングのはずだった。
しかし──
ティータイムの途中で異変が起きた。
花瓶に活けていた白百合の、花弁がみるみるうちに落ちていった。
「縁起でもない……」と、伯爵が呟いた。
私は胸がざわついた。白百合は今朝、花屋から届けられたばかり。あんなふうに枯れるなど、おかしい。
「あら、烏が鳴いてますわ。気味が悪い泣き声」
突然、エミイ嬢が言う。
「えっ?」
私には聞こえなかった。
「この土地は烏が多いのですね」
「そんなことはありませんよ」
烏を見たことなんてなかった。
お湯を運ぶ途中で、メイドがポットを落とした。
伯爵のジャケットの裾に、熱湯がかかる。
「っ……!」
「失礼しました、伯爵様!」
メイドはジャケットを拭く。
「いや……気にしなくていい。事故だろう」
伯爵はそう言ったが、その声に明らかに苛立ちが混じっていた。
「今日は楽しかったわ。とても……思い出深いお茶会になりました」
お茶会の最後、エミイ嬢は名残惜しそうに私に微笑んだ。
白百合の花弁が床に落ちる音がした───。
伯爵たちは帰って行った。
「お嬢様。今日はお茶会で粗相をしてしまい、申し訳ありませんでした」
ポットを落としたメイドが謝罪に来た。
「いつも慎重なあなたらしくなかったわね」
「そのことなのですが………。よろしいでしょうか?」
メイドはエミイ嬢に足を引っかけられたと言った。自分の失敗を誤魔化すために嘘をつくようなメイドではない。だが、エミイ嬢がそんなことをしたとも思えない。
うっかり、メイドの足に接触してしまったアクシデントでは。
「お気をつけてくださいませお嬢様。エミイ嬢はまるで蛇のように陰険な方です」
それから奇妙なことが起き始めた。
私が親しくなると、不思議と相手に幸運が続くようになる。
たとえば──
使用人のメイドは素敵な恋人ができた。
幼馴染の令嬢は長く決まらなかった縁談が突然まとまり、今や幸せな新妻だ。
街の帽子店で仲良くなった店主は、有名貴族の奥方に見初められて大繁盛。
カート・リーヴェン・ローゼンカヴァリエ伯爵は誠実で、領地経営にも情熱的な方。私と婚約してからというもの、交易に好機が訪れ、領内で鉱脈まで発見されとにかくツイていた。
──そんなある日、王都で催された大舞踏会。
その会場で、エミイ・ツイスターという令嬢に出会った。
エミイ・ツイスター嬢は暗赤色のドレスに身を包み、父親に腕を引かれて登場した。背が高く、痩せた女だった。
笑みを浮かべてもその瞳は決して笑わず、肌は白磁のように冷たい。
私は彼女に、好意的に接した。
お茶会に招待した。
「お誘いありがとうございます、マリエル・オリヴィア・シュタインベルグ嬢。お茶をいただけるなんて光栄ですわ」
舞踏会の夜も、いくつもの“ツイてること”が私の周囲に起こった。
伯爵は偶然出会った古い友人に貴重な商談の情報をもらう。
私が紹介した地方の醸造家のワインが、主催者の目に留まり次回の晩餐会に採用決定。
皆が口々に「マリエル嬢といるといいことがあるわね」と微笑んだ。
──けれど、その夜遅く。舞踏会の奥まった控室でのこと。
私とエミイ嬢と伯爵、そして彼女の父上でポーカーをした。
「どうもツイてないな」
伯爵は降りた。これで5回目だ。
「まあ。災いを呼ぶ人が近くにいるんじゃありません?」
エミイ嬢の声が響いた。
伯爵の眉が動く。
エミイ嬢がこちらを見て笑っていた。
私の内心に“ざらり”とした違和感が残る。
(ポーカーは運だけで勝てるものではないのに)
数日後、午後の陽光が差し込む私のサロンで、私とカート伯爵、そしてエミイ嬢とその父上が向かい合っていた。
紅茶は香り高いダージリン、スコーンには苺のコンフィチュール。
完璧なセッティングのはずだった。
しかし──
ティータイムの途中で異変が起きた。
花瓶に活けていた白百合の、花弁がみるみるうちに落ちていった。
「縁起でもない……」と、伯爵が呟いた。
私は胸がざわついた。白百合は今朝、花屋から届けられたばかり。あんなふうに枯れるなど、おかしい。
「あら、烏が鳴いてますわ。気味が悪い泣き声」
突然、エミイ嬢が言う。
「えっ?」
私には聞こえなかった。
「この土地は烏が多いのですね」
「そんなことはありませんよ」
烏を見たことなんてなかった。
お湯を運ぶ途中で、メイドがポットを落とした。
伯爵のジャケットの裾に、熱湯がかかる。
「っ……!」
「失礼しました、伯爵様!」
メイドはジャケットを拭く。
「いや……気にしなくていい。事故だろう」
伯爵はそう言ったが、その声に明らかに苛立ちが混じっていた。
「今日は楽しかったわ。とても……思い出深いお茶会になりました」
お茶会の最後、エミイ嬢は名残惜しそうに私に微笑んだ。
白百合の花弁が床に落ちる音がした───。
伯爵たちは帰って行った。
「お嬢様。今日はお茶会で粗相をしてしまい、申し訳ありませんでした」
ポットを落としたメイドが謝罪に来た。
「いつも慎重なあなたらしくなかったわね」
「そのことなのですが………。よろしいでしょうか?」
メイドはエミイ嬢に足を引っかけられたと言った。自分の失敗を誤魔化すために嘘をつくようなメイドではない。だが、エミイ嬢がそんなことをしたとも思えない。
うっかり、メイドの足に接触してしまったアクシデントでは。
「お気をつけてくださいませお嬢様。エミイ嬢はまるで蛇のように陰険な方です」
それから奇妙なことが起き始めた。
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