僕らに宇宙は狭すぎる

大島Q太

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犬も食わない喧嘩をしました。

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久しぶりに寝坊した。

もうロイロイさんは起きて朝ごはんを作ってくれていた。俺は呆然と食卓を見た、俺が作るよりもきれいな食事。ロイロイさんは俺が朝ごはんを作らなくてもちゃんと自分で作れる人だったんだ。

小刻みにふるふると震えてぽわぽわと光る。控えめな声で『おはよう』と俺の椅子をひいてくれた。

やっぱり優しい。ロイロイさんが作ってくれた朝ごはんを食べた。すごくおいしかった、おいしかったのに途中から涙と鼻水でしょっぱくて喉がひくつく。



昨日の朝はロイロイさんとのデートが楽しみでそれはそれは幸せだったのに。今はロイロイさんが作ってくれた朝ごはんを前に涙が止まらない。俺の嫁の仕事なんてロイロイさんは俺よりもちゃんとできちゃうんだ。優秀な人なんだから当たり前のことだった。

ロイロイさんの手が俺の顔に触れそうで触れなくて引っ込む。

ロイロイさんが仕事へ行くためのアラームが鳴った。俺が泣いてたらロイロイさんが仕事に行けなくなる。俺は袖で乱暴に涙をぬぐって「お仕事いってらっしゃい」と送り出そうとした。けど、仕事場にはあの同僚の人がいるのを思い出した。止めた涙がまた流れた。


ロイロイさんは俺を気にしてなかなか仕事に出て行ってくれない。早く行ってくれなきゃ俺が思い切り泣けないじゃないか。強引に玄関まで押してわたわたしていると。来客を知らせるアラームが鳴った。


俺はそのまま玄関を開けた。

そこへ茶色いモフモフがすごい勢いで飛び込んできた。

『ティティ!何で泣いてる。このモロッニヨラシオネシタンハポハポロンベーショコフェドルギーロイロイめ。俺のティティを泣かせやがって』

ペロさんが耳を後ろに倒したまま歯をむき出しにしてガウガウと吠えていた。俺は慌ててペロさんに抱き着いた。


「違うんだよ、ペロさん」

俺達のやり取りを見ながらロイロイさんはすごく小さくなっていた。


『ティティを迎えに来たんですか?』

ロイロイさんが暗い声でペロさんに問う。俺はロイロイさんを見てペロさんを見た。俺、家に帰されちゃうの?

「ロイロイさんは俺が帰った方が良いのかよっ!」

俺はその場にへたり込んでわーわー泣いた。ペロさんが困ったように前足を俺の肩に乗せる。


「やだぁ、ペロさんところに帰りたくない。ロイロイさんと一緒にいたい」

『ティティ…』

ロイロイさんが俺の顔を覗き込む。

「俺、ロイロイさんと一緒にいたい。ロイロイさんがあの同僚さんみたいな人と楽しそうにお話してピカピカしてても。俺、ロイロイさんの側にいたい。邪魔でもいたい」


それを聞いてペロさんがまた唸りだした。しっぽが小刻みにぶんぶんと振られる。

『ロイロイ!お前相手がいるのにお見合いに参加したのか!』


玄関を開けてマロさんを抱いた、母さんが入ってきた。

『こんなところでお話して、外に丸聞こえよ。ちゃんと家の中で話し合いましょう』

マロさんがふさふさのしっぽをふわふわと揺らして俺達を諭した。


ロイロイさんは仕事を休んだ。俺はまた申し訳なくて涙が出そうだ。

リビングでは母さんが落ち着きなさいとお茶を淹れてくれた。皆で向かい合いソファに座った。

沈黙に耐えかねて母さんが淹れてくれたばかりの熱々のお茶を飲む。

「アチッ」

俺がそう言うとロイロイさんが細長く伸ばして俺に触れようとする。俺は大丈夫とその手を拒否した。その一連の動作をペロさんたちが見守っていた。


『…なんだ?』

ペロさんが前足をクロスして唸る。

『どうしてこんなに拗れてるんだ』

俺はロイロイさんを見てペロさんの方を見てうつむいた。

「ごめん、俺が悪いんだ。俺がロイロイさんを楽しませることができなかった。昨日、初めてデートしたんだ。だけど、途中からロイロイさんが落ち込んじゃって。そしたら同僚さんが来て楽しそうでキラキラ光って。デートも途中辞めになった。俺じゃ、ダメだったんだ」

俺は昨日のことを思い出してまた悲しくなった。

『おい!モロッニヨラシオネシタンハポハポロンベーショコフェドルギーロイロイ。一緒に暮らし始めて2か月目で初めてデートって何やってんだ』

ロイロイさんはふるふると震えている。

「ペロさん、俺がヒト属ヒト科だからだ。綺麗な被毛も艶やかな表面も持ってない。だけど、家の中では優しかったよ。連れて歩くのは恥ずかしかったのかもしれなかったけど。俺はロイロイさんが優しくて嬉しかった」

ペロさんがスタっと立ってまた、耳を倒して小刻みにしっぽを振る。ロイロイさんが震えて俺を見ている。


『ティティは可愛いぞ。俺だったら自慢して歩く!』


『私だって!ティティが可愛い。だから、人に見せたくなかったんだ』


『あ゛んっ!?』


すごく低い声でペロさんがロイロイさんを威嚇した。


『昨日はティティのかわいらしさを皆が見てるような気がして。どんどん落ち込んだ。隣にいるのが私みたいなので良いのかと』

俺はロイロイさんをじっと見る。そんな風に俺をかばってくれるなんて、やっぱりロイロイさんは優しい人だ。

「ロイロイさん、そんな風に俺をかばわなくても良いです。ロイロイさんが可愛いって思うのも、素敵だって思うのも綺麗な被毛のマロさんみたいな人や、つるつるとした表面の艶やかな…あの同僚さんみたいな人なんでしょ。俺が可愛いなんてそんなことペロさんがいるからって気を使って言わなくて良いです。でも、ありがとう」


それまで黙っていたマロさんがロイロイさんをじっと見て吠えた。

『モロッニヨラシオネシタンハポハポロンベーショコフェドルギーロイロイ。あなた、普段からティティになんて声をかけてるの?もしかして、今まで一度も可愛いとも好きだとも言ってないんじゃ?』


俺は膝で握っていた手をさらに握りこむ。そんなわざわざ、念を押されたら俺は泣く。とたんと涙があふれてぐぅと喉が鳴った。ロイロイさんは今まで見たことがないくらいに大きくなってボンッボンッと破裂音を出している。

俺はごしごしと袖で涙をぬぐった。

「い゛…いうわげないぢゃないか。おではがわいぐないっ。俺をかわいいって言うのはペロさん家族だけだ」

母さんが側に来て頭を撫でてくれる。

「俺が可愛かったらもっとロイロイさんは俺を触ってくれた。博物館でも同僚の人に挨拶させてくれた。俺は可愛くないから恥ずかしかったから隠されたんだ」


ロイロイさんは破裂音を立てながらもめまぐるしく表面の色を変えて何も言ってくれない。

「俺は可愛くないからせめてロイロイさんの役に立とうと嫁の仕事を頑張ったんだ。役に立てば必要としてもらえるかもって。必要なら俺を置いてくれるかもって。でもそれも、もう。ロイロイさんはご飯も自分で作れた、今日の俺は仕事のお見送りも満足にできなかった。もう俺はロイロイさんに必要ないのが辛い」


マロさんがロイロイさんを睨んでふんっと鼻を鳴らした。

『モロッニヨラシオネシタンハポハポロンベーショコフェドルギーロイロイ、最後に言いたいことはある?』


ロイロイさんは内部爆発をパツパツして体を大きくした。だけどすぐにシュンと小さくしながらふるふると震える。そして、大きくぶるりと身を震わせた。


『ティティ…愛してる』


一同ぽかんとした。


『実はずっと、ペロさんに嫉妬していた。ティティはペロさんのところに帰りたがってるんじゃないかと思ってたんだ。帰したくないけど』


ペロさんが低くうなった。マロさんがタタタっと俺の側に来て膝に前足を置く。

『ティティはどう思ってるの?』


俺はマロさんを見てロイロイさんを見た。ロイロイさんは小さく点滅している。


「俺もロイロイさんが大好きだ」


信じられなくてロイロイさんを見つめた、だけど。どういう色に染まるか怖くて目を逸らす。

「モロッニヨラシ…オネシタンハ…ハ…ポハポロンベーショコ…フェドルギーロイロイさんが好きです」


マロさんは優雅にしっぽを振って小首をかしげながら俺を覗き込む。俺はしっかりとロイロイさんを見据えた。


「ロイロイさんは真面目で優しくて俺を気遣ってくれる。すごく好きだ」


ロイロイさんの体から細長いものがぼわっと生えた。迷うように俺の方に伸びてくる。

『ティティ。私は02セクターのコア系生命体なんだ。それは前に話したよね。私たちの種族が今みたいに星を持たず、宇宙政府に保護されたのには訳がある。その…私たちは嘘がつけないんだ。何でもかんでも、色と光り方で考えていることがばれてしまう。だから、私がこんなに君に執着しているのを君に知られるのが恥ずかしくて君に拒否されたら消滅する。だから距離を取ってしまった。好きになれば君をペロさんの元へ帰してあげられなくなる』


ロイロイさんが細長いものを引っ込めて丸くなってパツパツと内部を弾けさせている。

「そんな、俺に都合のいい話。だって、ロイロイさんはいつも柔らかでふわふわ光ってた。いつも変わらない光だったよ」


ロイロイさんが一瞬でふわっと色を変えていつもの柔らかなぽわぽわした光になった。

『この光り方はずっと、ティティが可愛いなって、ずっと見ていたいなって思ってた光だ』

ロイロイさんがぶわりと光ってまたぽわぽわと光った。またゆっくりと細くロイロイさんが伸びてくる。

俺はロイロイさんが伸ばしたものを握った。にっぎたところからピンク色に染まる。


マロさんがワフォン!っと鳴いて。俺たちを睨む。


『まだ解決してないわよ』


ピンクに染まったロイロイさんが今度は見たことない色で渦巻きだした。

『初デート…絵の博物館も考えてみれば私はティティの意思を聞いてなかった。独りよがりのデートが恥ずかしくなったんだ』


「…俺はロイロイさんがいっぱいしゃべってくれてすごく楽しかったよ」

みるみる彩度が落ちていくロイロイさんの手をぎゅっと握る。

『デート中に会った同僚とはどういう関係なの?』

マロさんがロイロイさんを呆れたように睨む。


『彼は…私たちが参加したあのお見合いで本来は参加する予定でいた人で。絵の博物館で私たちを見かけて声をかけてきた。しきりにティティをかわいいと言ってくれるからうれしかった。でも、ティティを口説こうとしてきたからしゃべらせないようにした。私と彼では彼の方が容姿が優れているから…。ティティから隠した。決して恥ずかしくて隠したんじゃない…ティティがそんな風に受け取るなんて思ってもみなかった』


ペロさんも母さんも呆れた顔をしていた。

ロイロイさんはふるふると表面を波立たせて俺の手を包む。

『ティティは可愛いよ。ずっとそう思っていた。お見合いパーティーで逢った時から』

包んだ手からまたピンク色に染まる。

「もしかしてこの色が俺を好きって色?」

ロイロイさんが体からたくさん細長いものを出して今度こそ俺に触る。触れる先から淡いピンクに染まり。俺は見る間にロイロイさんに抱え込まれた。俺の首から下はすっぽりとロイロイさんに埋まってしまった。ロイロイさんの表面全体が赤みの強いピンクに染まる。

『これはティティが可愛くて感情を刺激された色なんだ、うまく隠せなくて大人なのに恥ずかしいでしょう』

「俺はロイロイさんと一緒にいたい。大好きだから」


俺が捕食されているように見えた、ペロさんがきゅーんと鳴いた。


母さんがマロさんを抱いて立ち上がる。マロさんは満足したようににっこりと笑って

『犬も食わない喧嘩だったわね』

とロイロイさんを一睨みし『二人でちゃんと話をしなさい』と帰って行った。


きっとペロさんは尻に敷かれているなと思った。




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