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3.エレナが分かっていなかったこと
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「当然のように、同じ馬車に乗って来たわね」
「えー、僕にはその権利があると思うけど?」
「まぁ助かったよ、ミシェル君。既に婚約者候補がいると名乗り出てくれなければ、
かなり手こずった筈だ」
「いえいえ。僕としては役得でした」
にっこりと微笑まれた意味が分からないほど、エレナは察しが悪い訳ではなかった。
頬が熱くなる。
ミシェルに嘘をつかせたくないと思っていたけれど、最初から彼は嘘をついてはいなかった、ということかもしれない。そう考えただけで熱が上がった気がした。
勿論、エレナの勘違いの可能性もある。
そう考えることで、のぼせ上りそうな自分の心と頭を落ち着かせようとしたが、心が落ち着いてくれることはない。
今の自分は、普通ではない。エレナには、分かっていた。
当たり前だ。恋を失くしたばかりなのだ。
そうして初恋の相手が屑だったと知ったショックは、あまりにも大きい。
そこに突然現れて、エレナを初恋だと言って、守ってくれようとする幼馴染みが現れたのだ。
縋ってしまいそうになっても仕方がないのかもしれない、とも思う。
しかも今いるのは狭い馬車の中だ。ミシェルはエレナのすぐ目の前にいて、まっすぐにエレナの顔を見つめて微笑んでいる。
冷静にならなければと思っても、なれる訳がない。
「ふふ。いろいろ考えちゃってるエレナ、かわいい。でもね、ひとつだけ言っておくね。僕の想いは間違いなく君にある。でもね、無理に僕の手を取る必要はないんだ」
「それは、どういう意味かしら」
「僕は、ずっと君を見ていたってことさ。ずっと温めていた想いは、そう簡単に消えたりしないものだろう?」
ごとごとと、揺れる馬車の中で三人。
あまりにも近くに座っているところでサラリと告げられた言葉が胸に刺さった。
目の奥が、熱くなる。ちくちくと痛みを訴えてくる。
涙を溢してしまう前に、顔を窓の外へと向けた。
街灯で照らされた王都は、夜でも明るいけれど。涙で滲んできて、景色は分からなかった。
「でもね、失恋なんて誰だってするんですよ」
その声が、妙に明るく耳に響いた。
「そうね。誰でもする、ものよね。特に、初恋は叶わないものだと、聞いたことあるわ」
「まぁそうですね。僕も、初恋の人が王太子殿下の婚約者候補に選ばれたと知った時には死ぬしかないと思いましたもん。しかもですよ、彼女ってばめちゃくちゃ嬉しそうに僕に話して聞かせてくれるんですよ。王太子殿下がどれほど素敵な笑顔をしているか、とか。そのかわいい顔に僕はまた恋して、家に帰って死にそうになるんです。でも可愛くて。彼女が笑ってるだけで幸せな気がしたり。いやぁ心が乱高下して、本当に忙しかった」
「そ、そうなのね」
何を聞かされているのかと父であるワトー伯爵は思った。だが、今は黙って石の振りでもしているしかない。
ワトーにとって、娘エレナは努力家で、自慢の娘だ。顔だって亡き妻にそっくりで美しく育った。所作だって王族に引けを取らないほどのものを身につけた。それが初恋のためであったとしても、努力を重ねたのは娘本人だ。褒めて褒めて褒めまくってやりたい。
その愛娘を虚仮にされるところだったのを救ってくれたのは、この妙に口の巧い友人の息子に他ならない。
ワトーだけでも、助けられたとは思うが、自尊心という意味では、彼の貢献は計り知れない。多分、これから更にそうなる。
目に力を入れて、目の前の男を睨んだ。
娘を泣かせたら、ただでは済まんぞという想いを乗せて。
「辛くても、嬉しくて。結局諦めきれなくて。彼女が婚約者候補じゃなくて正式な婚約者として選ばれるまでは、と。自分で自分に言い訳して。ここまで引き摺ってきちゃいました。はは。みっともないですよね」
照れくさそうに笑うミシェルに、エレナは何度も強く首を横に振った。
「みっともなくなんか、ないわ。ミシェが、助けに入ってくれなかったら、私」
間違いなく、王太子殿下とイレーヌに言い包められてしまっていたに違いなかった。そうしてエレナの自尊心は惨めに踏みつけられていたに違いない。
「ありがとう、エレナ嬢。だからその。ゆっくりでいいから、ちゃんと待てと言われるまで待つから。だから、新しい恋を、僕としてくれませんか」
エレナは、自分の中にその答えをひとつしか見つけられなかった。
「いいえ」
「おい、エレナ! お前なんて酷いことを!!」
エレナのひと言で真っ青になったミシェルが哀れでならなくて、黙っているつもりだったワトーが慌てて娘の名前を叫んだ。
「待つ必要なんかないわ。ゆっくり待つなんて、しなくてもいいの。だってもう、私の心の真ん中に、ミシェが座っているのだもの!」
真っ青になる父がすぐ横にいることなど完全に頭の中から消し去っていたエレナは、この恋こそ逃さないとばかりに愛しい人の胸へと飛び込む。
「エレナ! 愛している。結婚してくれ」
「喜んで」
馬車は揺れに揺れ、馬は嘶き、御者も慌て、父親は娘の新しい恋を喜んだ。
ちなみに。
この時、夜会の会場では騒ぎに気が付いた王と王妃がやってきて、信頼の厚いはずであった王太子の仕出かした恥ずべき発言を知り、滅茶苦茶怒られていた。
見苦しい言い訳を続ける王太子に呆れかえった王から、ついには「王太子の地位は妹姫でもいいんだぞ」と言われ、王太子と公爵令嬢は震えあがり心を入れ替えることを誓っていた。
でもいつかやらかしそう()
「当然のように、同じ馬車に乗って来たわね」
「えー、僕にはその権利があると思うけど?」
「まぁ助かったよ、ミシェル君。既に婚約者候補がいると名乗り出てくれなければ、
かなり手こずった筈だ」
「いえいえ。僕としては役得でした」
にっこりと微笑まれた意味が分からないほど、エレナは察しが悪い訳ではなかった。
頬が熱くなる。
ミシェルに嘘をつかせたくないと思っていたけれど、最初から彼は嘘をついてはいなかった、ということかもしれない。そう考えただけで熱が上がった気がした。
勿論、エレナの勘違いの可能性もある。
そう考えることで、のぼせ上りそうな自分の心と頭を落ち着かせようとしたが、心が落ち着いてくれることはない。
今の自分は、普通ではない。エレナには、分かっていた。
当たり前だ。恋を失くしたばかりなのだ。
そうして初恋の相手が屑だったと知ったショックは、あまりにも大きい。
そこに突然現れて、エレナを初恋だと言って、守ってくれようとする幼馴染みが現れたのだ。
縋ってしまいそうになっても仕方がないのかもしれない、とも思う。
しかも今いるのは狭い馬車の中だ。ミシェルはエレナのすぐ目の前にいて、まっすぐにエレナの顔を見つめて微笑んでいる。
冷静にならなければと思っても、なれる訳がない。
「ふふ。いろいろ考えちゃってるエレナ、かわいい。でもね、ひとつだけ言っておくね。僕の想いは間違いなく君にある。でもね、無理に僕の手を取る必要はないんだ」
「それは、どういう意味かしら」
「僕は、ずっと君を見ていたってことさ。ずっと温めていた想いは、そう簡単に消えたりしないものだろう?」
ごとごとと、揺れる馬車の中で三人。
あまりにも近くに座っているところでサラリと告げられた言葉が胸に刺さった。
目の奥が、熱くなる。ちくちくと痛みを訴えてくる。
涙を溢してしまう前に、顔を窓の外へと向けた。
街灯で照らされた王都は、夜でも明るいけれど。涙で滲んできて、景色は分からなかった。
「でもね、失恋なんて誰だってするんですよ」
その声が、妙に明るく耳に響いた。
「そうね。誰でもする、ものよね。特に、初恋は叶わないものだと、聞いたことあるわ」
「まぁそうですね。僕も、初恋の人が王太子殿下の婚約者候補に選ばれたと知った時には死ぬしかないと思いましたもん。しかもですよ、彼女ってばめちゃくちゃ嬉しそうに僕に話して聞かせてくれるんですよ。王太子殿下がどれほど素敵な笑顔をしているか、とか。そのかわいい顔に僕はまた恋して、家に帰って死にそうになるんです。でも可愛くて。彼女が笑ってるだけで幸せな気がしたり。いやぁ心が乱高下して、本当に忙しかった」
「そ、そうなのね」
何を聞かされているのかと父であるワトー伯爵は思った。だが、今は黙って石の振りでもしているしかない。
ワトーにとって、娘エレナは努力家で、自慢の娘だ。顔だって亡き妻にそっくりで美しく育った。所作だって王族に引けを取らないほどのものを身につけた。それが初恋のためであったとしても、努力を重ねたのは娘本人だ。褒めて褒めて褒めまくってやりたい。
その愛娘を虚仮にされるところだったのを救ってくれたのは、この妙に口の巧い友人の息子に他ならない。
ワトーだけでも、助けられたとは思うが、自尊心という意味では、彼の貢献は計り知れない。多分、これから更にそうなる。
目に力を入れて、目の前の男を睨んだ。
娘を泣かせたら、ただでは済まんぞという想いを乗せて。
「辛くても、嬉しくて。結局諦めきれなくて。彼女が婚約者候補じゃなくて正式な婚約者として選ばれるまでは、と。自分で自分に言い訳して。ここまで引き摺ってきちゃいました。はは。みっともないですよね」
照れくさそうに笑うミシェルに、エレナは何度も強く首を横に振った。
「みっともなくなんか、ないわ。ミシェが、助けに入ってくれなかったら、私」
間違いなく、王太子殿下とイレーヌに言い包められてしまっていたに違いなかった。そうしてエレナの自尊心は惨めに踏みつけられていたに違いない。
「ありがとう、エレナ嬢。だからその。ゆっくりでいいから、ちゃんと待てと言われるまで待つから。だから、新しい恋を、僕としてくれませんか」
エレナは、自分の中にその答えをひとつしか見つけられなかった。
「いいえ」
「おい、エレナ! お前なんて酷いことを!!」
エレナのひと言で真っ青になったミシェルが哀れでならなくて、黙っているつもりだったワトーが慌てて娘の名前を叫んだ。
「待つ必要なんかないわ。ゆっくり待つなんて、しなくてもいいの。だってもう、私の心の真ん中に、ミシェが座っているのだもの!」
真っ青になる父がすぐ横にいることなど完全に頭の中から消し去っていたエレナは、この恋こそ逃さないとばかりに愛しい人の胸へと飛び込む。
「エレナ! 愛している。結婚してくれ」
「喜んで」
馬車は揺れに揺れ、馬は嘶き、御者も慌て、父親は娘の新しい恋を喜んだ。
ちなみに。
この時、夜会の会場では騒ぎに気が付いた王と王妃がやってきて、信頼の厚いはずであった王太子の仕出かした恥ずべき発言を知り、滅茶苦茶怒られていた。
見苦しい言い訳を続ける王太子に呆れかえった王から、ついには「王太子の地位は妹姫でもいいんだぞ」と言われ、王太子と公爵令嬢は震えあがり心を入れ替えることを誓っていた。
でもいつかやらかしそう()
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