転生したので堅物な護衛騎士を調教します。

秋山龍央

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番外編 第一話

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「――げっ!」

「――おっ!」

瞬間、重なった言葉。
しかし、俺と相手の表情と、その後の行動はまったく正反対だった。

俺は顔をこれでもかと歪め、相手から一歩でも距離をとろうと後ずさる。
対して、相手は喜色満面の笑顔で、混雑しているギルド内の人混みをかき分けて、嬉しそうにこちらに近寄ってくる。まるで、お気に入りの玩具でも見つめたような表情だ。

「ロスト様、久しぶりだなァ?」
「キース……」

げんなりとした表情の俺などお構いなしといった様子で近寄ってきた相手。
くすんだ金髪に褐色の肌。
狩人の眼光じみた金色の瞳だが、双眸の内の片方は革製の眼帯で隠されている。黒いハイネックのシャツに、銀色のプレートメイルを身につけ、背に弓筒をかけている。前回と異なるのは、腰に短剣を佩いていることだろうか。


そう。俺に声をかけてきたのは、あろうことかキースだった。


しかし、よくコイツ、俺に声をかけてくる気になれるな……。
俺がまんまとキースに騙された事件から三ヶ月ほどが経過しているとはいえ、キースと会うのはあの事件以来だ。
俺は今日、モンスターの討伐報告と提出にギルドに来たのだが、キースと会うなら明日にでもすれば良かったな。

「お前、よく俺に声をかけてくる気になれるな。俺に殴られると思わないのか?」
「殴りたいなら殴ってくれてもいいぜ? 伯爵家の坊っちゃんのアンタと話ができる機会なんざ、そうそうオレにはねぇから、話せる時に話しておかねェとな」
「……今はやめておこう。ギルドに迷惑はかけたくないからな」

俺の言葉に肩をすくめて、前と変わらないシニカルな笑みを浮かべるキース。
しかし、ふと、キースが何かに気づいたように辺りをキョロキョロと見回し始めた。

「あれ? ロスト様、今日はウェルのヤツはいねぇの?」
「ああ……ちょっとな」
「ふぅん? お留守番か、かわいそうに」

キースの軽口に対し、何事かを答えようかと思ったものの、途中で思い直してやめた。
正直、今はあまりそこらへんの話はされたくないのだ。下手に話を広げて、藪ヘビのようなことはしたくない。

……ハァ。でも、このまま屋敷に帰ったら、色々と考えなきゃいけないことが山積みなんだよな。
気分転換に久しぶりにモンスター討伐とかしてみたけど、大物もいなくて、イマイチ気分転換にならなかったし。
いつもだったらこういう時は、ウェルの所にいってイチャイチャしたり、悪戯したりして癒やされてたもんだけど、今はそれも雰囲気的に出来ない状況だしさぁ……。

「……ロスト様」
「なんだ?」
「この後って、なんか用事ある?」

この後のことを思い、どんよりと落ち込んでいた時。
出し抜けに、キースにそんなことを言われた。

思いがけない言葉に、俺はきょとんとしてキースを見返す。

「いや……別に、用事はないが」
「じゃあちょっと付き合えよ」
「うわっ」

目を瞬かせてそう答えると、おもむろにキースが俺の腕をとって、ぐいぐいと引っ張られるようにして歩き始めてしまった。
混雑しているギルド内の隙間を縫うようにして、キースは俺の手を取ったままぐんぐんと歩き、あっという間にギルドの外に出てしまう。

「お、おいキース。俺は別に予定はないが、お前に付き合うとは言ってないぞ!」
「いいじゃん、ちょっとぐらい。な? 別に悪い所には連れてかねェからよ」

キースが俺を振り返り、悪戯げな笑みでそう答える。なにがなんでも俺の手を離してくれる気はないらしい。
振りほどこうにも、キースの手ががっしりと俺の手首を掴んでいてビクともしない。

ギルドを出たキースは迷いのない足取りで、夕暮れに沈み始めた街を歩き始めた。
人混みを縫うように軽やかな足取りのキースに、道中、知り合いであろう人間がすれ違いざまに声をかけてくる。キースが片手をあげて彼らに応える様は、非常に手慣れていてスマートだった。声をかけてくる人間は男女を問わずで、同じ冒険者の人間だけではなく、市場のおばちゃんにさえ声をかけられていた。
キースは男前だし、弓の名手だと聞いている。優れた冒険者はそれだけで人気があるらしいから、キースはなおさら街の人間に人気があるのだろう。

俺はそんな様子を見て、安心する気持ちと、劣等感じみた気持ちをそれぞれ抱いた。

安心というのは、キースの知り合いが思ったよりも街中にたくさんいる状況に対してだ。これなら、キースも知り合いの手前、俺をおかしな場所に連れ込んだりはしないだろう。

劣等感の方は、言わずもがな、ぼっちである自分とリア充っぽいキースを比べてしまってである。
……俺はこの世界で、伯爵家の次男坊として生を受けた。
しかし、母親は平民身分の愛妾だった。俺はいわゆる、妾腹の子というやつである。
そんな生まれのため、同年代の貴族からは「妾腹の子」として疎まれ、同年代の平民からは「伯爵家の次男」として遠巻きにされるという悲しい事態となった。そのため、俺は親しい友人というものがまったくいないのだ。ぼっちなのである。

しかし、最近はそんな劣等感も感じずに済んでいた。
それというのも、俺に出来た愛しい恋人の存在があったからだ。
俺の護衛騎士ウェルスナー・ラヴィッツ。彼と恋人同士になれた経緯はとりあえず省略するとして、彼の存在は俺にはとても大きかった。親しい友人は一切いない、ぼっちのおれにとって出来た、初めての恋人だったのである。
彼のおかげで、俺のこの世界での孤独感はほとんど解消されていたのだ。

……解消されていた、んだけど。

「着いたぜ、ロスト様」

物思い沈む俺の耳にキースの声が響き、反射的に、俺はうつむいていた顔を上げた。

俺の目の前にあった建物は、漆喰の壁で作られた2階建ての建物だった。建物の扉の隙間からかすかに明かりが道路に漏れ、中からはガハハと呵々大笑する男性の声が響いてくる。
キースは物怖じせず、勝手知ったる様子で扉に手をかけて開いた。

「いらっしゃいませー!」

扉を開けると、すぐに女性の明るい声が俺たちに向かってかけられた。
建物の中は思ったよりも広い。テーブルと背もたれのない丸椅子が乱雑に置かれ、片隅にある大きなテーブルでは冒険者と思わしき6人組の中年の男性たちがエールを煽りつつ、大きな笑い声をあげている。その他にも、3組ほどの人々がぽつぽつとテーブルに座っている。
これは……、

「えっと……ここは、料理屋か?」
「ロスト様が普段行ってるような料理屋とはレベルが違うと思うけどな」

キースは慣れ親しんだ様子で給仕の女性に「よう」と声をかけると、さっと壁側の2人がけテーブルに座った。俺も恐る恐る、キースの向かいに腰を下ろす。

うわ、ちょっと懐かしい……!
料理屋というか、元の世界の定食屋とかラーメン屋に近い雰囲気があるな。壁に貼ってある黄ばんだメニュー表とかいかにもそんな感じだ。
というか、ここっていわゆる下町の居酒屋か?
定食屋と居酒屋が合体したみたいな感じかな。俺、下町とか全然行かせて貰えないから、こういう所に来るの初めてだ。うわぁ、ちょっと楽しい。

俺はきょろきょろと辺りを物珍しく見回していたが、そこでハッと正面のキースの存在を思い出し、慌てて居住まいを正した。

「んっ……ゴホン。キース、いきなり人を連れてきて、何かと思えば飯か? 一体何のつもりだ」

もはや手遅れの気もするが、とりあえず不機嫌そうな表情を取り繕って言ってみる。

「まぁ、いいから食えよ。奢ってやるからよ」

案の定、キースさんあっさりスルー!

……お、俺が普通にワクワクしてたこと、キースにバレてたかな?
バレてたとしたらめっちゃ恥ずかしすぎるな……。

まぁ、いいか。キースが奢ってくれるっていうし。
べ、別に俺、お金がないわけじゃないけど、人のお金で食べるご飯とお酒って美味しいしな!
それに、俺を無理やりここに連れてきたのはキースなんだし。前の事件のこともあるし、ご飯ぐらい奢ってもらってもバチは当たらないよな、うん!


……最大の理由は、俺がまだ伯爵家のお屋敷には帰りたくないってのがあるけどね。
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