完結 とある令嬢の都合が悪い世界 

音爽(ネソウ)

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海の街にて

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学園は夏季休暇に入り、王都は夏本番の暑さに突入していた。王都民は富裕層が多く暑気払いのために山や海へ移動を始めている、そうでないものは水や氷魔法が得意な者へ依頼して暑さを凌ぐ。

大司教の息子であるベルントは氷魔法が得意なこともあり依頼が殺到していた、主に教会内やその信徒の家から切望される。だが、彼が素直に要請に応じるわけもなく相場より高めの依頼料をふっかけて「払えないなら帰れ」と雑にあしらっていた。そうでもしなければきりがないからだ。

私腹を肥やしている父の大司教はぼってりと脂肪で膨らんだ体のせいで特に暑さに弱いらしく、頻繁に彼に金を支払い部屋に冷気をと要請していた。
「そんなに暑いのなら痩せたらどうです?山に籠れば涼しいし痩せるでしょう」
ベルントは憎まれ口を叩きながら贅を尽くした父親の部屋に巨大な氷柱を何本も立てて行く。盥にはすでに溶けだした水が溢れそうになっていた。

「馬鹿者……教会の顔たる我が遠出などできるか、体裁というものがあるわい。しかも炎天下を移動するなど恐ろしいわ!」
「へぇ、一応は聖職者らしいことを言いますね、後半は本音が駄々漏れですが」
「ふん!嫌味は良いから氷をもっと作らんか!」
猊下は贅肉の間に溜まった汗を拭いながら「ふぅふぅ」と息苦しい音を立ててカウチに寝そべっている。侍る司教と女の信徒がその横で団扇を煽っている。
部屋は十分に冷えているはずなのだが、ぶよぶよに肥え膨れたら腹は暑くて堪らないようだ。

***


そして、その大司教の義娘こと姫巫女ドナジーナは司祭らと信徒達を引き連れて海辺の街へ視察名目で避暑を楽しんでいた。だが、一つだけ気に入らない事があるらしく、姫巫女は少々機嫌が悪い。
「ごいっしょにと言ったのに!どうして王子は遅参なのよぉ~」
プリプリとご立腹な彼女に侍る者たちはご機嫌取りに必死である、さらに肉だ果物だとその地の名産物を献上する街の顔役まで現れて、彼女が逗留するホテルには人の足が途切れることはない。


「こんな辺鄙な海にまで御父様の御力が及んでいるなんて、つくづく養女になって良かったと思うわ」
晩餐に招待されたドナジーナは丁重なもてなしをされて曲がっていた臍は戻りご機嫌である。海老や焼貝を頬張る様はとても下品だったが、咎める者はいるわけがない。
「いやいや、姫巫女様の人気はこちらの街でも評判でございますから!」
「あら、そうお?ふふ、私って衆目を集めてしまうのかしらぁモグモグアグアグごっくん!」
ゴマ擦りとは分かっていても満更でもないドナジーナはワイングラス片手に肉を貪る。

彼女が座るその両脇には見目の良い男子が付いて甲斐甲斐しく世話をする。王都でも似たような歓待を受ける事が多い彼女はそれが当たり前のことになっていて、とりたてて嬉しい顔はしやしない。
「はぁ~あ……やっぱり王子がいないとつまらないわぁ」




姫巫女一行が逗留して二週間目のことだ、時化が来る予兆があると船乗りたちが騒ぎ出した。
「シケとはなに?街がとても騒がしいわ」
朝早くから外の喧騒で起こされたドナジーナは不機嫌全開で、不満を漏らす。台風が発生しやすい時期には程遠いが海が荒れることは珍しいことでもないのだと地元民は言う。

「ふーん、で?よくわかんないわ」
朝食のスクランブルエッグをグニグニとフォークで弄びながら世話係の司祭に聞く。
「船が流されない様に大騒ぎなのでございますよ、漁師には大切なものですからね」
「なるほどねぇ、そう言えば波が大分高いわね」
水平線を一望できるホテルに宿泊している彼女は食堂の大きな窓越しに海を眺めて感想を言う。環境は良いが海の幸にも飽きていた彼女は鈍色に染まる景色を眺めてウンザリした。

他人事だとすぐに頭から消し去った彼女だったが、海辺の街は想像以上の嵐に巻き込まれて行く。

風雨吹き荒れる街へは出られずにその日はホテル内でノンビリしていた。
だが、昼食後に談話室で寛ごうとなった時だ。
数日内に台風の暴風域に入りそうだという報せが館内に響いた、窓際から離れて外出しないようにと警告を発しながらホテルマンが各階を巡回したのだ。想像以上の脅威に成長し大型化したらしい。

嵐が去るのを静観していた客達は俄かに騒ぎだして、この施設はだいじょうぶなのだろうかと不安を口にし始める。その客達の中から宿泊中の姫巫女に助けて貰ってはどうかと言い出す者が現れる。

そして、ホテル支配人が姫巫女の部屋を訪ねてきて「不安がる客達に巫女様のご託宣を」と願い出て来た。
「あらあら、窮地に立ってから神頼みとは図々しい事」
全ての者が教会を敬う信者なわけもない、そんなことを百も承知なドナジーナであったが、『姫巫女様』と崇められた彼女はその気になってしまう。

ところが司祭たちは良い顔をせず無闇に願いを聞き入れてはいけないと諌言したのだ。

「身勝手な民は奇跡を起きるのを期待しているのです、祈祷してなにも変化がなければ姫巫女に疑いの目を向けるでしょう」
「なんですって!?冗談ではないわ!自然の災害が私のせいにされるなんて」
司祭たちの諌言を聞いた彼女は海を離れて穏やかな高原の方へ場所を変えると指示を出した。それは英断であると褒めそやす腰巾着たちは逃げるようにして海の街を去って行った。

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