中年剣士異世界転生無双

吉口 浩

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第15章 ゴブリンの谷

ゴブリンの谷

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 五郎たちは翌日、ガレンドの街を出て、張り紙に貼ってあった谷の方へと向かった。
 ゴブリンの洞窟は、ガレンドから北西に半日ばかり行ったところの谷にある、ということである。

 五郎たちが谷に近づくと、剣やら鎧やらが脱ぎ捨ててあるのに気がついた。
 あまり重装備のものではない。
 おそらくは冒険者のものだ。

「どうしたんでしょう、これ?」

 と、サリーが聞き、ルーが、

「失敗した連中が逃げる時に落としたんだろう」
「鎧をですか?」
「逃げるのに必死ならば、そういうこともある」

 五郎たちはさらに先に進んだ。
 ぴゅん、という音がし、矢の雨が飛んでくる。
 五郎とルーはそれぞれに刀と斧を振るい、サリーは炎の矢を撃った。
 すべての矢は撃ち落とされ、さらに、あまった炎の矢が、矢元に向かって飛んでいく。

「ぎゃっ!」

 という音がした。
 見ると、尻に火のついたゴブリンたちが、弓矢を投げ捨て、ほうほうの体で逃げていく。
 
「見張りだったようだな」

 笑いながら、五郎が言った。

「悪いことしましたかね」

 と、火の矢を射かけた当人であるサリーが言うので、

「なに、お互い命のやりとりだ、そんなこともない」

 と、五郎は言い、早足で進む。
 見張りの姿に笑ったものの、気づかれた以上は、早くゴブリンの本拠地に向かうに越したことはない。

 やがて、谷の奥にある1つの穴に着いた。
 数十匹のゴブリンの群れが、陣を構えて待ち構えている。
 五郎たちの腕を見て、戦力を逐次に投入するよりは、一度に襲いかかった方が目があると思ったのだろう。

(それは間違いではない)

 と、五郎はゴブリンたちの陣容を見て思った。
 しかし、である。
 どちらにせよゴブリンたちに勝ち目はなかろう。
 そんなことを考えていると、ルーが、

「妙だと思わんか?」

 と言った。

「妙……? む」

 言われて、五郎も気づいた。
 ゴブリンにしては、陣形が整いすぎている。
 亜人類にしては知能の劣るゴブリンだけで、この陣容を整えるのは難しく思えた。
 やはり、後ろに別のなにかがいるのだろう。
 五郎は、すっと前に出、

「ゴブリンども!」

 と叫んだ。
 それは太い、よく響く声で、ゴブリンたちはそれだけで威圧されたようである。
 五郎は、それを見て続けた。

「お前らには、ゴブリンでない別の頭領がいるだろう! そいつと会って話がしたい」

 ゴブリンの間にざわめきが走る。
 図星を言い当てられて焦ったのであろう。
 これだけでも、戦闘集団としてのゴブリンの群れはその力を大きく落としたといえた。
 やがて、

「今出ていく、待っていろ」

 という声が、ゴブリンたちの守る洞窟の奥からする。
 中から姿を現したのは、1人の豚面の男だった。
 無論、人間ではない。
 オークである。
 野蛮な亜人種ながら、ゴブリンには知能が優り、また勇猛果敢でもある。
 オークは、

「俺が大将だ」

 と言った。
 オークがゴブリンを配下に置く、というのは、珍しいことではない。
 むしろ平凡な出来事と言えた。
 決してイレギュラーな事態であるとは言えない。
 しかし、そうだとすると合点のいかないことがある。
 五郎はあごをさすりながら考えた。
 そして言う。

「これまで、冒険者たちを何度も撃退してきたのはお前か?」
「そうだ」

 オークは、大音声で答える。
 ここで五郎に気圧されるようでは大将の地位が終わりだと思っているのだろう。
 ゴブリンのような単純な集団の頭目である限り、それは真実でもある。

「オークにしてはいい腕だ」

 元来、オークというのは大した脅威のある化物ではない。
 しかし――コボルドやゴブリンとは決定的な違いがある。
 野蛮なりに戦士としてのそれなりの誇りを持ち、また習熟し成長した。
 つまり、「強いオーク」というのは存在しうるのである。
 オークは、五郎に答えて言った。

「これまでの連中は全員俺を舐めた。だから痛い目にあわせてやった」

 と、オークは剣を光らせて言った。
 隆々とした筋肉。スキのない所作。
 なるほど、これでは若いパーティーではひとたまりもあるまい。
 五郎は感心しつつ、言う。

「どうだ、ひとつ提案がある」
「なんだ」
「俺と一騎打ちをしよう」
「む」

 ゴブリンたちから歓声が上がった。
 彼らは、このオークの武力に絶対の信頼を置いている。
 その力をこの目で見られることへの期待の歓声だった。
 オークは少し戸惑ったが、

「よかろう」

 と言い、ゴブリンたちに、

「どけ、どけ、貴様ら。あの人間を叩き切る」

 と言い、道を開けさせた。
 ゴブリンがさっとひいて出来た道を歩き、オークが五郎の目の前にやってくる。
 オークが剣を構え、五郎も刀を抜いた。

 オークが咆哮と共に五郎に襲いかかる。
 五郎は後ろに跳び、その攻撃を避けた。
 攻撃を見て、五郎は感心する。
 はっきり言ってしまえば、ルーやキメリア公と比べた場合、このオークもそこらのオークも、部下のゴブリンどもも変わりはすまい。
 五郎にとっては一刀の元に切り捨てれば終わりである。
 ――とはいえ、である。
 オークの身でこれほど強い者は珍しく、それを斬るのは惜しくも思えた。
 五郎がそんなことを考えていると、

「ぐおお!」

 と、オークが再び五郎に飛びかかった。
 五郎はかわし、素手でオークの手を打った。

「ぐわっ!」

 素手とはいえ強烈な五郎の一撃、オークは叫び、その剣を取り落とした。
 五郎は体勢を崩したオークの喉元に、刀を突きつける。

「勝負あったな」

 五郎は言い、オークはうなずく。
 同時に、ゴブリンの間からブーイングが飛んだ。
 理由は2つ。
 1つは、リーダーと仰いだオークの無様な姿を見せつけられたこと。
 2つは、どちらの血も見ずに勝敗が決したことである。
 ブーイングはしばらく鳴り止まなかったが、やがて、

「静まれっ!」

 という一喝と共にシンとなった。
 一喝を放ったのは、五郎でもオークでもなく、腕を組んで勝負を見ていたルーである。
 どちらにせよ、言った者と言われた者との格が違う。
 ゴブリンたちは静かになり、静けさの中で、五郎は言った。

「もうお前はここの頭目ではいられまい。どこへなりと、別の居場所を探すといい」
「なぜ殺さん」
「オークでお前ほどの腕のものは珍しい」
「ふん、気まぐれな人間だ」
「俺もそう思う」
「面白い奴だ」

 オークはそう言うと、剣を拾い、姿を消した。
 やがて、五郎たちとゴブリンたちとが残される。
 五郎はゴブリンたちに言った。

「お前らのリーダーは消えた。あとはお前らが残るのみだ」

 ゴブリンたちは、ふたたびざわめく。
 五郎はざわめきを貫くような音で言う。

「今度、どこかの冒険者が派遣されれば、お前らは皆殺しの目にあうしかないぞ。はやばやと立ち去った方が、身のためだと思うがな」

 ゴブリンたちはさらにざわめく。
 やがて、全員が五郎の言う意味を飲み込んだようだった。
 ゴブリンたちの中では比較的体格のいいものが進み出て、

「すぐに出ていきますだ。沼でも見つけて暮らします」

 と五郎に言った。
 五郎はうなずき、くるりと向きを変える。
 そして、サリーとルーに、

「帰ろう」

 と言った。

 五郎たちは谷を後にした。

「ゴブリンさんたち、ちゃんと出ていくでしょうか?」

 サリーが聞くので、五郎は、

「奴らも命は惜しい、出ていくさ」
「でも、五郎さんて優しいですね」
「オークを殺さなかったことかね」
「ええ、ゴブリンもですけど」
「まあ、むやみに殺すのが哀れというのもないではないが……」

 五郎は黙った。
 オークを生かした理由を、戦士でないサリーにどう説明したものか。
 そこへルーが言った。

「サリー、五郎はな、もったいなく思ったんだ」
「もったいない、ですか?」

 サリーはきょとんとする。

「お前には分からんかもしれんが、オークであれほど強い者は珍しい。それを自分の手で始末するのが、惜しいように思ったのさ」
「ふーん……」

 サリーは、いまいち心得ない返事をした。
 いや、頭では分かっているのだろう。
 賢くない女ではない。
 ただ、この手の感情を本当に理解するのには、武人としての心得がいる。
 それは、五郎やルーでなくては分からない。

(どちらにせよ)

 安い仕事で思わぬ掘り出し物に当たった、と五郎は思った。
 五郎たちの歩く街道を、風が吹き抜けた。
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