【完結】泉の女神様はいつだって正直者の味方なのです

櫻野くるみ

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金と銀は遠慮しておきます

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「でしたら我々なんていかがですか? 婚約者もおりませんし、あなたには助けられた恩もあります。どちらでもお好きな方をお選びください」
「へ!? いやいや、むしろ私のせいでお二人は巻き込まれたのではないかと……」
「セール川に引きずり込まれるようにして落ちた記憶はあるのです。これは推測ですが、あなたの返答によっては我々は無事でいられなかった可能性もありますので」

うーん、女神様はインパクトのある「金髪」と「銀髪」を探していただけで、初めからすぐに帰してくれるつもりだったと思うけどなぁ。
あの女神様が人を傷付けるとは考えにくいし。
よし、とにかくここははっきりとお断りしておこう。

「お気持ちはありがたいのですけど、お二人は性格……は正直よくわかりませんが、顔と生活水準が全っ然ほどよくなさそうなのでお断りさせていただきます」
「え、私はともかく、殿下もあなたのお眼鏡にかなわないですか?」
「そうですね。私の求める『ほどほど』からかなーり逸脱しておられる方なので、手に余るといいますか。私は土にまみれて生きていきたいので」
「フフッ、アハハハハ!! まさか二度も我々がフラれるとはな。なんて愉快な日だ」

「あなたも十分逸脱した顔をしていると思いますけどね」と、ヨハンがルシアに対して不満げな表情をしている隣で、シグルドが大笑いしている。
やっぱり王子の自然な笑い顔はとてもいい。

「こちらにいらっしゃいましたか。お迎えに上がりました」

気付けば黒装束の男たちに囲まれていた。
王家の影と呼ばれる人たちに違いない。

「ルシア嬢、私の知り合いに長閑な土地で畑仕事に携わりたいと言っている、そこそこいい男がいるんだ。楽しみにしていてくれ」
「ああ、その男なら心当たりがありますね。王都の空気が肌に合わず、爵位や容姿にばかり興味を示す令嬢たちに辟易している男なのですよ。……おや、彼の好みそうなレアな令嬢がここに」

二人の意味の分からない言葉に、ルシアは首を傾げた。

「今はまだわからなくていいさ。ではルシア嬢、世話になった。また会おう」
「今日のところは失礼しますね」

まるで悪だくみをするような、いたずらっぽい笑顔を残して二人は去っていったのだった。


その日以来、ルシアは目まぐるしい日々を過ごしていた。
ケチャップの開発者として王家に正式に認められたことで、大量の注文が入るようになったのだ。
アーデン子爵家が没落したことで、買い叩かれていた作物も適正価格で各地へ流通するようになり、領内は活気づいている。
実は切れ者だったらしい父も、ルシアの前では相変わらずのヘタレ具合で、娘に叱られ泣きながらも楽しそうに働いていた。

そんなある日、元アーデン子爵領だった土地に新しい領主が決まった。
なんとあの『銀の宰相候補』ヨハンの父であるハミルトン侯爵が、長年王家を支えてきた褒賞として領地を賜ることになったとかで、近々ヨハンの弟が領主代理としてこちらに赴任するという。

ヨハン様の弟さんならフォルス領を害することはなさそうね。
心配事もなくなったし、今度こそほどほどの結婚相手を見つけないと!

ルシアがインテリイケメンのヨハンの顔を思い浮かべながら呑気に考えていたら。

「君がルシア嬢? 僕も草取りを手伝ってもいいかな?」

またまた雑草を抜いている最中のルシアに声をかけてくる者がいた。
顔を上げれば、仕立てのいい外出着を身に着けた二十歳そこそこの爽やかな青年が、お供も連れずにキラキラとした目でルシアを見ている。
人懐っこそうな笑顔と太陽に反射する緋色の髪が眩しく、ルシアは一瞬目を細めた。

誰だか知らないけれど物好きな貴族もいたものね。
まあ、私も人のことは言えないけど。
こっちは猫の手も借りたいくらいだし、バンバン草を抜いてもらいましょうか。

「服が汚れてもかまわないならどうぞ」
「ありがとう! じゃあ、僕はそっちの列を担当しようかな」
「待って! せめてジャケットだけでも脱ぎましょう。土も草の汁もなかなか落ちないんですから気を付けないと」

つい偉そうに言ってしまったが、なぜか青年は楽しそうにはにかんでいる。
洗濯の大変さを知る侍女のサニーが、同意するように遠くでうんうんと頷いているのが見えた。

「今日は男爵への挨拶だけのつもりだったからこんな格好でごめん。でも君がここにいるって聞いてどうしても会ってみたくて」
「お父様に挨拶? それに私をご存じなんですか?」

青年はジャケットを脱ぎ捨て、シャツの袖を捲りながらルシアの側までやってきた。
近くで見ると端正な顔立ちをしており、身長もルシアより頭一つ分高く、シャツから覗く腕が思いのほか逞しい。

「もちろん知っているさ。僕の名はアーノルド。元子爵領を任されることになったんだ。殿下と兄上がルシア嬢によろしくって言っていたよ」

殿下と兄上がよろしく……?

「もしかしてヨハン様の弟さん? 新しい領主様の?」

爽やか青年は、まさかのハミルトン侯爵令息だったらしい。
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