奇妙な物語

海藤日本

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妹の後ろ姿

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 ある日、「せな」と「ゆい」という二人の女子高生がいた。
 二人は姉妹である。
 せなが姉、ゆいが妹であるが、二人は双子であった。
 勿論、顔はそっくりであり、姉のせなの右頬に小さなほくろがある為、それでやっと分かるのだ。
 加えて二人は、髪も長髪な為、後ろ姿からでは、両親が見ても区別がつかない程であった。 
 最近、父の部署移動で家族は、遠く離れたある町に引っ越してきた。
 父の職場での昇進もあり、今までは賃貸マンションで暮らしていたが、これを気に一軒家を建て、そこに住む事になった。
 引っ越して、半年程経ったある日の夜、せながお風呂から上がり、自分の部屋に戻る為、自宅の階段を上がろうとした時であった。
 階段の先に、妹のゆいの後ろ姿があった。

「ゆい。あなたもお風呂に入ったら?」

 せながそう言うと、ゆいは何も言わず階段の電気を消して自分の部屋に入って行った。
 せなは激怒した。
 そして、物凄い形相でゆいの部屋の扉を開けた。

「ゆい! ふざけてるの?」
「せな? どうしたの?」
「あなた! 私がまだ階段上がっていたのになんで電気消したのよ!」
「なに言ってるの? 私ずっとこの部屋に居たよ?」
 
 せなはそう言われ、少し冷静になった。
 よく見ると、ゆいはまだ制服姿であった。
 先程、階段で見たゆいは部屋着姿であった。
 こんな秒単位で、着替えるのは無理がある。
 ましてや、学校はもう終わっているのにまた制服に着替える訳がない。
 あまりの出来事に、せなは呆然と立っていた。

「もう! いきなりなんなの?」

 ゆいは機嫌が悪くなり、部屋を出て、お風呂に入って行った。
 一時すると、せなの脳内に凄まじい恐怖が襲ってきた。

「なら、あれは誰なの? まさか、空き巣?」

 せなは、すぐに自分の部屋に行った。
 しかし、誰も居ない。
 次は両親の寝室に行った。
 しかし、そこにも誰の姿もなかった。
 二階にある部屋は、これで全部である。
 せなは、急いで一階に行き、和室とリビング、台所にへと行くが、何処にもあの女性の姿はない。

「せな? どうしたの?」

 母にそう言われ、この事を話したが、返ってきた言葉は「空き巣なんて入る訳ないでしょ? あなた、少し疲れているんじゃない?」と、まともに話を聞いてもらえなかった。

「まさか……幽霊?」

 せなはそう思い、ご飯を食べた後、ゆいの部屋を尋ねた。
 ゆいにこの事を話すと、やはり返ってきた言葉は、先程母に言われた事と同じであった。
 まともに聞いてもらえず、せなは先程までの恐怖心は一気に薄れ、それとは逆に怒りが込み上がってきた。

「なによ! どいつもこいつも!」

 せなはそう言い、ゆいの部屋を後にした。
 そして、この出来事から一週間が経った夕方の事である。 
 せなは学校から歩いて帰っていた。

「あ、ゆいだ」

 丁度、ゆいの後ろ姿が、玄関の扉を開けているのが見えた。
 二人は、別の高校に通っていた。

「ゆいー! 私も入る」

 しかし、ゆいに無視されそのままドアを閉められた。
 せなは、再び激怒した。

 玄関の扉を力強く開け、ゆいの部屋に入った。

「ゆい! なんの真似よ!」

 しかし、そこにゆいの姿はなかった。
 家のあらゆる場所を探しても、ゆいの姿はない。
 せなは、一週間前の恐怖が再び襲ってきた。

「今、確かにゆいの姿を見た……。やっぱりあれは幽霊なんだ」

 すると、ゆいが学校から帰って来た。
 和室で、しゃがみ込んでいるせなを姿を見て「どうしたの? サヨナラ負けした時のピッチャーみたいになってるよ」と言うとせなは、ゆいの姿を見て、小さく呟いた。

「あなたの生き霊がいる……」
「え? なに?」
「ゆい……あなたの生き霊よ。また見たの」
「せな、またその話?」

 ゆいが呆れていると、せなはゆいの肩を強く揺さぶった。

「私がここまで冗談を言うと思う? 信じてよ!」

 せなは恐怖のあまり、目からは大量の涙が溢れていた。流石に、この姿を見たゆいは詳しく話を聞いた。

「せな、それって本当に私?」
「どういう事?」
「だって、後ろ姿しか見ていないんでしょ? 私達双子だし、せなの生き霊かもしれないよ?」
「言われて見れば……」
「とにかく、お母さんとお父さんに相談しよ」

 その日の夜、二人は両親にこの事を告げた。
 二人の真面目な姿勢に、両親は話を最後まで静かに聞いた。

「分かった。明日、お祓いに行って来なさい」   

 両親はそう言い、お金を包んで二人に渡してくれた。
 しかしその日の夜中、ふとせなは目覚めた。 
 隣のゆいの部屋から、なにか物音がした。
 普段なら、「夜更かしでもしている」のだと思い、そのまま眠りにつく筈である。
 しかし、今回は一連の出来事もあってか、気になって仕方がない。
 せなは、恐る恐るゆいの部屋へと向かった。
 ゆいの部屋の前で、せなは不審に思った。
 仮にゆいが起きているなら、部屋の明かりが扉から漏れている筈である。

「きっと、部屋を暗くしてスマホでも見ているのよ」

 せなは自分に言い聞かせ、コンコンと扉をノックした。
 しかし、反応がない。

「寝たのかしら……」

 少し安心していると、突然ガタガタと強い音がした。
 驚いたせなは「きゃっ!」と声を出してしまった。
 しかし、その物音は一回で終わった。      
 せなは、そっとドアの具を持ち、音がならない程、ゆっくりとその扉を開いた。
 そっと、部屋を覗くとゆいはベットで寝ており、他は誰もいなかった。

「寝たのかな?」

 そう思っていると、ゆいがベットからすぅーと起き上がった。
 しかし、よく見るとゆいは寝ている。

「これって、まさか……幽体離脱?」

 黒い影はベットから立ち上がり、やがてすぅーと消えて行った。
 それを見たせなは、急いで自分の部屋に戻り、毛布にくるまった。

「やっぱり、ゆいだったんだ……。なんで、ゆいの生き霊が?」

 せなは震えが止まらず、その晩、全く眠る事が出来なかった。
 
 次の日の朝、ゆいはせなの目の下の隈を見て「せな、どうしたの?」と驚いていたが、せなは「早く、お祓いに行こ」と言い、昨日の出来事は話さなかった。
 二人は神社に行き、神主に今回の出来事を相談した。しかし、神主は首を傾げた。

「んー、二人共、悪霊はついておらんがな……」
「え? どういうことですか?」

「言ったまんまだ。恐らく、君が見た霊は悪霊ではない。特に、お姉ちゃんの方には、良い守護霊がついておるよ」
 神主の言葉に二人は安堵した。

「なんだ……。悪霊じゃなかったのか」

 その姿を見て、神主は再び口を開いた。

「霊が見えたのは、お姉ちゃんの方で間違いないな?」

 二人は頷いた。

「なら、一応これを持っておきなさい」

 神主は、せなに御守りを渡し、二人は神社を後にした。それから、不思議な体験はまるで嘘だったかのようにパタリと止んだ。
 あれから、五年の月日が流れた。
 せなは、高校時代から付き合っていた男性と結婚し、子宝にも恵まれた。
 ゆいは、まだ結婚しておらず実家暮らしであった。
 せなは、大型連休に久々に子供を連れ、実家に帰った。
 この時、夫は家で留守番であった。
 せなは、その日は実家に泊まり、一階の和室で子供と寝ていた。

 しかし、夜中に子供が夜泣きを始めたので、せなは抱っこをして、寝かせていた。 

「よしよし」

 すると、トントンと誰かせなの肩を叩いた。

「きゃっ! なに?」

 せなは、咄嗟に振り向いたがそこには誰も居なかった。
 しかし、振り向き様に少し、白い手が見えていた。

「あの手……ゆい?」

 せなは、子供を抱っこしたまんま急いでゆいの部屋へと向かった。

 和室にはあの時、神主から貰った御守りが落ちていた。

「ゆい! 起きて!」

 せなの声に、子供が再び泣き始めた。

「せな、落ち着いて。子供が泣いてるよ」

 ゆいは、子供を抱っこして寝かせた。

「せな、なにがあったの?」
「肩を叩かれたの……」
「肩?」
「うん……。覚えてる? 五年前の事」
「五年前? ……ああ、あの事ね」
「また、あいつが出たの」
「でも、ちゃんとお祓いしたじゃない」
「でも、出たの! 気のせいなんかじゃないわ!」

 せなの、あまりの必死さにゆいは信じた。

「そう。……なら私も一緒に寝てあげるから、三人で和室に行こ?」
「嫌よ! 下には下りたくない」
「もう、分かったわよ。なら、私のベット使っていいよ。子供と一緒に寝な」
「ゆいはどうするの?」
「床で寝るしかないでしょ」
「ありがとう。ゆい……なんか、変に優しいわね」
「もう、最後だからね?」

 安心したのか、せなはすぐに眠ってしまった。
 それから、どれくらいの時間が経ったのか、せなは再び目を覚ました。
 すると、せなの横に黒い影が立っていた。
 せなは驚き、声を出そうとするが全く出ない。
 声どころか、全身が全く動かなかった。
 目が慣れてきたのか、やがて黒い影の姿が見えてきた。

「……私?」

 そこに立っていたのはせなであった。

「まさか……今までのあれは私だったの?」

 せなが混乱していると、立っている方のせなが手を差し伸べてきた。
 先程まで、恐怖に襲われていたせなは、それがまるで嘘だったかのように、差し伸べられている手を握った。
 二人は手を繋ぎ、ゆいの部屋の窓を開けた。
 次の瞬間、もう一人のせなが、せなの身体の中に入った。
 せなは、窓をよじ登り飛び下りる瞬間、ガッと誰かがせなの手を掴んだ。
 それにより、ふと正気に戻った。
 気付いたら、すでに朝になっていた。
 後ろ振り向くと、そこにはゆいの姿があった。
 どうやらゆいが、せなの手を握って助けたようだ。
 ゆいは、真顔で何も言わない。

「ゆい……ありがとう」

 安心していると、窓の外から視線を感じた。
 せなは、窓の外に目をやると下にはゆいがこちらを睨んで立っていた。
 その瞬間、せなの脳内は再び混乱し、やがて何かが壊れたような感覚が襲ってきた。
 せなは、精神が崩壊し大声で叫んだ。

「もう!! どっちなのーーー!!」

 せなは、足を滑らせ頭から地面へ落ちてしまった。
 頭が急に冷たくなった。
 意識が遠のく中、窓の方に目をやると、ゆいは寂しそうな顔をしてすぅーと消えしまった。
 そして視界が暗くなる直前、下にいるゆい方に目をやった。
 せなが最期に見たもの。

 それは、自分の夫と手を繋いでこちらを見ているゆいの姿であった。
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