奇妙な物語

海藤日本

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閻魔の使い

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 ある日の夕方、村田という一人の若い男が仕事を終え、オフィスから出ようとした時の事であった。

「村田、今日、一緒に飲みに行かないか?」       

 村田の同期である、青木という男が声をかけて来た。

「青木、もう仕事は終わったのか?」
「あぁ、今日はついているよ。週末で、明日は休みだし、仕事も順調に終わって、今日は定時上がりだ。村田も、相変わらず仕事が早いなぁ」
「俺は、普通にしているだけだよ。飲みの誘いの件だが、俺も今日は、なんだか外で飲みたい気分でね。丁度よかった」
 
 こうして二人は、今夜飲みに行く事になった。二人は、今年で入社10年目を迎えていた。  
 そこまでべったり仲が良いとは言えないが、たまにこうして飲みに行く事がある。
 二人は、ある居酒屋に入り、今週の仕事で疲れた身体の中に、まずはビールを入れ、癒す事にした。

「村田、相変わらず週末のビールは美味いなぁ」
「あぁ、この最初の一口が特に。この瞬間の為に、働いていると言っても過言ではない」

 二人のテーブルには、とてもビールに合いそうなつまみがいっぱい並べられていた。
 それをつまみながら、二人はたわいもない話しで盛り上がっていた。
 すると突然、青木がこんな事を口にした。

「あ、そうそう村田。最近、日本で行方不明者が続出している事件、知っているね?」
「あぁ、知っているよ。確か、犯人はまだ捕まっていないんだよね?」
「そうなんだ。でな、その事件にはある噂が広まっているのは知っているかい?」
「ある噂? そこまでは知らないなぁ。一体、どんな話なんだ?」

 青木は一杯目をのビールを飲み干し、二杯目のビールを頼んだ後、話し出した。

「そうだね。何から話せばよいか……。まず、この事件の不可解なところは、日本全国で起きているという事だ。もし、この事件が同じ人間による犯行ならば、一々、全国にまわっている事になる。そんな面倒な事は、まずしないだろう。それに、三日前はあまり時間差がない中で、東北と九州でこの事件は起きている。まず、一人での犯行は無理だ」
「ならば、この事件は複数人で起こしていると言いたいわけか?」
「俺も最初はそう思った。そこで、ある噂の話になるのだ。この噂がね、人間による犯行ではないと言われている。そもそも、これだけの行方不明者が出て、なんの手掛かりがないのだ。普通に考えて、おかしくないか?」
「確かに、そうだが……。それで、人間の犯行ではないと言うのか? では、誰が犯行しているのだ?」

 村田がそう質問したと同時に、二杯目のビールが届き、それを手にした青木はニヤリと笑い答えた。

「閻魔の使いだよ」
「閻魔の使い? 一体、何だそれは」
「まぁ平たく言えば、幽霊とか、妖怪とか、その類いのものだよ」

 それを聞いた村田は、残ったビールを飲み干し、大きくため息をついた。

「またその類いの話か? 君も好きだねぇ」

 青木は怪談話が大好きであり、同期の村田だけではなく、よく他の職場の人間にも、怪談話をする事が多かった。
 青木は二杯目のビールを飲みながら、笑ってこう言った。

「まぁまぁ。そう、呆れた顔しないでくれよ。俺は、どうしてもその類いの話が好きなのだ。許しておくれ。それに、今回の話は結構面白いのだよ」
「面白いって、被害者が出ているのだよ? あまり、そのような不謹慎な事は、言わない方が良いのでは?」
「まぁ、そう言わないでくれよ。あくまで噂話さ。軽い気持ちで聞いてくれないか」

 そうは言ったものの、青木は少し酔いが回ってきたのか、先程よりも少し感情的な口調で話し始めた。

「さぁ、ここからが重要だ。俺がもう、怪談話が好きな事は村田、いや、皆はもう知っているね? 俺は実はね、怪談話が好きな人達が集う、あるサイトに登録しているのだ。そこに、今回の事件の事も勿論、話題になっている。そして先程言った、閻魔の使いの仕業という噂も、そのサイトで広がったのだよ。そこで、その閻魔の使いとは一体何者なのか? について話すとしよう」

 いつもなら、青木の怪談話等は適当に流して聞いていた。
 しかし今回は、青木のこの目を見開いた表情からなのか、それとも少し感情的な口調からなのか、村田は次のビールを頼むを忘れる程、真剣に話を聞いていた。

「一体、閻魔の使いとは何者なのだ?」
「閻魔の使い。それは、悪を裁く者。地獄の大王が閻魔なのは、君も知っているだろ?」
「あぁ、知っているよ」
「その使いの者さ。つまり今、行方不明になっている人達は、ある悪い行いをした事により、閻魔の使いに消されているのだ」
「ある悪い事? それは一体何だ?」

 青木は、声を低くしてそっと答えた。

「嘘だよ。行方不明になった人達は皆、よく嘘をついていたらしい。閻魔の使いは、閻魔大王からの命令で、この世へやって来ては、嘘をついた事がある人間の舌を取り、その後、地獄へと送っているのだよ」

 その言葉を聞いた村田は、少し表情が和らいだ。
 それどころか、先程までの緊張感は薄れ、顔には笑顔さえ浮かべる程であった。

「なんだそれは? くだらない噂だね。嘘をついた人達が舌を取られたうえ、消されるだなんて。それがもし本当ならば、殆んどの人間が、その閻魔の使いに消されてしまうではないか」

 薄ら笑いを浮かべながら言う村田を見て、青木も表情が和らぎこう答えた。

「そうだね。君の言う通りだ。もし、それが本当ならば、殆んどの人間が消されている。ましてや、時には必要な嘘だって存在する。例えば、自分を守る為の嘘。相手を気遣う嘘。後は面白い嘘……とかかな」
「面白い嘘とはよく分からないが、それが分かっているのなら、何故、君はこんなくだらない話をするのだ? どうせなら、もっと別の怪談話をすればいいだろう?」

 その言葉を聞いた青木は、今度は能面のように表情が消えた。

「まだ、この話には続きがあるのだよ。ここからが、本番と言っていい」

 表情が、話す度に変化していく青木を見て、村田は少し心配になってきた。

「青木、君は少し酔いが回っているようだ。話は聞いてあげるから、ほどほどにね」
「あぁ、分かっている」

 そうは言ったが、青木は三杯目のビールを頼み話し始めた。

「だが、ここからが面白いのだよ。しかも二つある。一つ目が、閻魔の使いは、約50年に一度、現れては嘘をついた人間を裁いているのだとか」
「約50年に一度? どうせそれも噂話だろ?」
「それが、噂話ではなかったのだよ。俺は調べた。すると、本当に今から約50年前の1970年代にも、今回と同じ事件が起きていた。その時は、たったの一ヶ月間で50人もの人間が、行方不明になったのだとか。そして、未だにその人達の行方は分かっていないらしい。それから、1970年代から更に約50年前である、1920年代にも同じ事件が起きていた。その時は、何と70人。それから、1920年代から更に約50年前の1870年代にも、同じ事件が起きていたのだ」
「1870年代って、明治初期ではないか。よく、そんな大昔に起こった事件の記録が残っていたなぁ」
「調べるのには本当に苦労したよ。だが、俺は興味が湧いたものには、とことん調べる癖があってね。でも、流石に1870年代は何人が行方不明になったのかまでは、調べる事は出来なかった。後、それから更に、約50年前の記録は流石にもうなかったよ。まぁ、これが一つ目だね」

 村田は、再びこの話に耳を傾けるようになっていた。
 そして青木は、届いた三杯目のビールを少し喉に入れると再び話し始めた。

「二つ目の話はね、噂によると、閻魔の使いは人によって姿が変わるのだと言う」
「それは、どういう事だ?」
「例えば、少年の前に現れる時は、少年の姿をして現れる。少女の前に現れる時は、少女の姿で。若者の前に現れる時は、若者の姿で。初老の前に現れる時は、初老の姿で。と、とにかく目の前の人間と、年端があまり変わらない姿で現れると言うのだ。友達や知り合い、家族にまでも、化けて出てくるという噂もある。どうだ? まるで、化け狐みたいだろ?」
「ならば、閻魔の使いの本当の姿を知るものはいないと言う事か?」
「あぁ、そうなるね」

 青木は、三杯目のビールを飲み干した。
 二つ目の話を聞いた村田は、一気に興味が薄れた。
 そして、「一つ目話もどうせ偶然か、酔った勢いで少し青木が大袈裟に言ったのであろう」と思うようになった。
 この怪談話も、流石に聞くのが疲れた村田は、店員に日本酒の熱燗を頼んだ。

「青木、まぁ、怪談話か都市伝説かは分からないが、もうその話はよかろう。熱燗でも一緒に飲まないか」

 青木はそう言われ、熱燗を渡された。
 そして、それを喉に入れ、青木はこう言った。

「あぁ、やっぱり日本酒はどの季節も熱燗が一番だ」

 その言葉を聞いた村田は少しホッとした。

「さぁ、これを飲んで今日はお開きにしよう。妻が家で待っている。この前、朝まで君と飲んで、こっぴどく叱られたばかりでね」
「そうだったのか。それは悪い事をした。だが……」
 
 青木の表情は消え、また能面のようになった。

「だが……なんだ?」
「だが……村田。君に、どうしても言わなくてはいけない事があるのだ」
「一体、どうしたんだ?」

 青木の声は、徐々に低くなっていく。

「先程の、閻魔の使いの話だが……」

 少し酔ったせいなのか、それとも緊張からなのか、村田の心拍数は、どんどん上がっていた。

「今した話は、全部嘘だ」

 青木は、ニコッと笑いこう言った。

「は? 君、ふざけるなよ。そんなくだらない嘘を、長々と俺に話していたのか。流石に、おいたが過ぎるぞ? もう、君が閻魔の使いに舌を取られてしまえばいいのだ」

 村田は、酔いのせいもあってか、怒りで青木にこう怒鳴った。
 店の中にいた店員、客の視線は一気に村田と青木の方へいく。
 それを見た村田はすぐに自我を取り戻し、店員と客に頭を下げた。
 そして、声のトーンを下げ青木にこう言った。

「青木。今回だけは許すが、次こんなしょうもない嘘話をしたら、もう二度と君とは飲みに行かないからな」
「悪かったよ。どうか許してくれ。これが、最初で最後だ」
「約束だからね? まぁ、俺も嘘くらいならついた事はある。だから、君にあんまり偉そうな事は言えないから、今日は許すよ」
「すまない。そうか……君も、やはり嘘をついた事があるのかい?」
「あるに決まっているだろう」
「一体、どんな嘘だ? 帰る前に聞かせてくれよ」

 村田は、もう流石に青木が面倒臭くなっていた。
 しかし、不思議と村田は自分が過去についた嘘を青木に話し始めるのであった。

「そうだなぁ……。先程妻の話を出したから、妻についた嘘……いや、嘘というより妻を騙した事になるのかなぁ。それを話すよ」
「妻を騙した?」
「あぁ、実はね俺は今から5年前まで不倫していたのだよ」
「不倫? それは驚いた」
「妻には怪しまれていた。しかし、俺の家は結構、複雑でね。俺にはかつて、一人の妹がいた。しかし、俺達が幼い頃に両親が離婚し、俺は母親が、妹は父が育てる事になったんだ。妻に問い詰められた時、その頃の妹と連絡したり、会ったりしていると妻に言っていた。しかし、それは真っ赤な嘘だ。次第に、妻も薄々それに気付いているのが俺には分かった。これ以上はまずいと思い、当時の彼女とは別れたよ」

 それを聞いた青木は目を下にむけ、ため息を吐きながら「そっか……」と言うと、まるで別人のような聞いた事のない低い声で小さく呟いた。

「それは、決して許されない嘘だね。舌を取らないと……」

 それを聞いた村田は冷笑した。

「青木? それを言うのなら君もだろ?」
「いや……俺はもうないから」

 青木がそう言うと、突然辺りが白黒の世界に染まった。
 それと同時に、先程まで店いた客や、店員達の話し声、そして、すべての音が無になった。 
 それどころか、時が止まってしまったかのように、店にいた人達は、全く動かなくなってしまった。
 突然の非現実的な現象に、村田は一気に酔いが覚め焦った。

「なんだ急に? なぁ、青木?」

 と村田が青木の顔を見た瞬間、そこにいたのは青木ではなく、悪魔のような姿をした舌のない化け物が口を大きくあけ、鬼の形相で村田を睨んでいた。
 その後、店内からは村田の叫び声だけが響くのであった。

 時を同じくして、青木は村田の妻と別の居酒屋で飲んでいた。
 そして次の日、村田が行方不明になったニュースが全国に報道された。
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