3 / 6
お九さん
しおりを挟む一日目。
「ん? これは夢だな。私には分かる。これは明晰夢だ」
男は夢の中である場所に居た。
そこは平たく言うと江戸時代のような風景であった。
すると、多くの侍達が下を向きながら男の横を通りすぎて行く。
侍達は、下を向いているせいなのか顔が陰になってはっきりと見えない。
男はある疑問を抱いていた。
「明晰夢を見れば、自分の思い通りにいく筈だが……」
男はよく明晰夢を見る。
その時は空を飛んだり、風景を自在に変えたり出来る。
それが、今回は思うようにいかない。
それどころか声も出ないのだ。
前を向くと、遠くから誰かが男に向かって手を振っているのが見えた。
遠すぎて男なのか、女なのか、子供なのか、そこまでは分からない。
男は、それをぼんやり眺めていると夢から覚め、夢での記憶は全て失っているのであった。
二日目。
「ん? これは夢だ。またこの風景だ。これで二回目だぞ?」
何故か夢の中では、昨日の記憶も甦る。
昨日と同様、前からは多くの侍達が下を向いて、男の横を通りすぎて行く。
前を向くと、また誰かが遠くで男に手を振っているのが見えた。
遠くからではあるが、昨日より近づいて来ているのが分かった。
「子供ではない……。大人か」
しかし、まだ男なのか、女なのかは分からない。
すると男はある事に気がつく。
身体を動かそうとするが、なぜか動かないのである。
それに驚いていると男は夢から覚め、夢での記憶は全て失っているのであった。
三日目。
「ん? これは夢だ。また同じ風景だ。これで三回目……」
すると、また男の前からは多くの侍達が下を向いて、男の横を通りすぎて行く。
侍達が、何かボソボソと話している声が聞こえたが、何を話しているのかは分からない。
そして前を見ると、昨日男に手を振っていた者は、今度は手を振らずにただ立っていた。
昨日よりさらに男に近づいているのが分かったが、顔までは見えない。
だが、ぼやけてはいたが、シルエットで女だと分かった。
「少し気味が悪い……」
そう思っていると男は夢から覚め、夢での記憶は全て失っているのであった。
四日目。
「これで四回目だ。一体どうなっているんだ?」 男は、また同じ夢を見ていた。
そして、いつもと同じように多くの侍達が下を向いて、男の横を通りすぎて行く。
侍達は、またボソボソと何かを言っている。
話の内容は分からない。
前を見ると、また遠くに女が立っていた。
明らかに昨日より近づいて来ている。
何故なら、その女は白い着物を着ているのが分かったからだ。
「来ないでくれ」と言いたいが声が出ない。
気付いたら男は夢から覚め、夢での記憶は全て失っているのであった。
五日目。
「これで五回目だぞ……。もう、いい加減にしてくれ。私が一体、何をしたと言うのだ」
男は焦っていると、また多くの侍達が下を向いて、男の横を通りすぎて行く。
すると、今日は侍達の声が微かに聞こえた。
「もう、この町は駄目だ……」
「一体誰が……」
しかし、それ以上は聞こえなかった。
前を向くと、白い着物を着た女が昨日より更に近づいて来ていた。
顔までは見えないが、女からは何か恐ろしい憎悪のようなオーラを感じた。
「私に何の用だ? 私がお前に何かしたのか?」
声が出ない為、心の中でそう問いかけた。
その瞬間、男は夢から覚め、夢での記憶は全て失っているのであった。
六日目。
「まただ……これで六回目。もう、やめてくれ」
男はもう限界であった。
そして、多くの侍達が下を向いて、男の横を通りすぎて行く。
すると、今日も侍達の声が聞こえてきた。
「奴が行ってくれたぞ」
「本当か?」
「うまくいけばいいが……」
男は、侍達が何の話をしているのか聞きたいのだが、この夢の世界に来ると声も出ず、身体も動かないのである。
前を向くと、昨日立っていた白い着物を着た女は今日は居なかった。
それを見て少しホッとしていると、男は夢から覚め、夢での記憶は全て失っているのであった。
七日目。
「もう七回目だ……。一体、この夢は私に何を伝えたいのか。この妙な夢は何なのだ?」
前を見ると多くの侍達が下を向き、今日は少し早歩きで男の横を通りすぎて行く。
今回も侍達の声が聞こえた。
「やはり駄目であったか」
「早くここから離れなければ……」
「お九【おく】が来るぞ」
次の瞬間、男は遠くから誰かがこちらへ歩いて来ているのに気づいた。
男は、一瞬であの白い着物を着た女だと分かった。
「侍達が言っているのは、あの女の事なのか?」
そう思っていると男は夢から覚め、夢での記憶は全て失っているのであった。
八日目。
「これで、この夢も八回目……。今日は侍達が居ない」
物凄い寒気を感じた男は前を向いた。
前からは白い着物を着た女が、男のすぐ側まで歩いて来ていた。
よく見るとその女は眼球がなかった。
目がドス黒く染まっており、男に「返せ……返せ……」と言いながら近寄って来る。
「頼む! 動いてくれ!」
強く願うと、これまで固まっていた身体がとうとう動いた。
男はすぐに横に落ちてある、侍が落としたであろう刀を拾い、女に向かって投げた。
その刀は、女の首を貫通し女は倒れた。
その瞬間、男は夢から覚め、夢での記憶は全て失っているのであった。
九日目。
男は、この夢を見るのはこれで九回目であった。
侍達はもう完全に居なくなっていた。
男は、ようやく身体の自由がきくようになり、あの白い着物を着た女も居なくなっていた。
「昨日、私を襲ったあの眼球のない女……。確か、お九と侍達が言っていたな。あの、お九という女は一体何なんだったんだ? 恐らく妖怪か何かか? それより私はいつになったら、この夢から解放されるのだ?」
男は、突然背筋が凍りついた。
そして、後ろから物凄い憎悪を感じた。
恐る恐る振り向くと、お九が男の真後ろに立っていた。
「うわー!!」
叫ぶと同時に男は夢から覚めた。
しかし、男はなんと夢から覚めても記憶が残っていた。
「そうだ……私は何日も同じ夢を見ていた。あの夢を見たのは、これで九回目だった……。お九というあの化け物は一体何だったんだ?」
次の瞬間、男はガッと手首を何者かに捕まれた。
横を見ると、なんとそこには憎悪にまみれたお九が居た。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
男はあまりの恐怖で再び大きな声で叫んだ。
そして、それと同時にある記憶が甦る。
男は一ヶ月前、この部屋に引っ越して来た。
荷物を整理するために、タンスを開けると男はある物を見つけた。
それはお札のような物であった。
男は気味が悪くなり、不動産屋と管理会社に連絡を入れてこの事を伝えるが、この部屋で人が亡くなったとか、幽霊が出るとかそんな話は聞いた事がないと言っていた。
最近は検索すると事故物件がでてくるあるサイトもあるが、それにも載ってはいなかった。
男は「前住んでた人の嫌がらせか、ただのシールとかだろう」と思い、そのお札を捨ててしまったのである。
それが、お九の封印を解いたとも知らずに。
それだけではなかった。
男はお九の姿を見て自分の前世を思い出したのである。
「そうだ……私は。この女の……夫であった。お九はとても綺麗であった。しかし、前世の私がお九を殺した。確か……まだ江戸と呼ばれる時代であった。浮気がお九にばれ、暴れ出したお九の美しい眼球を私が奪い、そして殺したのだ。それから私は村を逃げるように離れた。当時の噂では、お九が幽霊になって侍達の眼球を奪っていたと聞いた。でもその後、お九は誰かに封印されたと聞いたのであった。それで当時、私は何とか逃げ切れた。なぜ……今になって。だから最初、私に手を振っていたのか。横を通りすぎて行く侍達は、まさかお九に目を取られた者達なのか?」
お九は、ドス黒い目から血を流しながら男に「やっと……見つけた。返せ……返せ……」と言い、指をゆっくりと男の目に近づける。
男は、恐怖で失禁し布団は水浸しになる。
「やめろ。来るな。悪かった。許してくれ」
そして「グシャリ」と生々しい音と共に、男の悲鳴が響くのであった。
あれから少し時が経ち、ある居酒屋で若い男が二人で酒を飲みながらある話をしていた。
「なぁ、最近流行りの怪談話知っているか?」
「なんだ? 知らないなぁ」
「お九(く)さんって、眼球のない幽霊の話さ」
「どんな幽霊なんだ?」
「確か、江戸時代にいた若い女性で、夫が浮気をしていたのが分かったらしい。それで、お九さんは怒って暴れ出したが、逆に夫に眼球を奪われて、その後殺されたのだとか。それでお九さんは、強い怨念を持った幽霊になった。そして、生まれ変わった夫を見つけて、眼球を奪い殺したそうだ」
「まぢかよ。凄い執念だなぁ。でも、それは夫が悪いだろ。自業自得だな」
「まぁ、夫は自業自得としてだ。お九さんは当時、とても美人だったそうだ。目も、とても綺麗だったと言われている。しかし、さっきも言ったが、その綺麗な目は夫に奪われた……。これが、どういう意味か分かるか?」
「もしかして……お九さんは、夫は復讐として殺しただけであって、今も自分の美しい目を探しているって事か?」
「あぁ、そうだ。綺麗な目をした人間を見つけては、奇妙な夢を見せた後、眼球を奪われ殺される。しかし、お九さんの綺麗な目には、誰も勝てず、彼女自身もそれに納得していないのだとか……」
「なら、お九さんは自分に合った目を見つけるまで、奪い続けるって事なのか?」
「あぁ、そういう事になる」
「なら、お前気をつけた方がよくないか?」
「何故だ?」
「だってお前……凄く綺麗な目しているからさ」
その九日後、お九さんの話を話題にした、綺麗な目をした男は、消息不明になった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?
鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。
先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
