奇妙な物語

海藤日本

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恋来いパンダ 前編

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 ある日、今年で大学二年生になった『風谷春樹』という一人の男性が居た。
 春樹は、田舎から上京して来て現在、一人暮らしである。
 午後八時、春樹はバイトを終え、歩いて家に帰っていた。
 春樹は、大きく溜め息をついた。

「今年も、あと少しか。結局、今年も彼女が出来なかった」
 
 春樹は、今まで彼女が居た事がない。
 それどころか、デートすらした事もなかった。
 春樹は、決して顔は悪くない。
 只、女性と接する時、極度に緊張してしまうのである。
 口が震え、上手く喋る事が出来ず、会話もろくに出来ない。
 目も合わせる事が出来ない為、女性はよく「愛想がない」と勘違いしており、春樹に近づこうとしないのである。
 
 春樹は「これでは駄目だ」と何度も自分に言い聞かせだが、いざ女性と対面するとどうしても身体が言う事を聞いてくれない。
 中学生の頃は、「いつか治るだろうと」思っていたが、歳を重ねるうちに段々とそれがコンプレックスに変わっていった。
 春樹は現在21歳。
 無論、この歳になると異性に対して、敏感な時期でもある。
「恋の一つや二つはしたい」と思うのが普通である。
 
 春樹が通う学校でも、バイト先でも、異性と付き合っている若者が多かった。
 故に、話の話題はいつも「昨日はどこどこのデートスポットに行った」だの、「今週の休みは、彼女の家でお泊まりだ」だの、「来週、彼氏の誕生日なんだけど、プレゼントなにがいいと思う?」だの、聞くだけで春樹も、それを書いている作者もイライラが募っていた。
 春樹は帰宅し、自分の寂しい部屋の電気をつけ、そのまま椅子に座った。

「毎日毎日、同じ事の繰り返しだなぁ。朝起きて、学校に行って、聞きたくもない恋ばなを聞かされ、学校が終わるとそのままバイト。そして、そこでも恋ばなを聞かされ、バイトが終わればそのまま帰宅し、お風呂に入って、ご飯を食べて、課題をして寝る。休みの日は、特にする事がないから、課題かスマホで好きな動画を見て、それで終いだ。上京してから、ずっとだ。俺だって、週末は彼女とデートしたいし、手も繋ぎたいし、一緒に寝たい。どいつもこいつも、自慢話ばっかしやがって」

 春樹はこの日、お風呂もご飯も課題もする事なく寝た。
 その夜、春樹は不思議な夢を見た。
 辺りはピンク色包まれており、前が見えない程である。

「何だ? 此処は……。」
 
 次第に春樹の心臓がドキドキし始めた。
 まるで、誰かに一目惚れした時の感覚である。
 春樹の心の中もピンク色に染まり始めた。
 すると、遠くから春樹を呼ぶ声が聞こえた。

「春樹、こっちだよー」
「誰かが俺を呼んでいる」
 
 春樹は、ピンク色の景色の中を歩き出した。
 少し歩くと、また声が聞こえ始めた。

「春樹! こっちこっち!」
 
 目を見開くと、ピンク色の霧がパーンと晴れた。
 そこには可愛いパンダが何匹も居た。
 パンダ達は手を繋いで踊っていた。
 春樹は不思議と驚きはなく、むしろパンダ達に歩み寄った。
 そして、気付いたらこんな事を言っていた。

「俺は恋をして彼女が欲しい。……そうだ。今、バイト先にいる山寺さんと付き合いたい! ……あ、でもあの人彼氏が居るんだった。……可愛いパンダさん達。……とにかく俺に力を下さい」
 
 パンダ達は踊りながら問いかけた。

「どんな人がタイプなのー?」
 
 春樹は咄嗟に答えた。

「顔は垂れ目で清楚系。肌は透き通るような、美しい白。胸の大きさは程よい感じで、体型は細身だが、お尻は少しふくよか。性格はおとなしくて、マイペースで、俺以外の男には警戒心が強くて、絶対に浮気をしない……パンダのような女の子」
 
 それを聞いたパンダ達は輪になって踊りながら答えた。

「いいよ! 僕達は君の味方さ……。僕達は『恋来いパンダ』なんだ。恋を呼ぶ不思議なパンダさ。君には素敵な彼女が出来るよ」
 
 それを聞いた春樹は幸福感に包まれた。
 ふと気付いたら既に朝になっていた。

「……なんだ、夢か……」 
 
 春樹は、再び大きく溜め息をついた。 
 時計を見ると、時刻は午前八時。

「今日は、土曜日だから休みか。いつの間にか寝ていた。それよりお風呂に入らなきゃ」
 
 お風呂から上がった春樹はお腹が空いた為、近くのコンビニに行く事にした。
 五分程歩き、コンビニの近くまで来た時であった。
 春樹の目の前に、若い女性が顔を赤らめて立っていた。

「……嘘だろ?」
 
 春樹は驚いた。
 何故なら、それはまさに昨日の夢で春樹がパンダ達に言った理想の女性であったからだ。

「少し山寺さんに似てる。……でも、この人の方が顔は可愛い。……これ、声かけて大丈夫なのか? だって今、俺のすぐ側で足を止めている。俺を見てる。顔がとても赤くなってる。俺を待っているのか? 声をかけてほしいのか? 求めているのか?」
 
 春樹は緊張で全身が震え、お腹が空いていた事などとうに忘れていた。
 あたふたしていると、女性の方から恥ずかしそうに声をかけて来た。

「あ、あの……大丈夫ですか? 凄い汗ですよ。よかったら、これ使って下さい」
 
 女性が出した物。
 それは、ピンク色のハート柄で可愛いパンダが載ったハンカチであった。

「あ、ありがとうございます……」
 
 先程も書いた通り、春樹は全身が震えており、声を出すのが精一杯であった。
 それもその筈。
 今、春樹の目の前にいる女性は春樹の超タイプの人であり、距離もあと一歩踏み出せば、身体同士が触れ合う程の距離であった。
 こんな経験は初めてである為、全身が震えるのは当然の事であった。
 そんな春樹の姿を見て、女性は恥じらいながらも、自分の手で優しく、春樹のでこの汗をそっと拭いた。
 その、優しさと温もりを感じた春樹は、これまで震えていた身体は嘘のように取れ、緊張も一気に解れた。
 そして、気付いた時にはこう言っていた。

「ありがとう。君、とても優しいんだね。俺は『風谷春樹』君も、よかったら名前教えてよ」
 
 女性は、安心した表情を見せ少し微笑みながら答えた。

「私、『三崎ゆい』と言います。後……私、別に誰にでも優しい訳ではありません。春樹くんは何故かほっとけなくて……」

「可愛い……。好きだ」
 と春樹は思わず言いそうになったが、「流石にまだ早すぎる」と思い辞めた。
 春樹は、今まで女性にここまで積極的に話す事など出来なかった。
 それが、まるで人が変わったかのように冷静になっている。

「これは、昨日の夢で見た『恋来いパンダ』の力だ! きっと彼らが俺に力をくれたんだ!」
 春樹は深く感謝した。

「ゆいちゃん、汗を拭いてくれたお礼に、お茶でもしない? 奢らせてほしい」
「そんな、ご馳走してもらう程の事はしていませんよ」
「ううん、俺にとっては凄く助かったんだ。それに、敬語じゃなくていいよ」
「う、うん。春樹くんがそう言うなら……行く」

 ゆいはそう言い、ぎゅっと春樹の手を握った。
「なんて、暖かいんだ」

 春樹は今、この瞬間が人生で一番幸せだった。
 こうして二人は、近くの喫茶店へと向かった。
 喫茶店へ入ると、二人は一番奥の席へと行き、向かい合って座った。

「やっぱり不思議だ。俺は確かに緊張している。でも、それは程よい感じで身体が震える程ではない」
 
 そう思っていると、ゆいが口を開いた。

「春樹くん、今日は本当にありがとう。素敵なお店だね」
「お礼を言いたいのは俺だよ。付き合ってくれてありがとう。とりあえず、何か頼もうか。」
 
 二人は紅茶を頼み、それを飲みながら、たわいもない話で盛り上がっていた。
 ゆいも現在、大学生であり春樹と同級生であった。
 地元は東京である為、今は実家暮らしのようだ。
 そして、二人は恋愛話へと変わっていく。

「え? 春樹くん、付き合った事ないの?」「うん……」
「とてもかっこいいし、優しいのに」
「そんな事言われるの初めてだよ。ゆいちゃんはもしかして、彼氏がいたりする?」
 
 それを聞いたゆいはニコっと笑った。

「いたら誘い断ってるよ。」
「そうだよね」

 春樹はホッとした。

「それに、私も出来た事ないの。彼氏……」
 
 それを聞いた春樹は驚いた。

「本当に? めっちゃ可愛いのに」
「別に可愛いくないよ。でも、ありがとう。私、あまり興味がなかったから。男の人に。……でも、春樹くんを見た時、何故か胸がドキドキしたの。こんな感覚初めてだった。それで……」
 
 あまりの可愛さに、春樹はゆいの両手をぎゅっと握った。
 二人は、恥じらいながらも目を合わせた。
 ピンク色にキラキラ輝いているゆいの瞳を見て、春樹はもう我慢出来なかった。

「ゆい……俺と付き合ってくれないか? 初めて会って、こんな事言うのは間違っていると思う。でも、好きなんだ。どうしても好きなんだ」
 
 ゆいは「え?」と言い、少し驚いた表情を見せた。

「やっぱり早すぎたか」
 
 春樹が後悔していると、次の瞬間にはゆいは笑顔になっており、そっと呟いた。

「いいよ。私も春樹くんが好き」
「ほんとに? とても嬉しいよ。ありがとう」
 
 気が付いたら、空はもう暗くなっていた。
 
「そろそろ出ようか」
 
 春樹がそう言い、二人は喫茶店を後にした。
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