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恋来いパンダ 後編
しおりを挟む「春樹くん、今日はありがとう。紅茶とケーキとても美味しかった」
「ならよかった。ゆいって明日暇?」
「うん、暇だよ」
「なら、明日映画でも見に行かない?」
「うん、行こ」
「ありがとう。じゃあ、もう暗いから家の近くまで送って行くよ」
春樹がそう言うと、ゆいは下を向いて春樹の手を握った。
「寂しい……」
「え?」
「春樹くんと別れるの……寂しい」
「明日、会えるよ。今日はもう遅いし……」
「春樹くん、一人暮らしなんだよね? 泊まっていい?」
その言葉を聞いた春樹は驚いた。
「え!? 俺は、別にいいけど。……でも、今日初めて会った男の家に泊まるんだよ? 抵抗ないの?」
「さっきも言ったでしょ。私は、春樹くんが好きなの」
「ほんとにいいの?」
「うん……」
春樹は心の中で思った。
「まさか、たったの一日でここまで発展するなんて、本当に現実なのか? これはまさか、初体験が出来る感じなのか? でも、ゴムなんて持っていないよ。今から買うにしても、体目的なんて思われたくないし。それに、家に泊まるだけで必ず、そういう展開になるとは限らない。今日は我慢しよう。彼女も、流石にそこまでは考えていないだろう」
春樹は、必死で下心を抑えた。
すると、ゆいが口を開いた。
「春樹くん……私、着替えたいから一回家に帰ってもいい?」
「うん、全然いいよ」
「なら、一時間後には戻るから少し待ってて」
ゆいはそう言い、一度自宅へと帰った。
春樹は一人になり、先程の下心がまた蘇ってきた。
「今がチャンス!」
そう思い、近くにある、大人の店へと向かいゴムを買った。
「まさか、君のお世話になる日が来るとは。……いや、でもまだ決まった訳ではない。念のためだ。俺は、念のためにこれを買ったんだ」
春樹は脳内で言い訳していると、三十分程でゆいが戻ってきた。
「お待たせ」
ゆいの姿を見た春樹は驚いた。
「早かったね。あれ? 着替えて来なかったの?」
「うん……。着替えだけ持って来ちゃった。早く春樹くんに会いたかったら」
ゆいはそう言うと、今度は顔を赤らめ上目遣いでこう言った。
「もし、よかったらでいんだけど、春樹くんの家でお風呂に入っていい?」
「う、うん。全然いいよ」
春樹は心の中でガッツポーズをした。
こうして、春樹は生まれて初めて女性と二人で一夜を過ごす事になった。
「おじゃまします」
ゆいが春樹の自宅へと入り、部屋の電気をつけると、何だか春樹の部屋も喜んでいるように見えた。
「俺の部屋よ。お前はもう、寂しい部屋ではない。まさに、ピンク色に輝く綺麗な部屋だ」
春樹は、感動で涙が出そうになった。
「春樹くん?」
「あ、何でもない。先に風呂に入っておいで」「え? いいの?」
「うん」
「なら、お言葉に甘えて。……あ、でも私が部屋に戻って来るまで廊下に出ないでよ。恥ずかしいから」
「わ、わかってるよ」
「約束だからね?」
「可愛い……。一緒に入りたい」とは流石に言えなかった。
数分後、二人はお風呂から上がった。
「春樹くん、お腹空いた?」
「それがさぁ、なんかお腹空かなくて」
「実は私もなんだ……」
春樹は勿論だが、ゆいも男の人の家に泊まるのは初めてであり、緊張のせいでお腹が全く空かなかった。
一時、沈黙が続いた後、ゆいがそっと春樹の手を握った。
二人は目が合い、また沈黙が続く。
ゆいの瞳は、やはりピンク色に輝いており、その光が春樹の顔を包み込むように導いた。
二人は、生まれて初めて唇同士をくっつけた。
「ゆいの唇……暖かい」
「春樹くんの唇……暖かい」
ゆいがそっと唇を離した。
「春樹くん、緊張してる?」
「だって、初めてだから」
「私もだよ。ほら……」
そう言うと、ゆいは春樹の手を握ってそっと自分の胸に当てた。
「ゆい……まさか、つけてない?」
春樹は興奮したが、次の瞬間には頭からエロいことは離れていた。
というのは嘘であるが、何とも言えぬ別の感情も抱いていた。
ゆいの胸の鼓動はとても早かった。
そして、服の上からでもとても柔らかく、暖かい。
何故か、春樹の目からは涙が溢れていた。
「春樹くん? なんで泣いてるの?」
「いや……ごめん」
春樹はゆいを抱き締めた。
そして、そのまま抱き上げゆっくりとベッドへ寝かせた。
「春樹くん……私、初めてだから」
「わかってる」
「持ってる?」
「うん」
「やっぱり春樹くん、最初から襲うつもりだったのね」
「違うよ。これは、友達から貰ったんだ」
「ふふっ、冗談よ。あと真っ暗にして。恥ずかしいから」
二人は、暗闇の中で初めての熱い夜を過ごした。
春樹は、眠ったゆいの寝顔を眺めていた。
「なんて幸せなんだ。もう、俺の頭の中はピンク色だ。……踊っている。たくさんのパンダが手を繋いで踊っている。……恋だ。これが恋なんだ。俺は今、恋をしている。そして、たくさんのパンダがそれを祝福している。こんな日が、一生続きますように」
次の日二人は、映画を観に行った。
その後、遊園地に行き、動物園に行き、ショッピングもした。
「これが、デートか」
幸せな時間は、あっという間に過ぎるものである。
気付いたら、空は暗くなっていた。
「春樹くん、来週も遊ぼうね」
「うん、約束だ」
二人はキスをして別れた。
ゆいと付き合い始めてから、春樹は前よりも明るくなかった。
勉強もはかどり、バイトもはかどり、仕事の事で女性と会話をする時も、身体が震える現象は消えた。
「全ては、『恋来いパンダ』のおかげだ。彼らのおかげで俺は無敵だ」
そして、金曜の夜の事であった。
春樹はバイトを終え、歩いて帰宅している時に突然後ろからピンクの声が聞こえた。
「春樹くーん!」
振り向くと、そこに居た女性は春樹と同じバイト先である、『山寺せな』であった。
「山寺さん? どうしたんですか?」
春樹は不思議に思った。
何故なら、せなは仕事の話以外では全く喋った事がなかったからである。
せなは顔を赤くし、恥じらいながら口を開いた。
「特に、用事って訳ではないんだけど……。春樹くん、なんか変わったよね」
「……それだけを言いに来たの?」
「ううん……」
せなは、そっと春樹に近づき春樹の胸に頭をくっつけた。
「山寺さん?」
「春樹くん……大好き」
春樹は心の中で思った。
「嘘だろ? 確かに以前、俺は彼女が好きだったが、今までほとんど喋った事もないのに。まさか、これも『恋来いパンダ』の力なのか? でも……俺にはゆいがいるんだ」
春樹はそっとせなの両肩を持ち、抱きついているせなを離した。
「ごめん、山寺さん。俺には今、大好きな彼女が居るんだ。君の気持ちには答えられない。それに、君にも彼氏が居るだろ?」
「彼氏とは別れたの。どうしても、春樹くんが好きになってしまったから。それに、春樹くんに彼女が出来た事も知ってる。それでも、自分に嘘をつきたくなかった」
「やま……せな……」
その時、せなはいきなり春樹の唇にキスをした。
いきなりの行動に、思わず春樹はすぐに唇を離した。
「せな……やっぱり駄目だ。わかってくれ……」
春樹がそう言った時、せなの目はピンク色にキラキラと輝いていた。
そして、春樹の脳内で突然、ピンクの輝きと共にたくさんのパンダが踊りだした。
そのピンク色輝きが、せなの全体を包み込み、春樹にある感情が芽生えてきた。
「これは……恋だ。……好きだ」
春樹は、ぎゅっと強くせなに抱きついた。
そして、そのまま家に連れ込み二人は熱い夜を過ごした。
次に気付いたら時には、せなは春樹の横で眠っていた。
あんなにゆいを大切にしていたのにだ。
普通なら、後悔と申し訳ないと言う感情が出てくる筈だが、春樹の頭の中は違った。
「最高だ。俺はまだ、若いんだし浮気の一つや二つ、したっていいさ。ゆいにばれなければいいんだ。そうだ。恋は一つしかしてはいけない決まりなんてないんだ。どのみち結婚したり、歳を重ねれば、こんな事は出来なくなってしまう。今のうちに楽しまなくちゃ」
そう思っていると突然、春樹の部屋の電気が明るくなった。
「……ゆい?」
目の前にはなんとゆいが呆然と立っていた。
突然の事に春樹は、一瞬時が止まったかのように身体が固まった。
しかし、次の瞬間には口を開いていた。
「ゆい……違うんだ! これは、俺の妹だ!」
「春樹くん……妹と裸で一緒に寝るの?」
ゆいがそう言うと突然、白と黒が混ざったオーラがゆいを纏った。
ふと横を見ると、せなもいつの間にか起きており、じっと春樹を睨んでいた。
そのオーラからは、何とも言えぬ程の憎悪が溢れ出ており、それを感じた春樹は全身がガタガタを震え、大量の汗が出た。
白と黒が混ざったオーラは、ゆいとせなの全身を包み込んだ。
そして、それが晴れた瞬間、春樹は二人の姿に困惑した。
「……パンダ?」
なんと、春樹から見て二人の姿はパンダになっていた。
あまりの非現実的な現象に、春樹は挙動不審になり、ふと横の鏡を見た。
「……笹?」
それを見た途端、春樹は光を失った。
そして、春樹の一室からは笹をムシャムシャと食べる音だけが響くのであった。
その後、春樹は消息不明となった。
と言うより、春樹の部屋は物が全てなくなっていた。
後にゆいとせなは、誰も住んで居ない部屋で倒れているところを発見された。
二人は、今回の出来事を一生思い出す事はなかった。
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