6桁の数字と幻影ビルの金塊 〜化け猫ミッケと黒い天使2〜

ひろみ透夏

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6桁の数字と幻影ビルの金塊

045 地獄階

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 美玲ちゃんが自分のリュックの中身を確認してる。
 大したものは入ってなかったけど、何かあったときに何かする為だろう。

 ジョーは少し離れた場所で、背中を向けて煙草を吸っている。
 地獄階へ突入するまえに、心の準備をしているのかもしれない。

 チャーシューはカバンを肩に掛けながら、ぼくをじ~っと見下ろしていた。

「なにさ?」

「……ところできみは、兄さんの息子なんか?」

「ちがうよ、あんな顎のおっさんの子どもにしないでよ」

 両手を膝について、驚きの表情でぼくを覗き込む。

「じゃあ、ひとりでこのビルに迷い込んだんか?」

「何言ってるの? ずっと美玲ちゃんと一緒にいたじゃん。このビルに入るまえから」

 困惑するチャーシューの背中に、美玲ちゃんが声をかけた。

「その子、わたしの弟なの。こっそりわたしの後をついて来てたのよ」

 あ、そうか。忘れてた。
 化け猫のときは、チャーシューに見えてなかったんだ。

「そうなんか? 全然気がつかへんやったで……」

 それにしても驚いた。
 ぼくは美玲ちゃんにとって、おとうとみたいな存在なんだ。

 ずっと家来けらいなのかと思ってたよ。

 なんか嬉しくてにまにましてたら、気味悪そうなジョーの視線に気がついた。

「なに、ニヤついてやがる? これから地獄へ行くってのによぉ」

 そうだ。
 ぼくらはこれから地獄へ行くんだ。

 気を引き締めるように、ぼくは自分の頰を両手で叩いた。


  
      *



 この状況で準備をしようたって、出来るのは心の準備だけ。
 出たとこ勝負の、鬼が出るか蛇が出るか状態。

「じゃあ、押すよ」

 美玲ちゃんが操作盤にある一番上のボタンを押す。
 おんおんと不気味な唸り声をあげながら、エレベータが動きだした。

 扉の上にある楕円形の小窓を見つめる。
 ニキシー管のオレンジ色に光る数字が、明滅するように変わっていく。

 3……。

 4……。

 5……。

 甲高い、乾いたベルの音がエレベータ内に響いた。

 もう後戻りはできない。
 暴れだしそうな心臓をぎゅっと押さえつけて、ぼくは扉を見つめた。
 金属の擦れる音をたてながら、ゆっくりと扉が開いていく。

 金色こんじきの光が差し込んでくる。

 と同時に、扉の隙間から熱風が吹き込んできた。
 それは真夏の夜風とは全く違う、顔が焼けるような熱い風。
 
 5階は炎に包まれていた。

 舞い上がる火の粉と熱風に両腕で顔を覆いながら、目を細める。

 見渡す限りのビル群が、灼熱の炎に呑み込まれていた。
 何本もの炎の竜巻が柱のように立ち上がり、夜の空を赤く染めている。

「ここ、豊海ふ頭だ!」

 美玲ちゃんが指をさして叫んだ。

「闇の世界じゃない! わたしたちの世界だよ!」

 見覚えのある、崩れ落ちた天井と壁。
 炎に包まれてはいるが、まごうことなくここは以前も来たことのある5階のフロアだった。

 東京湾の水面が、眩しいほどの光焔こうえんを反射している。
 その先に見えるレインボーブリッジは真ん中から崩れ落ちていた。
 燃え盛る炎を背にした東京のビル群は、まるで黒い墓石が立ち並んでいるように見える。

 文字通り地獄のような光景に、ぼくは思わず呟いていた。

「ぼくらの世界が、地獄界……?」

 そのとき、ジョーが叫んだ。

「おい、あれを見ろ!」

 炎に包まれた5階のフロアの先に、みんなの視線が注がれる。
 みな一様に、目を奪われていた。

「なんで、こんなところに……?」

 美玲ちゃんが、目を見開いている。

 なに? なんなの?
 ぼくには何も見えないんだ。

 チャーシューが目をこすりながら、何度も目を細めている。
 ぼくはチャーシューの半ズボンのすそを引っ張って訊ねた。

「ねえ、いったい何が見えるのさ?!」

 フロア中央の先から目を離さずに、驚愕した表情でチャーシューがこたえる。


七海ななみはんが、炎の向こうから手招きしとるんや……!」


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