6桁の数字と幻影ビルの金塊 〜化け猫ミッケと黒い天使2〜

ひろみ透夏

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6桁の数字と幻影ビルの金塊

047 時代と命

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「いったん戻るんや! このままじゃ焼け死んでまうぞ!」
 
 泣きじゃくる美玲ちゃんの肩を抱いて、チャーシューがエレベータに戻る。
 ジョーが手を伸ばして、ふたりをなかに引き入れた。

 ぼくもエレベータに飛び込んで、『閉』ボタンを連打する。
 金属の擦れる渋い音を響かせながら、扉が閉まった。

「あれが幻覚やったなんて……」

 チャーシューが力尽きたように腰を下ろした。
 床にぺたりと座った美玲ちゃんは、いまだ肩を震わせ泣いている。

「黒崎はんは、亡くなったお父さんを見てたんやなぁ……」

「おれには、とても幻覚とは思えねぇ……」

 エレベータの壁に背中をもたせかけたジョーが、一点を見つめながら強い眼差しで言った。

「炎を反射して眩しほどにきらめいてやがった。一億どころじゃねぇ。十億……いや、百億はくだらねぇ金塊の山だったぜ!」

「でも幻覚だよ、ジョーが見た金塊だけ本物なんてありえない」

 ジョーが壁から背中を離した。
 ぼくに向かって、強い調子で語りかけてくる。

「じゃあ、このまま引き返すってのか? 思い出せ、おれたちは今まで『闇の階』で何をしてきた?」

 操作盤にはめられたプレートを指差しながら怒鳴った。

「何かしねぇと、こいつは手に入らねぇってことなんだぜ?!」

 エレベータ内が沈黙に包まれる。
 ジョーが言ってることはわかる。

 だけどあの地獄の炎のなかで、どうやってプレートを探すというのか……。


「ふたり現れたの」

 その沈黙を破ったのは、ずっと肩を震わせ泣いていた美玲ちゃんだった。
 エレベータの床にへたり込んだまま、言葉を続けた。

「最初のパパは笑顔でわたしに手を振ってた。こっちにおいで……って」

「その後に現れたパパは、とっても怖い顔で叱りつけた。こっちに来ちゃだめって、わたしを弾き飛ばしたのよ」

 ジョーが厳しい視線を美玲ちゃんに向ける。

「何が言いてぇ? 優しい方と恐い方、どっちが本当の親父さんでしょうってか? 思い出なんててめぇだけのモンだ。辛い思い出なら、いいように書き換えちまえ! おれはそうしてるぜ!」 

 美玲ちゃんが泣き腫らした目で、ジョーを見上げる。

「幼稚園までの思い出しかない。でも、そんなの簡単だよ。……偽物は最初に現れたパパ。わたしをおびき寄せて灼熱の炎で焼き殺そうとした」

 そして、強い口調でうったえかけた。

「何が言いたいかわかってるでしょ? これは罠なの! 金塊を奪おうとする者を殺すための!」

 言われるまでもなく薄々感じていたのだろう。
 ジョーが黙り込んだ。

 やがてキャスケット帽をとって額の汗を拭うと、再び深く被り直す。

 ジョーが何かを覚悟したときの所作しょさだ。
 怖る怖る、ぼくは問いかけた。

「どうするつもり?」

「決まってる。覚悟はしてたぜ!」
 
 まっすぐに前を見つめたその眼差しには、決意がこもっている。
 
「このくれぇの地獄を通らなきゃあ、金塊は手に入らねえってことだぜ!」

 何も言わずに、美玲ちゃんがジョーの腕をつかんだ。
 哀れむような目で、ジョーを見つめている。

「へっ、わかってるぜ。軍医が言ってたんだ。おれの脳からはいま、アンドレチンが吹き出てるんだ」

 ジョーはその手を払いのけると、両手を広げて、おどけるように笑いながら続けた。

「何も怖くねぇ! 周りの仲間はバタバタ死んでいくのに、自分は死なねえと思える! ひりついたギャンブルの時だけ思い出せるんだぜ、この感覚はなぁ!」

 美玲ちゃんが一転、鬼の形相で怒鳴りつけた。

「正気じゃない! 戦争で感覚が変になってるのよ! 命はそんな簡単に捨てていいものじゃないっ!!」

 しかしジョーは、猛烈にその言葉をはね返した。


「言うな! 戦争を知らねぇお前らが軽はずみに否定すんじゃあねえぜっ!! おれは死と隣り合わせの時代を生きた! ……だがそれが、おれの青春時代だったんだ!」


 そう叫んで、ジョーはぼくらに背を向けた。

「わかってるんだぜ、お前ぇらと生きた時代が違うってことくれえはなぁ……」

 そのままエレベータの操作盤に手を伸ばす。
 その腕を、今度はチャーシューがつかんだ。

「兄さん、どうしても行くんか」

「このを大事にしろよ。いざって時はよぉ、どんな時代でも男が女を守るんだぜ」

 もう止められないことは誰の目にも明らかだ。
 でも、どうしても最後に伝えたかったのだろう。

 美玲ちゃんがジョーの背中に言葉をかけた。
 
「何百億の金塊より、命は尊いんだよ……」

 金属の擦れる音を響かせながら、エレベータの扉が開く。
 灼熱の熱風と、眩しいほどの炎がジョーの後ろ姿を浮かび上らせた。


「お前らの命は尊いんだな。その言葉をよぉ、おれの時代にも聞きたかったぜ!」

 
 そう言い残して、ジョーは燃え盛る炎のなかに飛び込んでいった。


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