14 / 66
6桁の数字と幻影ビルの金塊
013 ミッケ、逃げて!!
しおりを挟むおんおんと唸り声をあげていたエレベータがゆっくりと停止する。
エレベータの床にへたり込んでいたぼくたちは、顔だけ上げてニキシー管の階数表示を見た。
3。
相撲取りのようなチャーシューの平手で操作盤を叩いたせいもあり、1階以外のボタンも押されたみたい。
金属が擦れる不快な音をたてながら、ゆっくりと扉が開いた。
「……真っ暗や、何も見えへん」
チャーシューが暗闇に包まれた3階のフロアに目を細めながら腰を上げようとしたとき、美玲ちゃんがその腕を掴んだ。
「ダメだって! さっさとこのビルから出たほうがいい」
「ほんのちょっと、そこまで見てくるだけや……」
床に置かれたビデオカメラを手に取り、チャーシューが扉から足を踏み出す。
美玲ちゃんはぼくを抱っこしたまま立ち上がり、片手でエレベータの扉が閉まらないよう押さえた。
「心配せんでも、こっちがエレベータを占拠しているかぎり、あいつに捕まることはあらへん。なんせ階段がないねんからな」
チャーシューはそう言うと、ビデオカメラを構えてエレベータから降りた。
カメラのライトが白い棒のようなって暗闇に伸びる。
しかし、光が何かを照らし出すことはなかった。
少しづつ進んでいくチャーシューの大きな背中が、徐々に暗闇に溶けていく。
「……もういいでしょ? 早くここから出ようよ!」
美玲ちゃんが暗闇に向かって声をかける。
「何もこたえないね……」
抱っこされながら、ぼくは美玲ちゃんを見上げた。
その顎に汗が滴っている。
「チャーシュー! 早く戻って!!」
美玲ちゃんが声を張り上げた。
ここまで焦った表情は、あまり見たことがなかった。
居ても立っても居られず、美玲ちゃんがエレベータの扉から足を踏み出そうとしたとき、ぼくの耳に何かが聞こえてきた。
「美玲ちゃん待って! ……何か聞こえる」
それは荒い息遣いだった。
それも一箇所からだけではなく、あちこちから聞こえてくる。
美玲ちゃんにも聞こえたのか、エレベータから降りようとしていた足を止めた。
そのとき、暗闇の奥から足を引き摺るような音が聞こえてきた。
「……よかった。チャーシューが戻ってきたんだよ」
抱っこされた腕から飛び降りようとしたぼくを、さらに美玲ちゃんが腕に力を込めて止めた。
「……痛いってば! 降ろしてよ美玲ちゃん」
見上げると、美玲ちゃんは左の耳たぶを触りながら、暗闇の一点を見つめて集中していた。
足を引き摺る音が少しづつ近づいてくる。
あと少しで、エレベータの灯りのまえに姿を現す。
そう思ったとき、その音はとつぜん止まった。
「……チャーシュー……じゃないよね?」
暗闇に向かって、美玲ちゃんが静かにたずねる。
暗闇に姿を隠した誰かは、何もこたえない。
そのかわりに、エレベータの灯りに照らされたフロアに、ガシャっと何かが投げられた。
ぼくは反射的に美玲ちゃんの腕から飛び降りて、床に転がるその『何か』に駆け寄った。
それはチャーシューが持って行ったはずのビデオカメラ。
カメラのモニタが、擦ったような血で汚れている。
そのときぼくは気がついた。
ぼくのすぐまわりを、荒い息遣いが取り囲んでいることに。
「ミッケ、逃げて!!」
耳をつんざくような美玲ちゃんの怒鳴り声で、ぼくはその場から飛び退いた。
その直後、ぼくのいた所に、黒い毛に覆われた塊のようなものが降ってきたんだ。
生臭い、獣のような匂いがツンと鼻を突く。
黒い毛の塊のようなものが、ゆっくりと顔を上げる。
そいつは顔中が毛に覆われていて、血に染まったような赤い目をしていた。
首を何度も傾げながら、ぎこちなく顎を動かす。
ブタ……モウ……ッチマッタウヨオオ……。
オオマオマイエモ……クイタエイアイイ……。
か細い、絞り出したような声で確かにそう言った。
ぼくを取り囲んでいた荒い息遣いのやつらも、ゆっくりと灯りのなかに姿を現す。
人間の言葉を真似ているけど、あきらかに人間では無いなにか。
取り囲むたくさんの赤い目に睨まれて、ぼくの体はすっかり硬直してしまった。
「あうあああの……ぼっぼぼぼくは……美味しくないでっででで……」
その瞬間、ぼくの体はすごい速さで宙に舞い上がった。
美玲ちゃんがエレベータから飛び出して、ぼくを掬い上げてくれたんだ。
素早く踵を返して、エレベータに駈けもどる。
すでに閉まるボタンを押していたのか、閉まりかけた扉の隙間にぎりぎりで体を滑り込ませた。
閉まった扉の向こう側を、たくさんの手で激しく叩く音や、怒り狂ったような叫びが聞こえる。
やがておんおんと唸り声をあげて、エレベータが動き出した。
「美玲ちゃん、助けてくれてありがと……」
見上げると、美玲ちゃんはぼくを抱きしめたまま歯を食いしばり、ぎゅっと瞑った目からぽろぽろと涙をこぼしていた。
25
あなたにおすすめの小説
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
霊能探偵レイレイ
月狂 紫乃/月狂 四郎
児童書・童話
【完結済】
幽霊が見える女子中学生の篠崎怜。クラスメイトの三橋零と一緒に、身の回りで起こる幽霊事件を解決していく話です。
※最後の方にあるオチは非常に重要な部分です。このオチの内容は他の読者から楽しみを奪わないためにも、絶対に未読の人に教えないで下さい。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
大人にナイショの秘密基地
湖ノ上茶屋
児童書・童話
ある日届いた不思議な封筒。それは、子ども専用ホテルの招待状だった。このことを大人にナイショにして、十時までに眠れば、そのホテルへ行けるという。ぼくは言われたとおりに寝てみた。すると、どういうわけか、本当にホテルについた!ぼくはチェックインしたときに渡された鍵――ピィピィや友だちと夜な夜な遊んでいるうちに、とんでもないことに巻き込まれたことに気づいて――!
未来スコープ ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―
米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」
平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。
それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。
恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題──
彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。
未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。
誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。
夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。
この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。
感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。
読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる