6桁の数字と幻影ビルの金塊 〜化け猫ミッケと黒い天使2〜

ひろみ透夏

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6桁の数字と幻影ビルの金塊

013 ミッケ、逃げて!!

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 おんおんと唸り声をあげていたエレベータがゆっくりと停止する。
 エレベータの床にへたり込んでいたぼくたちは、顔だけ上げてニキシー管の階数表示を見た。

 3。

 相撲取りのようなチャーシューの平手で操作盤を叩いたせいもあり、1階以外のボタンも押されたみたい。
 金属が擦れる不快な音をたてながら、ゆっくりと扉が開いた。

「……真っ暗や、何も見えへん」

 チャーシューが暗闇に包まれた3階のフロアに目を細めながら腰を上げようとしたとき、美玲ちゃんがその腕を掴んだ。

「ダメだって! さっさとこのビルから出たほうがいい」

「ほんのちょっと、そこまで見てくるだけや……」

 床に置かれたビデオカメラを手に取り、チャーシューが扉から足を踏み出す。
 美玲ちゃんはぼくを抱っこしたまま立ち上がり、片手でエレベータの扉が閉まらないよう押さえた。

「心配せんでも、こっちがエレベータを占拠しているかぎり、あいつに捕まることはあらへん。なんせ階段がないねんからな」

 チャーシューはそう言うと、ビデオカメラを構えてエレベータから降りた。
 カメラのライトが白い棒のようなって暗闇に伸びる。

 しかし、光が何かを照らし出すことはなかった。
 少しづつ進んでいくチャーシューの大きな背中が、徐々に暗闇に溶けていく。

「……もういいでしょ? 早くここから出ようよ!」

 美玲ちゃんが暗闇に向かって声をかける。
 
「何もこたえないね……」

 抱っこされながら、ぼくは美玲ちゃんを見上げた。
 その顎に汗がしたたっている。

「チャーシュー! 早く戻って!!」

 美玲ちゃんが声を張り上げた。
 ここまで焦った表情は、あまり見たことがなかった。

 居ても立っても居られず、美玲ちゃんがエレベータの扉から足を踏み出そうとしたとき、ぼくの耳に何かが聞こえてきた。

「美玲ちゃん待って! ……何か聞こえる」

 それは荒い息遣いだった。
 それも一箇所からだけではなく、あちこちから聞こえてくる。
 美玲ちゃんにも聞こえたのか、エレベータから降りようとしていた足を止めた。

 そのとき、暗闇の奥から足を引き摺るような音が聞こえてきた。

「……よかった。チャーシューが戻ってきたんだよ」

 抱っこされた腕から飛び降りようとしたぼくを、さらに美玲ちゃんが腕に力を込めて止めた。

「……痛いってば! 降ろしてよ美玲ちゃん」

 見上げると、美玲ちゃんは左の耳たぶを触りながら、暗闇の一点を見つめて集中していた。

 足を引きる音が少しづつ近づいてくる。
 あと少しで、エレベータの灯りのまえに姿を現す。
 そう思ったとき、その音はとつぜん止まった。

「……チャーシュー……じゃないよね?」

 暗闇に向かって、美玲ちゃんが静かにたずねる。
 暗闇に姿を隠した誰かは、何もこたえない。

 そのかわりに、エレベータの灯りに照らされたフロアに、ガシャっと何かが投げられた。
 ぼくは反射的に美玲ちゃんの腕から飛び降りて、床に転がるその『何か』に駆け寄った。

 それはチャーシューが持って行ったはずのビデオカメラ。
 カメラのモニタが、擦ったような血で汚れている。

 そのときぼくは気がついた。
 ぼくのすぐまわりを、荒い息遣いが取り囲んでいることに。


「ミッケ、逃げて!!」


 耳をつんざくような美玲ちゃんの怒鳴り声で、ぼくはその場から飛び退いた。
 その直後、ぼくのいた所に、黒い毛に覆われた塊のようなものが降ってきたんだ。

 生臭い、獣のような匂いがツンと鼻を突く。
 黒い毛の塊のようなものが、ゆっくりと顔を上げる。

 そいつは顔中が毛に覆われていて、血に染まったような赤い目をしていた。
 首を何度も傾げながら、ぎこちなく顎を動かす。


 ブタ……モウ……ッチマッタウヨオオ……。
 オオマオマイエモ……クイタエイアイイ……。


 か細い、絞り出したような声で確かにそう言った。

 ぼくを取り囲んでいた荒い息遣いのやつらも、ゆっくりと灯りのなかに姿を現す。
 人間の言葉を真似ているけど、あきらかに人間では無いなにか。

 取り囲むたくさんの赤い目に睨まれて、ぼくの体はすっかり硬直してしまった。

「あうあああの……ぼっぼぼぼくは……美味しくないでっででで……」

 その瞬間、ぼくの体はすごい速さで宙に舞い上がった。
 美玲ちゃんがエレベータから飛び出して、ぼくをすくい上げてくれたんだ。

 素早く踵を返して、エレベータに駈けもどる。
 すでに閉まるボタンを押していたのか、閉まりかけた扉の隙間にぎりぎりで体を滑り込ませた。

 閉まった扉の向こう側を、たくさんの手で激しく叩く音や、怒り狂ったような叫びが聞こえる。
 やがておんおんと唸り声をあげて、エレベータが動き出した。

「美玲ちゃん、助けてくれてありがと……」


 見上げると、美玲ちゃんはぼくを抱きしめたまま歯を食いしばり、ぎゅっとつむった目からぽろぽろと涙をこぼしていた。
 
 
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