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6桁の数字と幻影ビルの金塊
014 あんた誰?
しおりを挟むエレベータがゆっくりと停止する。
扉が開くと、そこは見覚えのある1階のエントランスだった。
ぼくはチャーシューが持っていたランタンを口に咥えて、エレベータを降りた。
振り返ると、美玲ちゃんはエレベータの床にペタンと座ったまま、うつむいた顔を両手で覆っている。
ランタンをフロアの中央に置いて、美玲ちゃんのところへ戻る。
「ここにいたらぼくたちも危険だよ。とにかくこのビルから出よう」
美玲ちゃんが首を横に振った。
「……チャーシューを置いて行けないよ」
そう言いながら涙が溢れてきたのか、また両手で顔を覆った。
ぼくはチャーシューの持っていた肩掛けカバンを咥えて、扉のレール上に置いた。
扉が閉まってエレベータが動きだすと、5階にいたマントの男が降りて来てしまうからだ。
「とりあえずエレベータから降りて。シショウの力を借りに行こう」
美玲ちゃんも可能性はそれしかないと思ったのか、泣きはらした顔を上げてうなづいた。
よろよろと立ち上がり、エレベータから降りる。
ぼくらの背後で、金属の擦れる音をたてながらエレベータの扉が動くが、カバンが邪魔して何度も開閉を繰り返している。
美玲ちゃんがフロアに置かれたランタンを手に取り、ふたりでビルの出口に向かって歩く。
モスグリーンのドアの鈍く光を反射する金色のドアノブを、がちゃりと回した。
生ぬるい夜風がぼくのひげを揺らす。
目のまえに広がった景色を見て、ぼくは自分の目を疑った。
そこは暗い木立の中ではなく、アスファルトの車道が横切っていたのだ。
ヘッドライトを点けた高級セダンが目のまえを横切る。
車道を挟んだ向こう側には、見上げるほど高いマンションが建っている。
美玲ちゃんもドアから顔を出して周囲を見渡した。
車道沿いに、ずっとマンションが建ち並んでいるのだ。
「……ここ、何処?」
「そっから出ても、元の世界にゃ戻れねぇぜぇ」
とつぜん聞こえた声に、ぼくらは飛び上がって驚いた。
腰を抜かしそうになった美玲ちゃんと、文字通り腰を抜かしたぼくが振り返る。
そこにはチェック柄のキャスケット帽をかぶった、ベージュのスーツ姿の中年男が立っていた。
白い開襟シャツにサスペンダーをしている。
「元の世界でなくてもいいなら、止めはしねぇけどよう」
胸ポケットから煙草の箱を取り出すと、革靴の裏でマッチを擦って煙草をくゆらせた。
「……どなたですか?」
後ずさりしながら、美玲ちゃんがたずねた。
中年男が煙草の煙を吐きながら、苦々しい表情でこたえた。
「そう警戒すんなよお嬢ちゃん、おれも迷い込んじまったんだ。協力しねぇか?」
ぼくは美玲ちゃん横に並んで、小声で話しかけた。
「5階で見たマントの男だよね?」
「どうかな……。もっと危険そうな男に見えたけど……」
煙草を口に咥えたまま、大きな顎を前に突き出し、中年男が聞いてきた。
「元の世界に戻るにはよぅ、鍵が必要なんだぜ? お宝って鍵がなぁ……。お前らもそれが目的で、このビルに忍び込んだんだろうが?」
「お宝って金塊のこと? それを手に入れれば元の世界に戻れるっていうの?!」
美玲ちゃんの質問に、中年男はぎらぎらした視線でぼくたちを見つめたまま、ゆっくりと煙を吐いてうなづく。
「わかった。わたしたちも早くここから出て助けを呼びに行きたいの。協力しましょう」
中年男が満足そうな表情で手を叩いた。
「そんじゃあ、まず金塊の分け前を決めとこうぜ。おれが八。お前らが二。……で、どうだ?」
「わたしは元の世界に戻るだけでいい。八億だろうが十億だろうが好きにして」
「はっ、じゅーおく?! お前ら、とんだガセネタ掴まされたんだな。金塊の総額はいいとこ一億だぜ? おれの取り分が八千万、お前らは二千万。子どもの分際で、そんだけありゃあ十分だろうが」
さっきからこのおっさん、お前らお前らって偉そうなんだよね。
ぼくは頭にきて、つい話しかけてしまった。
「ぼくはミッケで、この子は美玲ちゃんっていうんだ。名前で呼んでよね、顎のおっさん!」
「オーケーオーケー。鼻っ柱の強うそうなお坊ちゃんだぜ、まったく」
えっ?
んっ?
もしかしてこのひと、さっきからぼくの姿が見えているの?
思わず美玲ちゃんと顔を見合わせる。
そのぼくのほっぺを両手ではさんで、美玲ちゃんが悲鳴をあげた。
「ちょちょ、ちょっとミッケ! あんたまた、子どもの姿になってるじゃないの!!」
ぼくはとっさに自分の手を見つめた。
またもや三才から四歳くらいの、ちいさな子どもの手になっていた。
「ぎゃぁ~っ!!」
そんなぼくらの事情には我関せず、中年男は勝手に自己紹介を始めた。
「おれの名はジョーだ。見ての通り、この頑丈そうな顎がその名の由来だぜ?! もうおっさんって呼ぶんじゃあねぇぜ~」
自らの顎をガンガン拳で叩きながら、自慢げにそう言った。
たしかにおっさんの顎は頑丈そうで、なおかつ前方に飛び出している。
それにしても……。
雰囲気から話し方からそのニックネームまで、なにもかも昭和チックで古臭いんだよね……。
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