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6・キロヒ、スミウの意義を知る
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「一年生諸君、精霊士養成学園へ入園おめでとう」
赤毛の教師ラエギーの心のこもっていない言葉で、一年生は入園を祝われた。
キロヒが入寮して、屋根裏での濃すぎる出来事を体験した翌日のことである。
巨大な教室には全一年生、約二百人が詰め込まれている。全員紺の制服姿。白いシャツにジャケットとロングスカート、あるいはロングキュロットかスラックス。下半身の服は選択式で、彼女たちの部屋の場合、ニヂロはスラックス。サーポクはキュロット。キロヒとイミルルセがスカートを選んだ。
そのせいで室内はほとんどが紺色で塗りつぶされ、視界の圧迫感が強い。
部屋はすり鉢状の扇形になっていて、扇の要部分が一番低く講壇が置いてあり、そこに教師は立っている。生徒の席は教師から遠いほど高い位置になっている。
この教室も木の中にある。どう考えても物理的に不可能な広さだが、それは寮も同じ。昨日、学園内の施設をイシグルに案内してもらった時にイミルルセが質問していたが、その回答は難しいものだった。授業で習うように言われたので、キロヒはそれまで待つことにした。
彼女たちが座っている席は、一番後ろだ。ニヂロは前の方に行きたがったが、サーポクの精霊であるザブンが大きすぎて、後ろに座る人の視界の邪魔になるというイミルルセの意見で最後方となった。
そんなサーポクはキロヒの右隣に座っている。亀は背中と背もたれの間に挟んでいる。おかげで椅子に浅く腰掛ける形になっているが、本人は全然気にしている様子はない。少女の横や上からにょっきりと亀がはみ出している姿は、明らかに目立っていた。
サーポク曰く、重さは全然感じないらしい。そう言われてみれば、クルリも同じだとキロヒは思った。どうやら精霊は、どんな大きさであれ重さはないようである。
サーポクの反対隣には優雅なイミルルセ。二人でサーポクを挟むことで、とりあえず二人で面倒を見るという形を取っている。
キロヒの左隣に座っているのは、攻撃的なニヂロ。部屋姉妹である彼女たちとは、総合授業中は一緒にいなければならないという決まりがあった。そうなると、誰が攻撃的なニヂロの隣になるか、という問題が発生する。キロヒの隣に座る選択をしたのは、他の誰でもなくニヂロ自身だった。
キロヒはニヂロに対して何の反抗もしていない。消去法で他の同室者よりマシという判断だったのだろう。キロヒにとっての心理的負担の大きさについては、ニヂロは考慮してくれない。はっきり言ったところで、やはり考慮してくれるとは思えなかったため、彼女はあきらめざるを得なかった。
教室には男子も半数ほどいる。同じ寮にいるらしいが、寮の廊下で出会うこともない。それは上級生も同じだ。ただし同じ一年の男子は、食堂では見ることができた。他の学年は別の食堂があるのだろう。
教室内はシンとしている。十歳の子供が二百人も集まれば、ざわめきだけで十分な騒音になるはずだが、教師のラエギーが講壇に立ち「静かに」と言った瞬間、強い圧を感じて全員が口をつぐんだ。
いや、全員ではない。サーポクを除いて。サーポクは机と亀の間でゆらゆらと揺れながら大きなあくびをしていた。口をぴたりと閉じた生徒たちとは正反対の状態だった。
ラエギーはそんなサーポクへと視線をやったが、追及することなく全員を見回して、心を伴わない入園祝いの言葉を紡いだのである。
「さて、君たち一年生の今年の授業についてだが……」
ラエギーが言うには、十一月半ばである今日から翌二月いっぱいまでは基礎授業。全員一律で同じ授業を受けるということだった。
それから二か月の春休暇。この学園に通う生徒は、全員平民である。農民出身も多いということで、春の大事な農作業の労働力としての一時帰宅のような形らしい。同様に九月半ばから十一月半ばまでの秋休暇もあるという。
学園で学ぶのは一年のうち八か月となるが、長期休暇中も課題は出されるという。
そんな説明の後、隣のニヂロが、ギリっと強く歯ぎしりをする音が聞こえた。ここまでの説明に、そんなに不快に思うところはなかったはずなのに、とキロヒは首をひねった。
春休暇が終わると一部選択授業が始まる。どの授業を選択するかは、その前の基礎授業の際に一通り体験をすることになっており、それで決めることになるという。ただし必ずその際、同室の者が二人以上で同じ選択をすること、となっていた。要するに部屋の四人で話し合う必要があるということ。もめる未来が簡単に浮かんで、キロヒはがっかりした。一蓮托生という言葉が嫌いになりそうだった。
授業も食費も制服もすべて無料という平民には破格な学園だが、当然の代償とばかりに縛りが多い。その理由は、この後、教師によって説明されることとなる。
一年間の授業の概要が説明された後、そのまま教師ラエギーは、最初の授業に突入した。
「君たちは『精霊士』という肩書が、どんな仕事か知っているか? 知っている者は挙手せよ」
教師の声に、三十人ほどの生徒が手を挙げる。ニヂロも手を挙げた。キロヒは挙げなかった。自信がなかったからである。
手を挙げさせたまま、ラエギーはその一人ずつに答えるように告げる。キロヒはやめておいて本当によかったと思っていた。
「国を守る仕事をする人です」
「人を助ける仕事です」
そんな回答が続く中、ついにラエギーの手がニヂロを指す。
「金を稼げる仕事だろ?」
それに、ざわっと教室がざわめいた。ラエギーは軽く手を横に振ると、そのざわめきが消えていく。
ニヂロの言葉に何の反応を返すことなく、ラエギーは次の生徒を指した。
「……魔物を殺す仕事だ」
男子生徒の言葉の強さに、キロヒはびくりとしてそちらを見た。狩人のように思えたあの少年だ。町に到着した時、ニヂロと一緒に光の柱に走ってきたキツネ色の短髪の少年。
教師はそれにも大きく反応をせず、全員に発言を終わらせると、その手を下ろした。
「精霊士とは……人間の生存圏を拡大させるために存在している職業だ」
ラエギーが口にした模範解答は、生徒の答えとは意味合いが少し違っている。誰が一番近いかと言うと、キツネ色の髪の少年ではないだろうか。
守るでもなく金のためでもなく、より攻撃的な意味の強さを感じた。
「現在我が国は、王都を中心に外側へ領土を拡張している最中だ。その際、精霊のもたらす資源の宝庫として山や森、川や海を安全に確保しなければならない。しかし、そういった場所には、必ず魔物が出現する。人間と精霊の敵と言える存在だ。地方に住んでいる者ならば、特に魔物の恐ろしさはよく知っているだろう」
淀みなく、決まった文章であるかのようにラエギーの説明は続く。その中には国の方針が色濃く含まれていた。この学園は、王族を始めとする貴族の寄付で運営されているため、実質国営のようなものだ。政治方針が絡んでくるのを避けることはできない。
精霊は、街よりも自然の多いところに数多く存在すると言われている。そして精霊が多い場所は、自然の恵みや資源が多く発見されるのだ。人はそれをできるだけ安全に確保したい。精霊の多い環境を維持するだけで、再び資源は生まれ利益をもたらしてくれるのだから。
そんな人間と精霊との共存の敵が魔物、ということになる。
「魔物は、初級以上の精霊と人間を食らおうとする。そうすると精霊や人間の数が減らされる上に、その領域の資源も減少する。精霊士は、我らの生存圏で魔物が出現した場合、必ずそれを殲滅しなければならない」
ラエギーの言葉に、キロヒは少しの引っ掛かりを覚えた。「初級以上の精霊」という部分だ。この学校に入る条件のひとつが「中級精霊の友人」というものだった。それ以外の学力も必須ではあるが、中級精霊の友人にならないと絶対に入園することはできない。
だからクルリもツララもヌクミも中級精霊だとキロヒは思っていた。その下に初級精霊がいるのは分かるのだが「以上」ということは、初級精霊未満もいるという予想がたてられる。精霊の分類はまだ何も分からないキロヒだが、それをこの学園では教えてくれるはずだ。
「だから君たちは、この学園で無償で育成される。育成の方針として、同室の者たちと部屋姉妹や部屋兄弟という形で縛るようになっている。どういう内容かは、指導担当の四年生に聞いただろうから復唱はしない」
いまラエギーは、はっきりと「縛る」と言った。はっきりと言いすぎではないだろうかと、キロヒが不安になってしまうほどだった。
「この縛りは、無意味ではない。理由は卒業後、他の精霊士に対して『好き嫌い』というくだらない理由で絶対に行動をブレさせないためだ」
しかし、ラエギーは生徒の戸惑いなど気にもかけない。
「見知らぬ精霊士、気に食わない精霊士……極端な話、殺したいほど憎い精霊士であったとしても、魔物の前では絶対に共闘しなければならない。絶対にだ。何も愛せと言っているわけではない。実際の兄弟姉妹であったとしても、殺したいほど憎むこともある。そんなことはどうでもいい」
家族について物騒な言葉すら並べながら、最後にラエギーはこの話題をこう締めくくったのである。
「部屋姉妹や部屋兄弟は、君たちがどんな相手であろうとも必要であれば協力できるようになるための、大切な練習場所だ。その意味を、よく理解するように」
シンと静まり返る教室の中──サーポクのあくびだけが小さく響いたのだった。
赤毛の教師ラエギーの心のこもっていない言葉で、一年生は入園を祝われた。
キロヒが入寮して、屋根裏での濃すぎる出来事を体験した翌日のことである。
巨大な教室には全一年生、約二百人が詰め込まれている。全員紺の制服姿。白いシャツにジャケットとロングスカート、あるいはロングキュロットかスラックス。下半身の服は選択式で、彼女たちの部屋の場合、ニヂロはスラックス。サーポクはキュロット。キロヒとイミルルセがスカートを選んだ。
そのせいで室内はほとんどが紺色で塗りつぶされ、視界の圧迫感が強い。
部屋はすり鉢状の扇形になっていて、扇の要部分が一番低く講壇が置いてあり、そこに教師は立っている。生徒の席は教師から遠いほど高い位置になっている。
この教室も木の中にある。どう考えても物理的に不可能な広さだが、それは寮も同じ。昨日、学園内の施設をイシグルに案内してもらった時にイミルルセが質問していたが、その回答は難しいものだった。授業で習うように言われたので、キロヒはそれまで待つことにした。
彼女たちが座っている席は、一番後ろだ。ニヂロは前の方に行きたがったが、サーポクの精霊であるザブンが大きすぎて、後ろに座る人の視界の邪魔になるというイミルルセの意見で最後方となった。
そんなサーポクはキロヒの右隣に座っている。亀は背中と背もたれの間に挟んでいる。おかげで椅子に浅く腰掛ける形になっているが、本人は全然気にしている様子はない。少女の横や上からにょっきりと亀がはみ出している姿は、明らかに目立っていた。
サーポク曰く、重さは全然感じないらしい。そう言われてみれば、クルリも同じだとキロヒは思った。どうやら精霊は、どんな大きさであれ重さはないようである。
サーポクの反対隣には優雅なイミルルセ。二人でサーポクを挟むことで、とりあえず二人で面倒を見るという形を取っている。
キロヒの左隣に座っているのは、攻撃的なニヂロ。部屋姉妹である彼女たちとは、総合授業中は一緒にいなければならないという決まりがあった。そうなると、誰が攻撃的なニヂロの隣になるか、という問題が発生する。キロヒの隣に座る選択をしたのは、他の誰でもなくニヂロ自身だった。
キロヒはニヂロに対して何の反抗もしていない。消去法で他の同室者よりマシという判断だったのだろう。キロヒにとっての心理的負担の大きさについては、ニヂロは考慮してくれない。はっきり言ったところで、やはり考慮してくれるとは思えなかったため、彼女はあきらめざるを得なかった。
教室には男子も半数ほどいる。同じ寮にいるらしいが、寮の廊下で出会うこともない。それは上級生も同じだ。ただし同じ一年の男子は、食堂では見ることができた。他の学年は別の食堂があるのだろう。
教室内はシンとしている。十歳の子供が二百人も集まれば、ざわめきだけで十分な騒音になるはずだが、教師のラエギーが講壇に立ち「静かに」と言った瞬間、強い圧を感じて全員が口をつぐんだ。
いや、全員ではない。サーポクを除いて。サーポクは机と亀の間でゆらゆらと揺れながら大きなあくびをしていた。口をぴたりと閉じた生徒たちとは正反対の状態だった。
ラエギーはそんなサーポクへと視線をやったが、追及することなく全員を見回して、心を伴わない入園祝いの言葉を紡いだのである。
「さて、君たち一年生の今年の授業についてだが……」
ラエギーが言うには、十一月半ばである今日から翌二月いっぱいまでは基礎授業。全員一律で同じ授業を受けるということだった。
それから二か月の春休暇。この学園に通う生徒は、全員平民である。農民出身も多いということで、春の大事な農作業の労働力としての一時帰宅のような形らしい。同様に九月半ばから十一月半ばまでの秋休暇もあるという。
学園で学ぶのは一年のうち八か月となるが、長期休暇中も課題は出されるという。
そんな説明の後、隣のニヂロが、ギリっと強く歯ぎしりをする音が聞こえた。ここまでの説明に、そんなに不快に思うところはなかったはずなのに、とキロヒは首をひねった。
春休暇が終わると一部選択授業が始まる。どの授業を選択するかは、その前の基礎授業の際に一通り体験をすることになっており、それで決めることになるという。ただし必ずその際、同室の者が二人以上で同じ選択をすること、となっていた。要するに部屋の四人で話し合う必要があるということ。もめる未来が簡単に浮かんで、キロヒはがっかりした。一蓮托生という言葉が嫌いになりそうだった。
授業も食費も制服もすべて無料という平民には破格な学園だが、当然の代償とばかりに縛りが多い。その理由は、この後、教師によって説明されることとなる。
一年間の授業の概要が説明された後、そのまま教師ラエギーは、最初の授業に突入した。
「君たちは『精霊士』という肩書が、どんな仕事か知っているか? 知っている者は挙手せよ」
教師の声に、三十人ほどの生徒が手を挙げる。ニヂロも手を挙げた。キロヒは挙げなかった。自信がなかったからである。
手を挙げさせたまま、ラエギーはその一人ずつに答えるように告げる。キロヒはやめておいて本当によかったと思っていた。
「国を守る仕事をする人です」
「人を助ける仕事です」
そんな回答が続く中、ついにラエギーの手がニヂロを指す。
「金を稼げる仕事だろ?」
それに、ざわっと教室がざわめいた。ラエギーは軽く手を横に振ると、そのざわめきが消えていく。
ニヂロの言葉に何の反応を返すことなく、ラエギーは次の生徒を指した。
「……魔物を殺す仕事だ」
男子生徒の言葉の強さに、キロヒはびくりとしてそちらを見た。狩人のように思えたあの少年だ。町に到着した時、ニヂロと一緒に光の柱に走ってきたキツネ色の短髪の少年。
教師はそれにも大きく反応をせず、全員に発言を終わらせると、その手を下ろした。
「精霊士とは……人間の生存圏を拡大させるために存在している職業だ」
ラエギーが口にした模範解答は、生徒の答えとは意味合いが少し違っている。誰が一番近いかと言うと、キツネ色の髪の少年ではないだろうか。
守るでもなく金のためでもなく、より攻撃的な意味の強さを感じた。
「現在我が国は、王都を中心に外側へ領土を拡張している最中だ。その際、精霊のもたらす資源の宝庫として山や森、川や海を安全に確保しなければならない。しかし、そういった場所には、必ず魔物が出現する。人間と精霊の敵と言える存在だ。地方に住んでいる者ならば、特に魔物の恐ろしさはよく知っているだろう」
淀みなく、決まった文章であるかのようにラエギーの説明は続く。その中には国の方針が色濃く含まれていた。この学園は、王族を始めとする貴族の寄付で運営されているため、実質国営のようなものだ。政治方針が絡んでくるのを避けることはできない。
精霊は、街よりも自然の多いところに数多く存在すると言われている。そして精霊が多い場所は、自然の恵みや資源が多く発見されるのだ。人はそれをできるだけ安全に確保したい。精霊の多い環境を維持するだけで、再び資源は生まれ利益をもたらしてくれるのだから。
そんな人間と精霊との共存の敵が魔物、ということになる。
「魔物は、初級以上の精霊と人間を食らおうとする。そうすると精霊や人間の数が減らされる上に、その領域の資源も減少する。精霊士は、我らの生存圏で魔物が出現した場合、必ずそれを殲滅しなければならない」
ラエギーの言葉に、キロヒは少しの引っ掛かりを覚えた。「初級以上の精霊」という部分だ。この学校に入る条件のひとつが「中級精霊の友人」というものだった。それ以外の学力も必須ではあるが、中級精霊の友人にならないと絶対に入園することはできない。
だからクルリもツララもヌクミも中級精霊だとキロヒは思っていた。その下に初級精霊がいるのは分かるのだが「以上」ということは、初級精霊未満もいるという予想がたてられる。精霊の分類はまだ何も分からないキロヒだが、それをこの学園では教えてくれるはずだ。
「だから君たちは、この学園で無償で育成される。育成の方針として、同室の者たちと部屋姉妹や部屋兄弟という形で縛るようになっている。どういう内容かは、指導担当の四年生に聞いただろうから復唱はしない」
いまラエギーは、はっきりと「縛る」と言った。はっきりと言いすぎではないだろうかと、キロヒが不安になってしまうほどだった。
「この縛りは、無意味ではない。理由は卒業後、他の精霊士に対して『好き嫌い』というくだらない理由で絶対に行動をブレさせないためだ」
しかし、ラエギーは生徒の戸惑いなど気にもかけない。
「見知らぬ精霊士、気に食わない精霊士……極端な話、殺したいほど憎い精霊士であったとしても、魔物の前では絶対に共闘しなければならない。絶対にだ。何も愛せと言っているわけではない。実際の兄弟姉妹であったとしても、殺したいほど憎むこともある。そんなことはどうでもいい」
家族について物騒な言葉すら並べながら、最後にラエギーはこの話題をこう締めくくったのである。
「部屋姉妹や部屋兄弟は、君たちがどんな相手であろうとも必要であれば協力できるようになるための、大切な練習場所だ。その意味を、よく理解するように」
シンと静まり返る教室の中──サーポクのあくびだけが小さく響いたのだった。
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