37 / 142
37.キロヒ、まぶしい
しおりを挟む
森林経由、川班の二つ目のポイントは小さな滝の下だった。
山の中の、三つの川の始まりが合流して出来た滝。もはやそれは生まれたての川ではない。大人になりかけた、水量と力強さをたたえた落下を見せる。周囲に容赦なく飛沫をまき散らしながら。
「……夏なら最高ですわね」
「そうですね、十二月でなければ……」
イミルルセとキロヒは、その細かく冷たい飛沫から、できるだけ距離を取ろうとした。
むしろ楽しそうにしているのはツララである。空中に舞う飛沫を凍らせて、きらきらと輝く氷の粒にしてはいそいそと亜霊域器に持ち込んでいる。ただの水を凍らせるのとは、また趣が違うようだ。
ザブンはたまった滝つぼの水の上にぷかっと浮いている。温かい水の方が得意だろうが、冷たくとも一応は大丈夫なようだ。
「うお、ぬるくなってるぞ。すごいなザブン」
飛沫も気にせずに、滝つぼに手を突っ込むエムーチェがはしゃいでいる。ついでに自分の船の精霊も浮かせていた。滝つぼで海亀と船が見られるのは、きっといま世界でもここだけだろう。
一年生はザブンは見慣れているが、エムーチェのジャババーンは見慣れていない。飛沫も気にせず近づく男子が風邪をひかないか、見ているキロヒの方が心配になった。
しかし、さすがは特級の五年生。エムーチェの温かい風が吹き抜け、一年生の冷たい水気を吹き飛ばしてくれた。
「エムーチェ先輩、すげぇ」
男子のキラキラ輝く尊敬の眼差しに、エムーチェも「へへっ」と嬉しそうだ。
今日の屋外実習は、この滝つぼで終わりだという。帰る時間まで、周辺を散策しながら亜霊域器に精霊の望む自然物を入れていく。
キロヒも帰りの体力に気をつけながら、クルリと周囲を見回った。いろんな色の枯葉を集められて、クルリはとてもご機嫌だ。亜霊域器の地面部分が色とりどりになっている。
そんな楽しい散策の終わり頃、精霊士の女性がこの班のところにやってきた。朝、学園前に集合した際に紹介された、今回の助っ人の一人である。
「少し早いけど、今日はこれで終了、ということを伝えにきたわ。一緒に戻りましょう」
「ういっす、みんな集合ー!」
穏やかに告げられる内容に、エムーチェはわずかの疑念も浮かんでいる様子はない。
他の班に問題が起きたのだろうかと、キロヒは思った。そうでなければ、わざわざ早めに切り上げる必要はないからだ。天気が悪いわけでもない。
散らばっている生徒たちを集め、点呼を取る。今回はスミウ、イヌカナ単位ではないため、慎重に人数の確認が行われた。
「よし、全員いるな。じゃあ行くぞ!」
行きと同じでエムーチェが先頭になって、滝から離れて登って行く。キロヒたちもそれに続いた。
最後方はキムニルと伝令の精霊士である。
「あ、ちょっと」
そのキムニルが、女性の精霊士を呼び止めた。キロヒは自分が呼ばれたわけでもないのに、思わずその声に振り返ってしまう。
「……!」
次の瞬間──ぴかっと激しく白い光が瞬いた。キロヒの半開きの目でも強いと思える光量だ。
その光が収まりきるより早く、大きな黒い腕が、精霊士の喉目掛けて炸裂していた。滝つぼまで吹っ飛ばされる女性の身体に、キロヒは「ひっ」と小さな悲鳴をあげてしまう。
キムニルは一体何をしているのか。バシャーンという大きな水音に、さすがに全員振り返った。
顕れていたのは、黒地に金の縞が入っている虎に近い姿の精霊。後ろ足二本で人のように立っており、額に一本の金色の角が生えている。キムニルの横にいるそれは、間違いなく彼の精霊だろう。さっき吹っ飛ばした腕は、この精霊のものだった。
「いきなりひどいなあ……」
ざぶんと水音がした。人の声も。水から何かが起き上がって、ゆっくり上がって来る音が聞こえる。
でも──姿は見えない。
そこへ強く白い光が瞬く。さっきも起きた光だ。
すると誰もいない滝つぼの側に、ずぶ濡れの白の三つ揃いを着た人間が立っていた。明らかに呼びに来た精霊士ではない。白っぽい髪、白っぽい肌、白い服。その頭の上には、輝く白い輪が浮かんでいる。
「アイツ……フキルだっ」
ニヂロの声が、滝の音を切り裂くように強く響いた。この中ではニヂロだけが顔を知っている、精霊士を除名された人間。ラエギーの同期。あの頭上の輪が、フキルの精霊なのだろう。
どういうカラクリかは分からないが、姿を変えたり消したりできるようだ。
「やあ、この間会ったね、君には。この分だと、ちゃんとラエギーによろしく伝えてくれたんだろ? 嬉しいよ、ありがとう」
ずぶ濡れの白いジャケットの腕を上げて、フキルはニヂロに手を振っている。
キロヒは、その間に何度もまばたきをしなければならなかった。フキルと言われている人の姿が、安定して見えないのだ。刻々と変化していて、どれが本当の姿なのか記憶に残すことができない。
「私のためにたくさん精霊士を呼んでくれたようで嬉しいよ。まさか上級生の特級が出てくるのは予定外だったけどね……」
「チカチカしないでくれる? うちのバリー、結構神経質なんで」
バリーと呼ばれた精霊が、バチッと金色の縞から光を放つ。
「私に光をぶつけてきたから何かと思ったら……雷か。厄介だね」
「見え方が綺麗すぎたからね。元の精霊士本人より綺麗に見せちゃ駄目だよ。僕、覚えてるから」
「ふふ、そうだな。気をつけよう」
ふわりと浮き上がったフキルは、頭上の輪から降り注ぐ光で綺麗に乾ききっていた。まるで清潔室の光だ。
「それで、屋外実習に紛れ込んだ目的は?」
バチバチとバリーの金色が光を強める。その肩に飛び乗るキムニルの髪が、その力の影響か逆立った。
「……復讐はできれば現地で派手に、そして多くの人に見てもらいたいと思わない?」
ふわふわと滝ほどの高さに上がったフキル。
そこから目にもとまらぬ速さで光が走ったが、同時にバリーからも光が走り、交差してバチッと大きな音で弾けた。キロヒたち一年生が、驚きで飛びのく暇もない間の出来事だ。
「いいや、全然分からないね」
首を振るキムニルの髪の毛先も、バチリと音を立てた。
山の中の、三つの川の始まりが合流して出来た滝。もはやそれは生まれたての川ではない。大人になりかけた、水量と力強さをたたえた落下を見せる。周囲に容赦なく飛沫をまき散らしながら。
「……夏なら最高ですわね」
「そうですね、十二月でなければ……」
イミルルセとキロヒは、その細かく冷たい飛沫から、できるだけ距離を取ろうとした。
むしろ楽しそうにしているのはツララである。空中に舞う飛沫を凍らせて、きらきらと輝く氷の粒にしてはいそいそと亜霊域器に持ち込んでいる。ただの水を凍らせるのとは、また趣が違うようだ。
ザブンはたまった滝つぼの水の上にぷかっと浮いている。温かい水の方が得意だろうが、冷たくとも一応は大丈夫なようだ。
「うお、ぬるくなってるぞ。すごいなザブン」
飛沫も気にせずに、滝つぼに手を突っ込むエムーチェがはしゃいでいる。ついでに自分の船の精霊も浮かせていた。滝つぼで海亀と船が見られるのは、きっといま世界でもここだけだろう。
一年生はザブンは見慣れているが、エムーチェのジャババーンは見慣れていない。飛沫も気にせず近づく男子が風邪をひかないか、見ているキロヒの方が心配になった。
しかし、さすがは特級の五年生。エムーチェの温かい風が吹き抜け、一年生の冷たい水気を吹き飛ばしてくれた。
「エムーチェ先輩、すげぇ」
男子のキラキラ輝く尊敬の眼差しに、エムーチェも「へへっ」と嬉しそうだ。
今日の屋外実習は、この滝つぼで終わりだという。帰る時間まで、周辺を散策しながら亜霊域器に精霊の望む自然物を入れていく。
キロヒも帰りの体力に気をつけながら、クルリと周囲を見回った。いろんな色の枯葉を集められて、クルリはとてもご機嫌だ。亜霊域器の地面部分が色とりどりになっている。
そんな楽しい散策の終わり頃、精霊士の女性がこの班のところにやってきた。朝、学園前に集合した際に紹介された、今回の助っ人の一人である。
「少し早いけど、今日はこれで終了、ということを伝えにきたわ。一緒に戻りましょう」
「ういっす、みんな集合ー!」
穏やかに告げられる内容に、エムーチェはわずかの疑念も浮かんでいる様子はない。
他の班に問題が起きたのだろうかと、キロヒは思った。そうでなければ、わざわざ早めに切り上げる必要はないからだ。天気が悪いわけでもない。
散らばっている生徒たちを集め、点呼を取る。今回はスミウ、イヌカナ単位ではないため、慎重に人数の確認が行われた。
「よし、全員いるな。じゃあ行くぞ!」
行きと同じでエムーチェが先頭になって、滝から離れて登って行く。キロヒたちもそれに続いた。
最後方はキムニルと伝令の精霊士である。
「あ、ちょっと」
そのキムニルが、女性の精霊士を呼び止めた。キロヒは自分が呼ばれたわけでもないのに、思わずその声に振り返ってしまう。
「……!」
次の瞬間──ぴかっと激しく白い光が瞬いた。キロヒの半開きの目でも強いと思える光量だ。
その光が収まりきるより早く、大きな黒い腕が、精霊士の喉目掛けて炸裂していた。滝つぼまで吹っ飛ばされる女性の身体に、キロヒは「ひっ」と小さな悲鳴をあげてしまう。
キムニルは一体何をしているのか。バシャーンという大きな水音に、さすがに全員振り返った。
顕れていたのは、黒地に金の縞が入っている虎に近い姿の精霊。後ろ足二本で人のように立っており、額に一本の金色の角が生えている。キムニルの横にいるそれは、間違いなく彼の精霊だろう。さっき吹っ飛ばした腕は、この精霊のものだった。
「いきなりひどいなあ……」
ざぶんと水音がした。人の声も。水から何かが起き上がって、ゆっくり上がって来る音が聞こえる。
でも──姿は見えない。
そこへ強く白い光が瞬く。さっきも起きた光だ。
すると誰もいない滝つぼの側に、ずぶ濡れの白の三つ揃いを着た人間が立っていた。明らかに呼びに来た精霊士ではない。白っぽい髪、白っぽい肌、白い服。その頭の上には、輝く白い輪が浮かんでいる。
「アイツ……フキルだっ」
ニヂロの声が、滝の音を切り裂くように強く響いた。この中ではニヂロだけが顔を知っている、精霊士を除名された人間。ラエギーの同期。あの頭上の輪が、フキルの精霊なのだろう。
どういうカラクリかは分からないが、姿を変えたり消したりできるようだ。
「やあ、この間会ったね、君には。この分だと、ちゃんとラエギーによろしく伝えてくれたんだろ? 嬉しいよ、ありがとう」
ずぶ濡れの白いジャケットの腕を上げて、フキルはニヂロに手を振っている。
キロヒは、その間に何度もまばたきをしなければならなかった。フキルと言われている人の姿が、安定して見えないのだ。刻々と変化していて、どれが本当の姿なのか記憶に残すことができない。
「私のためにたくさん精霊士を呼んでくれたようで嬉しいよ。まさか上級生の特級が出てくるのは予定外だったけどね……」
「チカチカしないでくれる? うちのバリー、結構神経質なんで」
バリーと呼ばれた精霊が、バチッと金色の縞から光を放つ。
「私に光をぶつけてきたから何かと思ったら……雷か。厄介だね」
「見え方が綺麗すぎたからね。元の精霊士本人より綺麗に見せちゃ駄目だよ。僕、覚えてるから」
「ふふ、そうだな。気をつけよう」
ふわりと浮き上がったフキルは、頭上の輪から降り注ぐ光で綺麗に乾ききっていた。まるで清潔室の光だ。
「それで、屋外実習に紛れ込んだ目的は?」
バチバチとバリーの金色が光を強める。その肩に飛び乗るキムニルの髪が、その力の影響か逆立った。
「……復讐はできれば現地で派手に、そして多くの人に見てもらいたいと思わない?」
ふわふわと滝ほどの高さに上がったフキル。
そこから目にもとまらぬ速さで光が走ったが、同時にバリーからも光が走り、交差してバチッと大きな音で弾けた。キロヒたち一年生が、驚きで飛びのく暇もない間の出来事だ。
「いいや、全然分からないね」
首を振るキムニルの髪の毛先も、バチリと音を立てた。
11
あなたにおすすめの小説
神々の寵愛者って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語
紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。
しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。
郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。
そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。
そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。
アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。
そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
オタクな母娘が異世界転生しちゃいました
yanako
ファンタジー
中学生のオタクな娘とアラフィフオタク母が異世界転生しちゃいました。
二人合わせて読んだ異世界転生小説は一体何冊なのか!転生しちゃった世界は一体どの話なのか!
ごく普通の一般日本人が転生したら、どうなる?どうする?
蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー
みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。
魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。
人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。
そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。
物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?
Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。
貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。
貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。
ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。
「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」
基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。
さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・
タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる