40 / 142
40.キロヒ、クロヤハの話を聞く
しおりを挟む
「フキルは……僕の従姉なんだ」
翌日の放課後の教室で、屋根裏部屋のスミウとイヌカナの協力会議が始まった。これから時々、こういう話し合いの時間を作ることになったのだ。
隣の席では、サーポクが白雲に書き取りの練習をしている。イミルルセは指導と打ち合わせの半々の参加という形だ。五日に一度の特別授業の日も入れると、サーポクには毎日いろんな予定が詰まっている。
今日は主に、クロヤハの持っているフキルの情報を吐き出させる日だ。
「そういやあの教師、フキルは有名な精霊士のひ孫とか言ってなかったか?」
彼とフキルが血縁関係という話を聞いて、ニヂロはそれを思い出したのだろう。
「うん、そう……この学園を作った幻級の精霊士セグだよ。僕の父方の曾祖母でもある」
「はっ、いいところのボンボンかよ」
「曾祖母の時代からずっと平民で四代目だよ。もう曾祖母の威光はないね」
ニヂロとクロヤハのやりとりは、キロヒの記憶を刺激する。彼らに食堂で初めて出会った時、この学園が幻級精霊の成れの果てであることを語ったのは、誰あろうクロヤハだ。学園の創始者の精霊士の話も。
その時は頭のいい人なんだろう、くらいの感想だったが、自分の血筋であれば詳しくても当然だろう。たとえ過去の栄光であっても、一族にとっては誇りのようなものだろうから。
しかし、幻級精霊士という国内でも片手の指で足りるような肩書を持っても、平民のままなのだなと思った。栄誉的な一代貴族の肩書くらい、与えられそうなものなのに、と。
精霊士は精霊士協会という独自の組織を持っているので、そちらの方の重鎮になるのかもしれない。
「従姉といっても、親子ほど年が離れてますのね」
「僕は……父が再婚して遅く生まれた子だから」
兄二人はもうこの学園を卒業し、上級精霊士として活動しているという。ということは、上の兄たちとは母が違うのだろうと推察される。
「曾祖母以来、一族は上級までしか上霊できていなかった……そんな中で、唯一この学園在学中に特級に上霊できたのが、フキルなんだ……その時は伯父さんが大喜びで、我が家まで鼻高々に報告に来たらしいよ」
曾祖母の威光が消えかけた一族に、もう一度差した強い光。それが、フキル。
「でも……」
そこからはラエギーの話からも、既に分かっていたことだ。フキルは十五でこの学園を卒業し、そのまま行方不明となった。そして精霊士の除名という不名誉な影が差す。ここまではまだ、クロヤハが生まれる前の話である。
「じゃあ、お前は顔も見たこともない奴のために、親戚ってだけで何かしようって考えてんのか? おめでてぇな」
「うん、そうだね。でも親族としてフキルを止めたいのは本当だよ。これ以上問題を起こしてほしくないっていう気持ちもあるんだけど……」
クロヤハは、少し言い淀んだ。
「だけど」と、もう一度繰り返して、クロヤハはこう言った。
「僕の祖母が……幻級の精霊士セグの娘が、言ったんだ。僕がフキルの汚名をすすいで、曾祖母みたいな幻級精霊士になるって言った時に……フキルを悪く言わないでおくれって。フキルのことは、あれでよかったんだよ、って。その時のことが気になってしょうがないんだ。祖母はフキルが行方不明になった理由を知ってるんじゃないかって」
未来を約束された特級精霊士が栄光の道を外れたことを、よかったと言う。クロヤハの祖母は、重要な情報を持っているということだ。
「何だよ、話がはえぇじゃねぇか。何か知ってそうなお前のばあさんってやつに話を聞けばいい」
「残念だけど……去年亡くなったよ」
「あー、お前の親父は?」
「フキルの話をするだけで、怒りまくるだけだったね。一族の恥さらしだって」
自分の父親を思い出したのか、天井を向いてクロヤハがため息をつく。その恥さらしと思われている存在が、また学園で大騒ぎを起こしたのだ。今回の件が耳に入ったら、更に怒りが燃え上がることだろう。
「他に親族で知ってそうな人はいらして?」
「いまは思い当たらない。祖母には兄弟はいないし、その子供は伯父と父。従姉弟はフキルとその弟。あとは僕と兄二人だ。今度帰省したら、聞き取りをして回ろうと思ってるけど、祖母以外からはフキルへの罵声しか聞いたことがない」
クロヤハがざっと話した家族構成の中で、キロヒは気になるところを見つけた。しかし、確信はない。ラエギーにフキルの話を聞いた時の様子を思い出しながら、彼女はひっかかりに首を傾げる。
「あとは、特級の精霊士に話が聞ければよいのでしょうけれど。ラエギー先生も心当たりはありそうですが、生徒には教えていただけませんでしたわ」
屋外実習の助っ人である特級精霊士たちは、その日が終わるとみな帰ってしまった。フキルという事件があったので、生徒が学園に戻された後、ラエギーと何らかの話し合いは持たれたのかもしれないが。
「四年と五年の先生も特級のはずだよ。五年生と特級が出た学年は特級の教師がつくようになってるから」
それは初耳の話だった。ラエギーが一年の教師をやっているのは、サーポクがいたからということと、四年にも特級に上霊した生徒がいるという。
「噂の四年の特級美女だろー、指導担当やってないらしいから、大講堂に見に行ってるんだけどいないんだよなあ」
食いついたのはカニーゼクである。女子の情報は、上級生でも耳が早いようだ。キロヒの心の中で、彼のウサギ型の精霊がため息をついている姿が思い浮かんだ。
五年の特級は、言わずと知れた屋外実習で世話になったエムーチェとキムニル。
「五年の男子の先輩たちは一応顔見知りではあるので、先生の話も含めて聞いてみますわ」
「えぇー、上級生の男子に近づくなんてイミルルセちゃん、危ないよ」
「黙れゼク」
手に入りやすい情報から取り掛かろうとするイミルルセに、変な心配をしてくる茶髪少年。すぐさまシテカに、雑に押しやられている。
しかしまったくめげる様子がなく、ぐぐっと顔を近づけてきて彼はこう言った。
「それよりさ、四年の特級女子の方がよくない? 屋根裏部屋でしょ、その美女も」
まさかの、イシグルと同室だった。
翌日の放課後の教室で、屋根裏部屋のスミウとイヌカナの協力会議が始まった。これから時々、こういう話し合いの時間を作ることになったのだ。
隣の席では、サーポクが白雲に書き取りの練習をしている。イミルルセは指導と打ち合わせの半々の参加という形だ。五日に一度の特別授業の日も入れると、サーポクには毎日いろんな予定が詰まっている。
今日は主に、クロヤハの持っているフキルの情報を吐き出させる日だ。
「そういやあの教師、フキルは有名な精霊士のひ孫とか言ってなかったか?」
彼とフキルが血縁関係という話を聞いて、ニヂロはそれを思い出したのだろう。
「うん、そう……この学園を作った幻級の精霊士セグだよ。僕の父方の曾祖母でもある」
「はっ、いいところのボンボンかよ」
「曾祖母の時代からずっと平民で四代目だよ。もう曾祖母の威光はないね」
ニヂロとクロヤハのやりとりは、キロヒの記憶を刺激する。彼らに食堂で初めて出会った時、この学園が幻級精霊の成れの果てであることを語ったのは、誰あろうクロヤハだ。学園の創始者の精霊士の話も。
その時は頭のいい人なんだろう、くらいの感想だったが、自分の血筋であれば詳しくても当然だろう。たとえ過去の栄光であっても、一族にとっては誇りのようなものだろうから。
しかし、幻級精霊士という国内でも片手の指で足りるような肩書を持っても、平民のままなのだなと思った。栄誉的な一代貴族の肩書くらい、与えられそうなものなのに、と。
精霊士は精霊士協会という独自の組織を持っているので、そちらの方の重鎮になるのかもしれない。
「従姉といっても、親子ほど年が離れてますのね」
「僕は……父が再婚して遅く生まれた子だから」
兄二人はもうこの学園を卒業し、上級精霊士として活動しているという。ということは、上の兄たちとは母が違うのだろうと推察される。
「曾祖母以来、一族は上級までしか上霊できていなかった……そんな中で、唯一この学園在学中に特級に上霊できたのが、フキルなんだ……その時は伯父さんが大喜びで、我が家まで鼻高々に報告に来たらしいよ」
曾祖母の威光が消えかけた一族に、もう一度差した強い光。それが、フキル。
「でも……」
そこからはラエギーの話からも、既に分かっていたことだ。フキルは十五でこの学園を卒業し、そのまま行方不明となった。そして精霊士の除名という不名誉な影が差す。ここまではまだ、クロヤハが生まれる前の話である。
「じゃあ、お前は顔も見たこともない奴のために、親戚ってだけで何かしようって考えてんのか? おめでてぇな」
「うん、そうだね。でも親族としてフキルを止めたいのは本当だよ。これ以上問題を起こしてほしくないっていう気持ちもあるんだけど……」
クロヤハは、少し言い淀んだ。
「だけど」と、もう一度繰り返して、クロヤハはこう言った。
「僕の祖母が……幻級の精霊士セグの娘が、言ったんだ。僕がフキルの汚名をすすいで、曾祖母みたいな幻級精霊士になるって言った時に……フキルを悪く言わないでおくれって。フキルのことは、あれでよかったんだよ、って。その時のことが気になってしょうがないんだ。祖母はフキルが行方不明になった理由を知ってるんじゃないかって」
未来を約束された特級精霊士が栄光の道を外れたことを、よかったと言う。クロヤハの祖母は、重要な情報を持っているということだ。
「何だよ、話がはえぇじゃねぇか。何か知ってそうなお前のばあさんってやつに話を聞けばいい」
「残念だけど……去年亡くなったよ」
「あー、お前の親父は?」
「フキルの話をするだけで、怒りまくるだけだったね。一族の恥さらしだって」
自分の父親を思い出したのか、天井を向いてクロヤハがため息をつく。その恥さらしと思われている存在が、また学園で大騒ぎを起こしたのだ。今回の件が耳に入ったら、更に怒りが燃え上がることだろう。
「他に親族で知ってそうな人はいらして?」
「いまは思い当たらない。祖母には兄弟はいないし、その子供は伯父と父。従姉弟はフキルとその弟。あとは僕と兄二人だ。今度帰省したら、聞き取りをして回ろうと思ってるけど、祖母以外からはフキルへの罵声しか聞いたことがない」
クロヤハがざっと話した家族構成の中で、キロヒは気になるところを見つけた。しかし、確信はない。ラエギーにフキルの話を聞いた時の様子を思い出しながら、彼女はひっかかりに首を傾げる。
「あとは、特級の精霊士に話が聞ければよいのでしょうけれど。ラエギー先生も心当たりはありそうですが、生徒には教えていただけませんでしたわ」
屋外実習の助っ人である特級精霊士たちは、その日が終わるとみな帰ってしまった。フキルという事件があったので、生徒が学園に戻された後、ラエギーと何らかの話し合いは持たれたのかもしれないが。
「四年と五年の先生も特級のはずだよ。五年生と特級が出た学年は特級の教師がつくようになってるから」
それは初耳の話だった。ラエギーが一年の教師をやっているのは、サーポクがいたからということと、四年にも特級に上霊した生徒がいるという。
「噂の四年の特級美女だろー、指導担当やってないらしいから、大講堂に見に行ってるんだけどいないんだよなあ」
食いついたのはカニーゼクである。女子の情報は、上級生でも耳が早いようだ。キロヒの心の中で、彼のウサギ型の精霊がため息をついている姿が思い浮かんだ。
五年の特級は、言わずと知れた屋外実習で世話になったエムーチェとキムニル。
「五年の男子の先輩たちは一応顔見知りではあるので、先生の話も含めて聞いてみますわ」
「えぇー、上級生の男子に近づくなんてイミルルセちゃん、危ないよ」
「黙れゼク」
手に入りやすい情報から取り掛かろうとするイミルルセに、変な心配をしてくる茶髪少年。すぐさまシテカに、雑に押しやられている。
しかしまったくめげる様子がなく、ぐぐっと顔を近づけてきて彼はこう言った。
「それよりさ、四年の特級女子の方がよくない? 屋根裏部屋でしょ、その美女も」
まさかの、イシグルと同室だった。
1
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー
みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。
魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。
人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。
そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。
物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。
オタクな母娘が異世界転生しちゃいました
yanako
ファンタジー
中学生のオタクな娘とアラフィフオタク母が異世界転生しちゃいました。
二人合わせて読んだ異世界転生小説は一体何冊なのか!転生しちゃった世界は一体どの話なのか!
ごく普通の一般日本人が転生したら、どうなる?どうする?
金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語
紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。
しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。
郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。
そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。
そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。
アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。
そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。
万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?
Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。
貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。
貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。
ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。
「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」
基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。
さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・
タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。
神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる