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54.キロヒ、隙間を見つける
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辻褄の合わない図書室の本棚に、キロヒは一度読書席まで戻った。
何も同じ道で帰らなくてもいい。途中の本棚の林を通り抜ければ戻れるのだから簡単な話だ。
そして改めて本棚の方を見ると、最初に入った壁と反対側の壁側も普通に本棚の間に入れるようになっており、おかしなところはない。
試しに逆回りで歩いてみると、二回角を曲がったところで最初と同じになった。こちらも少し上り坂になっており、司書席が見えない。いるはずのニヂロもいなかった。
こういうものなのかと、首を傾げながらキロヒは奥へ奥へと進んでいくと、螺旋階段のように少しずつ上を目指しているのが分かった。
だんだと本棚の数が減って行き、床面積が狭くなっていく。
最後の突き当りにあったのは、ひとつの本棚。どんな本があるのかと一通り眺めていたら、その本棚は「夏」に関する本ばかりを集めてあった。夏の本棚だった。
キロヒはふたたび時間をかけて戻る。ニヂロは読書席に本を積んで集中している。イミルルセとサーポクは、新しい本の貸し出し手続きを終え「先に戻りますわ」とキロヒに手を振って戻って行った。
キロヒはまだ図書室を冒険中だったので手を振り返して、最初に行こうとしていた道順に戻る。同じように突き当りまで歩いていくと、それは「春」の本棚だった。
なるほどとキロヒは納得したが、同時に疑問にも思った。じゃあ「秋」と「冬」はどこなのだろう、と。
読書席に戻り、もう一度案内図の白雲を見るが、元々この案内図に不思議な螺旋の本棚については記してない。
他にも道があるのかと、キロヒは本棚の間を渡り歩いたが見つけきれなかった。
仕方なくもう一度「春」の本棚までたどりつく。本棚の背表紙を全部見て行ったが、全て春の本ばかりだった。
「うーん、司書の人に聞けば分かるかなあ?」
「ぴゅうい?」
キロヒが首を傾げていると、肩のクルリがぴょんと飛び降りて、後方へくるくると流れていった。退屈になったのか、遊びたくなったのだろう。すぐに戻ってきたクルリは、またキロヒの肩から飛び降りて後方へ流れて行く。
「クルリ……」
小声で呼びかけようとして、彼女は「ん?」と引っかかる。クルリは二度も後方へ流されていた。後方へ。
「クルリ、ちょっと教えてほしいんだけど……ここってもしかして、風が吹いてる?」
キロヒには感じられないほどの空気の流れ。それがもし、この本棚から吹いているのならば不思議なことである。
「ぴゅうい、ぴゅういー」
ふわふわと飛んで戻ってくるクルリが、力を抜いた途端、また後方へくるりくるりと流されるのを見せる。風があると教えてくれているのだ。
「本棚から風って……」
キロヒがきょろきょろとすると、本棚と壁の間に本当に小さな隙間が空いているではないか。
ここまで全て継ぎ目のない床や壁や本棚ばかり見て来たキロヒは、その衝撃の事実を三度は確認しなおした。
隙間がある。それそのものが大事件である。それが紙一枚も差し込めないほどの隙間だとしても、だ。
試しに春の本を一通り抜いては戻し、としてみるが、本棚の中に異常はない。継ぎ目もない。
「ぴゅうい?」
キロヒが何をしているのか分からずに、クルリは首を傾げている。
「この隙間、何だろうね」
「ぴゅういー」
彼女の疑問にクルリはふわりと宙に浮き、本棚と壁の隙間に近づいた──かと思うと、にゅるんとその隙間に消えてしまった。
「!?」
悲鳴をあげそうになる口を、彼女は両手で反射的に押さえていた。まさかクルリが消えてしまうなんて。
「ク、クルリ……大丈夫? 大丈夫? 戻ってきて」
小さな隙間に向かって、彼女は心配のあまり声をかけ続ける。
「ぴゅうい」
にゅるんと隙間からすぐにクルリが戻ってきて、心底安堵する。何があったのかを聞くが、中級精霊のクルリとはそこまで詳細な会話が成立しない。ただ、危ないところではなかったようだ。
はい、か、いいえ、で分かる範囲であれば会話ができるので、想像できる範囲で聞いてみると。
中は広い。暗くはない。誰もいない。そして──本がある。
この図書室は目で見た時の広さより、霊密が高めに感じていた。見えない部分まで込みの、霊密なのかもしれない。
不思議な構造の図書室に胸を躍らせながらも、キロヒの冒険はとりあえずここまで。この奥にもしかしたら「秋」と「冬」の本棚があるのかもしれないが、入れるのがクルリだけではどうしようもなかった。
キロヒ一人では分からないことを、一人で悩み続ける必要はない。この図書室には、心強い味方がいるのだから。
彼女は来た道を歩き、読書席に戻る。ニヂロは本にかぶりついて、何かブツブツと呟いている。
その後ろを通り過ぎて、彼女は司書席へと立った。
「あの、すみません……」
白髪の女性は視線を向けて、にこりと微笑む。
「何カシラ?」
小声で答えたのは赤と緑の鳥型精霊。
「秋と冬の本棚って、ありますか?」
その問いに、彼女の青い目は楽しそうな色を浮かべる。あの本棚を見たのね、と言わんばかりだ。
けれど、返事はキロヒの想像を外れた。
「秋ト冬ノ本棚ハナイノヨ」
「そ、そうですか……」
何だかモヤっとする気持ちを抱えて、キロヒは司書との初めての会話を終えたのだった。
何も同じ道で帰らなくてもいい。途中の本棚の林を通り抜ければ戻れるのだから簡単な話だ。
そして改めて本棚の方を見ると、最初に入った壁と反対側の壁側も普通に本棚の間に入れるようになっており、おかしなところはない。
試しに逆回りで歩いてみると、二回角を曲がったところで最初と同じになった。こちらも少し上り坂になっており、司書席が見えない。いるはずのニヂロもいなかった。
こういうものなのかと、首を傾げながらキロヒは奥へ奥へと進んでいくと、螺旋階段のように少しずつ上を目指しているのが分かった。
だんだと本棚の数が減って行き、床面積が狭くなっていく。
最後の突き当りにあったのは、ひとつの本棚。どんな本があるのかと一通り眺めていたら、その本棚は「夏」に関する本ばかりを集めてあった。夏の本棚だった。
キロヒはふたたび時間をかけて戻る。ニヂロは読書席に本を積んで集中している。イミルルセとサーポクは、新しい本の貸し出し手続きを終え「先に戻りますわ」とキロヒに手を振って戻って行った。
キロヒはまだ図書室を冒険中だったので手を振り返して、最初に行こうとしていた道順に戻る。同じように突き当りまで歩いていくと、それは「春」の本棚だった。
なるほどとキロヒは納得したが、同時に疑問にも思った。じゃあ「秋」と「冬」はどこなのだろう、と。
読書席に戻り、もう一度案内図の白雲を見るが、元々この案内図に不思議な螺旋の本棚については記してない。
他にも道があるのかと、キロヒは本棚の間を渡り歩いたが見つけきれなかった。
仕方なくもう一度「春」の本棚までたどりつく。本棚の背表紙を全部見て行ったが、全て春の本ばかりだった。
「うーん、司書の人に聞けば分かるかなあ?」
「ぴゅうい?」
キロヒが首を傾げていると、肩のクルリがぴょんと飛び降りて、後方へくるくると流れていった。退屈になったのか、遊びたくなったのだろう。すぐに戻ってきたクルリは、またキロヒの肩から飛び降りて後方へ流れて行く。
「クルリ……」
小声で呼びかけようとして、彼女は「ん?」と引っかかる。クルリは二度も後方へ流されていた。後方へ。
「クルリ、ちょっと教えてほしいんだけど……ここってもしかして、風が吹いてる?」
キロヒには感じられないほどの空気の流れ。それがもし、この本棚から吹いているのならば不思議なことである。
「ぴゅうい、ぴゅういー」
ふわふわと飛んで戻ってくるクルリが、力を抜いた途端、また後方へくるりくるりと流されるのを見せる。風があると教えてくれているのだ。
「本棚から風って……」
キロヒがきょろきょろとすると、本棚と壁の間に本当に小さな隙間が空いているではないか。
ここまで全て継ぎ目のない床や壁や本棚ばかり見て来たキロヒは、その衝撃の事実を三度は確認しなおした。
隙間がある。それそのものが大事件である。それが紙一枚も差し込めないほどの隙間だとしても、だ。
試しに春の本を一通り抜いては戻し、としてみるが、本棚の中に異常はない。継ぎ目もない。
「ぴゅうい?」
キロヒが何をしているのか分からずに、クルリは首を傾げている。
「この隙間、何だろうね」
「ぴゅういー」
彼女の疑問にクルリはふわりと宙に浮き、本棚と壁の隙間に近づいた──かと思うと、にゅるんとその隙間に消えてしまった。
「!?」
悲鳴をあげそうになる口を、彼女は両手で反射的に押さえていた。まさかクルリが消えてしまうなんて。
「ク、クルリ……大丈夫? 大丈夫? 戻ってきて」
小さな隙間に向かって、彼女は心配のあまり声をかけ続ける。
「ぴゅうい」
にゅるんと隙間からすぐにクルリが戻ってきて、心底安堵する。何があったのかを聞くが、中級精霊のクルリとはそこまで詳細な会話が成立しない。ただ、危ないところではなかったようだ。
はい、か、いいえ、で分かる範囲であれば会話ができるので、想像できる範囲で聞いてみると。
中は広い。暗くはない。誰もいない。そして──本がある。
この図書室は目で見た時の広さより、霊密が高めに感じていた。見えない部分まで込みの、霊密なのかもしれない。
不思議な構造の図書室に胸を躍らせながらも、キロヒの冒険はとりあえずここまで。この奥にもしかしたら「秋」と「冬」の本棚があるのかもしれないが、入れるのがクルリだけではどうしようもなかった。
キロヒ一人では分からないことを、一人で悩み続ける必要はない。この図書室には、心強い味方がいるのだから。
彼女は来た道を歩き、読書席に戻る。ニヂロは本にかぶりついて、何かブツブツと呟いている。
その後ろを通り過ぎて、彼女は司書席へと立った。
「あの、すみません……」
白髪の女性は視線を向けて、にこりと微笑む。
「何カシラ?」
小声で答えたのは赤と緑の鳥型精霊。
「秋と冬の本棚って、ありますか?」
その問いに、彼女の青い目は楽しそうな色を浮かべる。あの本棚を見たのね、と言わんばかりだ。
けれど、返事はキロヒの想像を外れた。
「秋ト冬ノ本棚ハナイノヨ」
「そ、そうですか……」
何だかモヤっとする気持ちを抱えて、キロヒは司書との初めての会話を終えたのだった。
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