精霊士養成学園の四義姉妹

霧島まるは

文字の大きさ
66 / 142

66.キロヒ、実家から逃げ出す

しおりを挟む
 キロヒは、久しぶりに実家に帰って来た。
「おかえりなさい、キロヒお嬢さん。元気そうで何よりです」
 長く勤めているふっくらとした家政婦に迎え入れられ、「ただいま」と、彼女は少し照れ笑いを浮かべた。一緒にいる時間は、間違いなく母親より長い相手だ。キロヒが生まれた時から面倒をみてくれている。
 家の中に入ると、誰もいる気配がない。彼女の家では、よくある光景だ。店と家が離れているので、仕事中はいつもこんなものである。
「みんな忙しいの?」
「ええ、旦那様も奥様もお嬢さん方も、いまは南部の港の方へ出られてます。船の進水式だそうですよ」
 お嬢さん方とまとめて言われたので、姉たちだけでなく妹たちも一緒に行ったのだろう。九歳と八歳だ。もう置いて行かれる年頃でもない。
「そう、なんだ」
 新航路の民間への開放により、この国の南部の港は空前の貿易祭りだという。サーポクの故郷もその海路の近くにあり、最近この国に編入された島のひとつだったはず。
 サーポクは無事に島に帰りつけただろうかと、キロヒはふと心配になった。最悪、故郷の島までザブンに乗って帰りそうである。暖かい海とザブンがいれば、まあ大丈夫だろうとキロヒは心配をそこでやめた。
「荷物はございませんか?」
「うん、大丈夫よ。学校には便利なものがあるから、手ぶらで大丈夫なの」
「そうですか」
「少し部屋で休んでくるね」
「はい、夕飯は腕によりをかけますね」
 家政婦との会話を終え、キロヒは自室に戻った。自室と言っても妹二人と同室だ。娘が五人もいる家だと、貴族でもないのだから一人一部屋は無理である。
 五年間寮に入ることが決まったので、さぞや部屋は妹二人に占領されているだろうと思ったが、出て行った時のままである。ベッドが三つ。机がひとつと椅子が三つ。クローゼットは共用。
 南部まで長期旅行に出たので、家政婦に綺麗に片づけられたのだろう。
「帰って来る意味……あったかなぁ」
 ぼそりとキロヒは呟く。昔から家族が忙しく、こんな状態は珍しくもない。妹たちも一緒に行くようになってしまったら、家に帰ってもキロヒが一人で寝起きするだけだ。それならば、まだ二人残っている寮の方がいいのではないかと思える。
 ただ、ひとつだけ希望があるとするならば──祖母の家。
 キロヒがクルリと出会った町の郊外にあるその家に、明日にでも行こうと思った。

「まあキロヒ……よく来てくれたわね。顔を見せてちょうだい。」
「おばあちゃん、元気だった?」
「ええ、元気ですとも」
 真っ白な髪と皺がいっぱいの顔で優しく笑う祖母は、キロヒが大好きな人だ。祖父が亡くなり、一人息子であるキロヒの父親が商売に都合のいい場所に引っ越してしまったため、ここに住み込みの家政婦と二人で暮らしている。
 若い頃は祖父と一緒に行商をしていた祖母は、「もう旅はいいわ」と言っていた。
「さあさあ学園の話を聞かせてちょうだい、未来の精霊士様」
 家の中に案内され、春の午後のお茶会が始まる。
 祖母はクルリがお気に入りで姿を見たがるので、テーブルの上に座らせてからお茶を飲む。妹たちがいると、クルリに悪戯ばかりしようとするので隠していないといけなかったが。
「そんなに長い休暇なのね。じゃあ帰るまでこっちにいてもいいのよ? むこうはみんな忙しいでしょう?」
 祖母の優しさが、キロヒの十一歳の身に染み入る。キロヒはようやく帰って来た気持ちになって、祖母を独り占めしながら幸せな時間を過ごすことができた。

「ぴゅうるりー」
 季節は春。それは秋ではないということ。
 しかし風はまだ少し冷たく、冬を越えた木々は必死に若葉を芽吹かせようとしているが、いまだ生えそろってはいない。
 そんな季節は、気温だけ考えれば秋に似ている。
 クルリは裏庭のロウバイの木に登ってご機嫌そうだ。キロヒはその根元に座って、足を得た友人を見上げていた。
「クルリは飛んで遊ぶのが好きだったのに……足のせい?」
 木の枝に座って、足をぷらぷらしながら日向ぼっこしているクルリに、少し複雑な気持ちだった。勝手に足を生やされた件は、この場所のクルリの思い出ごと、別の色に塗り替えられた気がして、少し面白くなかった。
"そうねえ、足が生えれば飛ぶ必要はなくなるわね"
 その諸悪の根源が、キロヒの頭の中で勝手にしゃべる。帰省で学園の周囲以外を見られることに喜んだ謎精霊だ。本体からこんなに距離があっても関係ないようだ。
 キロヒの言葉に反応する時としない時がある。謎の精霊に向かって意識して問いかけた時か、向こうが興味のある話題だけ。
 クルリの行動の変化については、興味があるようだ。
「それって、クルリの中身が何か変わったということですか?」
 丁寧語になる時は、謎精霊に話かけている時だ。
"葉っぱの気持ちしか分からなかったのが、木の気持ちも分かるようになったということだわ。悪いことじゃないわね"
 すらすらと語られるが、キロヒは納得できなかった。不満が土台にあるのだから、その上に何の装飾をつけられても、やっぱり不満は隠し切れない。
「元に戻してって言ったら、戻せます?」
"あら、それはいやよ。そんなことをしたら、私はまたあの場所に閉じ込められてしまうわ"
 さらりとした拒絶の言葉に、キロヒはがっくりと肩を落とした。
 それはもはや寄生ではないのか、と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オタクな母娘が異世界転生しちゃいました

yanako
ファンタジー
中学生のオタクな娘とアラフィフオタク母が異世界転生しちゃいました。 二人合わせて読んだ異世界転生小説は一体何冊なのか!転生しちゃった世界は一体どの話なのか! ごく普通の一般日本人が転生したら、どうなる?どうする?

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー

みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。 魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。 人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。 そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。 物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。

万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?

Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。 貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。 貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。 ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。 「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」 基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。 さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・ タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。

最強チート承りました。では、我慢はいたしません!

しののめ あき
ファンタジー
神託が下りまして、今日から神の愛し子です!〜最強チート承りました!では、我慢はいたしません!〜 と、いうタイトルで12月8日にアルファポリス様より書籍発売されます! 3万字程の加筆と修正をさせて頂いております。 ぜひ、読んで頂ければ嬉しいです! ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 非常に申し訳ない… と、言ったのは、立派な白髭の仙人みたいな人だろうか? 色々手違いがあって… と、目を逸らしたのは、そちらのピンク色の髪の女の人だっけ? 代わりにといってはなんだけど… と、眉を下げながら申し訳なさそうな顔をしたのは、手前の黒髪イケメン? 私の周りをぐるっと8人に囲まれて、謝罪を受けている事は分かった。 なんの謝罪だっけ? そして、最後に言われた言葉 どうか、幸せになって(くれ) んん? 弩級最強チート公爵令嬢が爆誕致します。 ※同タイトルの掲載不可との事で、1.2.番外編をまとめる作業をします 完了後、更新開始致しますのでよろしくお願いします

処理中です...