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69.キロヒ、伝言をもらう
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帰りの乗合馬車の切符を使って、キロヒは再び王都の精霊士協会へと戻ってきた。
窓口で受け付けを済ませる。学園へ戻る亜霊域器の出発は明後日の朝。二日間、亜霊域器の中の部屋に泊まる形だ。
クロヤハとの約束は明日。一緒にイミルルセの家を訪問し、返信を受け取ってくる予定だった。
けれど、受付でキロヒに渡されたのはクロヤハからの手紙。
どこで読もうかと考えて、人に見られたくない内容だったら問題があると思い、一度亜霊域器の宿舎に入った。
避難部屋に似た個室だ。ベッドがあり、トイレと清潔室はちゃんと扉で仕切られている。
ベッドに座り、手紙の封を切る。
僕の友人 キロヒへ。
手紙の書き出しがそれで、彼女はどきりとした。これまでの短い人生の間で、誰かにこんな風に「友人」と書かれる機会がなかったため、落ち着かない気持ちになる。
しかし手紙の内容は、穏やかなものではなかった。兄の一人が訓練中に倒れ、そのまま本人も兄の精霊も目が覚めなくなったということが書いてある。
このことをもし聞いたことがあるなら、帰省前に訪ねて来てほしい。
そして家の住所が書かれていた。
キロヒは、ぼかされた部分を解読した。
彼の兄の一人が、「離」の訓練中に倒れて目覚めない。もし「謎精霊」が何か知っているなら教えに来てほしい、と。
"無茶な訓練のしすぎで、霊膜が傷ついたのね"
謎精霊は、あっさりと答えを導き出す。人と精霊をつなぐ大事な霊膜の損傷らしい。
"両方が強制的に休んで霊膜を補修しようとしているのよ。人間の上に精霊を乗せておけば、早く目が覚めるわ"
それを聞いて、キロヒは慌てて協会を出た。クロヤハの住所は二十三の二十。協会のある二十七の二十四から、四つ王宮に近い。指輪の時計を見ると昼前がちょうど終わりごろ。これから夕方に向かう時間だ。帰りのことを考えなければ、訪ねることはできるだろう。
明日にしようかと少し悩みはしたが、クロヤハが家族を心配しているだろうことを考えて、キロヒは歩き出した。
住所の探し方はクロヤハに教えてもらった。内容も分かる。最悪、近くで住所を見せれば誰か知っているだろう。
交差点の度に数字を確認して歩く。住所の数字が近づくにつれ周囲の家の大きさが変わって来る。大型の集合住宅が減り、大きな戸建てが増えて行く。
彼の場合、曾祖母が有名人なので良い家に住んでいてもおかしくはなかった。
そして、大きな家の門の前でキロヒは立ち尽くす。おそらく住所からここなのだろうとは分かるのだが、呼び出しの精霊具である鈴を鳴らす勇気が出ない。もし間違っていたら、恥ずかしいではすまされないのではと思うと、しばらく門の前でうろうろとしてしまった。
そんな時。
「アアアァァ?」
中の建物の方から、聞き覚えのある鳴き声が上がった。開かれた窓辺から聞こえたそれに、キロヒはようやく確信を持って門柱の一部をくりぬいてつけられた鈴を鳴らす。
チリンチリン。
涼やかな音が、波紋のように春の午後に広がっていく。
「アアアァァァァアアアア?」
一度遠くに離れた鳴き声が、再び近づいてくる。そして、扉が開いた。
「来てくれてありがとう、キロヒ」
訪問者を確信していただろう同じ年の少年が、そこにいた。ただし大きくなった黒い鳥を、頭の上に乗せた状態で。正確には、クロヤハの頭をまたぐように両足で彼の両肩を掴み、羽毛の胴を彼の頭の上に乗せている。そこが上級になったメガネの定位置のようだ。
上霊したことは一目瞭然。しかし、その話も挨拶もそこそこに中に招き入れられ、謎精霊からの話を伝えると、彼は二階へと駆け戻って行った。頭にメガネを乗せたまま。
ぽつんと立っているキロヒを、執事のような年配の男性が応接室へと案内してくれる。
「ぼっちゃまがいらっしゃるまで、お待ちいただけますか?」
ぼっちゃま、ぼっちゃま、ぼっちゃま。キロヒは脳内をこだまするその呼び方を、何とか頭から追い出して、言わなければならない言葉を考えた。
「あ、あの……できれば暗くなる前に協会に戻りたいのですが」
クロヤハが兄の上に精霊を乗せて、すぐに戻ってくればいいのだが、どう判断するか分からない。いまは兄のことで頭もいっぱいだろう。あまり遅くなってここを追い出されると、キロヒは協会に無事に帰りつけるか分からなかった。
「ご安心ください。お送りするにしてもお泊りになるにしても、お客様にご不便はおかけいたしません」
「そ、そうですか……」
キロヒは小さくなりながら、早くクロヤハが帰って来てくれるのを待った。
結局──泊まることになった。
窓口で受け付けを済ませる。学園へ戻る亜霊域器の出発は明後日の朝。二日間、亜霊域器の中の部屋に泊まる形だ。
クロヤハとの約束は明日。一緒にイミルルセの家を訪問し、返信を受け取ってくる予定だった。
けれど、受付でキロヒに渡されたのはクロヤハからの手紙。
どこで読もうかと考えて、人に見られたくない内容だったら問題があると思い、一度亜霊域器の宿舎に入った。
避難部屋に似た個室だ。ベッドがあり、トイレと清潔室はちゃんと扉で仕切られている。
ベッドに座り、手紙の封を切る。
僕の友人 キロヒへ。
手紙の書き出しがそれで、彼女はどきりとした。これまでの短い人生の間で、誰かにこんな風に「友人」と書かれる機会がなかったため、落ち着かない気持ちになる。
しかし手紙の内容は、穏やかなものではなかった。兄の一人が訓練中に倒れ、そのまま本人も兄の精霊も目が覚めなくなったということが書いてある。
このことをもし聞いたことがあるなら、帰省前に訪ねて来てほしい。
そして家の住所が書かれていた。
キロヒは、ぼかされた部分を解読した。
彼の兄の一人が、「離」の訓練中に倒れて目覚めない。もし「謎精霊」が何か知っているなら教えに来てほしい、と。
"無茶な訓練のしすぎで、霊膜が傷ついたのね"
謎精霊は、あっさりと答えを導き出す。人と精霊をつなぐ大事な霊膜の損傷らしい。
"両方が強制的に休んで霊膜を補修しようとしているのよ。人間の上に精霊を乗せておけば、早く目が覚めるわ"
それを聞いて、キロヒは慌てて協会を出た。クロヤハの住所は二十三の二十。協会のある二十七の二十四から、四つ王宮に近い。指輪の時計を見ると昼前がちょうど終わりごろ。これから夕方に向かう時間だ。帰りのことを考えなければ、訪ねることはできるだろう。
明日にしようかと少し悩みはしたが、クロヤハが家族を心配しているだろうことを考えて、キロヒは歩き出した。
住所の探し方はクロヤハに教えてもらった。内容も分かる。最悪、近くで住所を見せれば誰か知っているだろう。
交差点の度に数字を確認して歩く。住所の数字が近づくにつれ周囲の家の大きさが変わって来る。大型の集合住宅が減り、大きな戸建てが増えて行く。
彼の場合、曾祖母が有名人なので良い家に住んでいてもおかしくはなかった。
そして、大きな家の門の前でキロヒは立ち尽くす。おそらく住所からここなのだろうとは分かるのだが、呼び出しの精霊具である鈴を鳴らす勇気が出ない。もし間違っていたら、恥ずかしいではすまされないのではと思うと、しばらく門の前でうろうろとしてしまった。
そんな時。
「アアアァァ?」
中の建物の方から、聞き覚えのある鳴き声が上がった。開かれた窓辺から聞こえたそれに、キロヒはようやく確信を持って門柱の一部をくりぬいてつけられた鈴を鳴らす。
チリンチリン。
涼やかな音が、波紋のように春の午後に広がっていく。
「アアアァァァァアアアア?」
一度遠くに離れた鳴き声が、再び近づいてくる。そして、扉が開いた。
「来てくれてありがとう、キロヒ」
訪問者を確信していただろう同じ年の少年が、そこにいた。ただし大きくなった黒い鳥を、頭の上に乗せた状態で。正確には、クロヤハの頭をまたぐように両足で彼の両肩を掴み、羽毛の胴を彼の頭の上に乗せている。そこが上級になったメガネの定位置のようだ。
上霊したことは一目瞭然。しかし、その話も挨拶もそこそこに中に招き入れられ、謎精霊からの話を伝えると、彼は二階へと駆け戻って行った。頭にメガネを乗せたまま。
ぽつんと立っているキロヒを、執事のような年配の男性が応接室へと案内してくれる。
「ぼっちゃまがいらっしゃるまで、お待ちいただけますか?」
ぼっちゃま、ぼっちゃま、ぼっちゃま。キロヒは脳内をこだまするその呼び方を、何とか頭から追い出して、言わなければならない言葉を考えた。
「あ、あの……できれば暗くなる前に協会に戻りたいのですが」
クロヤハが兄の上に精霊を乗せて、すぐに戻ってくればいいのだが、どう判断するか分からない。いまは兄のことで頭もいっぱいだろう。あまり遅くなってここを追い出されると、キロヒは協会に無事に帰りつけるか分からなかった。
「ご安心ください。お送りするにしてもお泊りになるにしても、お客様にご不便はおかけいたしません」
「そ、そうですか……」
キロヒは小さくなりながら、早くクロヤハが帰って来てくれるのを待った。
結局──泊まることになった。
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