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78.キロヒ、ビニニ算を知る
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「亜霊域器内で農林業、ですか?」
「可能性の話として、の話だったのですけど、とても興味深いものでしたわ」
夕食が終わっても、彼らはまだ食堂の席を立たなかった。選択授業の話は、まだまだたくさんあったからだ。
自然学の授業に出たイミルルセの話は、情報としてはとても大きなものだった。亜霊域器内は、濃厚な霊素と持ち込まれた自然物による無級精霊の増加で、自然豊かな環境を作り上げることができる。
その内部で作物や樹木を育てることができれば、「持ち運べる農村」として、多くの活用方法が生まれそうである。
「……でも、現状は難しいんだよね?」
「そうなんですの」
自然学の授業に出ていないクロヤハが、その理由を分かっているかのように口にすると、イミルルセも難しい表情になる。
「何で難しいんだ? いいことづくめに聞こえるけど?」と、カーニゼクが首を傾げる。
「大型の亜霊域器の製作は難しく、特級精霊士以上でないと作れないのと、製作者の精霊に環境が引っ張られやすくて、必ずしも農地に向いているわけではないんだ。たとえば、亜霊域器の中がずっと春の環境だからといって、作物が豊富に実るわけではないからね」
「そうなんですの。ただ、植物型など相性のよい精霊士の補助があれば育ちもよくなるらしいのですけど、せっかくお金をかけて育てた魔物と戦うべき精霊士を、農地にかかりきりにさせるのは勿体ないという反対もあるようですわ。実際の農地と同じで、作物の育成にかかる人手はあまり変わりませんし」
「そ、そうなんだ……」
長文で理屈を解説するクロヤハとイミルルセに、カーニゼクは曖昧な笑みを浮かべて、この話をここで切ろうとした。
そこに、サーポクがドンと自分の亜霊域器を出すではないか。
「ウチ、この中に島を作ったとよー」
突然何を言い出すのかと、全員が彼女に注目する。
よく見ると、亜霊域器には海水らしきものが入れられており、中に島らしきものも見える。随分小さく見えるところから、特級の息吹でかなり霊密を上げているようだ。
そして、その島には──
「休みの時に、ここにビニニの木も五、植えたとよ」
そして鼻高々の笑顔で、サーポクは手のひらを綺麗に開いて「五」を表す。悪の数字である「六」の手前で止めたところが、彼女らしい。けれど、亜霊域器を取り出した理由に、すぐにキロヒは考えが及ばなかった。
「そうなんですの。サーポクのこの亜霊域器は、実は自然学の先生に期待されているんですのよ」
「「え?」」
これにはヘケテ以外が驚いた反応を見せた。あのシテカでさえ、彼女の亜霊域器に目を奪われている。
「サーポクの故郷の島は一年中暑く、作物もその環境に対応していて、放っておいても実るのでは、と」
「そういえば……サーポクの島は、最近我が国に編入されたまさに『南国の中の南国』だったね……それは先生も期待するよ。サーポクとザブンは、本当に南国特化型みたいなものだし。島の環境を再現できるのは当然か。うまくすれば、亜霊域器に一面のビニニ農園が作れる、ということかな?」
クロヤハが説明を補完しながら、うんうんと頷いている。キロヒは、サーポクの新しい未来への期待に、一緒に喜ぼうとした──のだけれど。
ひとつ、どうしても気になることがあったため、イミルルセをそっと見つめてみた。すると彼女も、小さく頷いてこう言った。
「問題は……三年になったら精霊具の選択授業を取ってほしいと言われましたの……サーポクに。大型の亜霊域器を作れる人になってほしい、と」
彼女の静かなる説明に、サーポクとヘケテ以外の全員が、すっと視線をそらした。
サーポクはようやく文字と数字を覚えた。ただし、文字は覚えても知らない単語が多すぎるので、いまも新しい言葉の書き取りを頑張っている。計算は足し算をゆっくりなら何とかできるようになってきた。引き算は二桁になると苦しんでいるので、ニヂロのこめかみには血管が浮き上がっている。
そんなサーポクが、難易度の高い大型の亜霊域器を作れるようになれるかどうか。現時点では、ここにいる人間の多くが難しいと思っている。
「サーポクは……ビニニのためなら頑張れる子ですわ」
けれど、ここに希望を捨てていない人がいた。イミルルセだ。
「ビニニをいっぱいならせるとよー」
亜霊域器を持ち上げて、サーポクは中に浮かぶ島を幸せそうに眺めている。
「ビニニとやらのために、さっさと引き算を終わらせろ」
そこに氷水をぶっかけるのがニヂロだ。
「ビニニを食べたら減るとが引き算とよ。数が合うまで食べたらよかとよ?」
「……ビニニ算、強っ」
あまりに強引な計算方法を目の当たりにしたカーニゼクが、ぼそっと呟く。サーポクが座学を苦手としているのは知っていただろうが、ここまでとは思っていなかったようだ。
キロヒとしては、まだまだ買い付け商人に騙されやすいサーポクの状態に、島のビニニの権利が無事であるよう、祈るしかできなかった。
「可能性の話として、の話だったのですけど、とても興味深いものでしたわ」
夕食が終わっても、彼らはまだ食堂の席を立たなかった。選択授業の話は、まだまだたくさんあったからだ。
自然学の授業に出たイミルルセの話は、情報としてはとても大きなものだった。亜霊域器内は、濃厚な霊素と持ち込まれた自然物による無級精霊の増加で、自然豊かな環境を作り上げることができる。
その内部で作物や樹木を育てることができれば、「持ち運べる農村」として、多くの活用方法が生まれそうである。
「……でも、現状は難しいんだよね?」
「そうなんですの」
自然学の授業に出ていないクロヤハが、その理由を分かっているかのように口にすると、イミルルセも難しい表情になる。
「何で難しいんだ? いいことづくめに聞こえるけど?」と、カーニゼクが首を傾げる。
「大型の亜霊域器の製作は難しく、特級精霊士以上でないと作れないのと、製作者の精霊に環境が引っ張られやすくて、必ずしも農地に向いているわけではないんだ。たとえば、亜霊域器の中がずっと春の環境だからといって、作物が豊富に実るわけではないからね」
「そうなんですの。ただ、植物型など相性のよい精霊士の補助があれば育ちもよくなるらしいのですけど、せっかくお金をかけて育てた魔物と戦うべき精霊士を、農地にかかりきりにさせるのは勿体ないという反対もあるようですわ。実際の農地と同じで、作物の育成にかかる人手はあまり変わりませんし」
「そ、そうなんだ……」
長文で理屈を解説するクロヤハとイミルルセに、カーニゼクは曖昧な笑みを浮かべて、この話をここで切ろうとした。
そこに、サーポクがドンと自分の亜霊域器を出すではないか。
「ウチ、この中に島を作ったとよー」
突然何を言い出すのかと、全員が彼女に注目する。
よく見ると、亜霊域器には海水らしきものが入れられており、中に島らしきものも見える。随分小さく見えるところから、特級の息吹でかなり霊密を上げているようだ。
そして、その島には──
「休みの時に、ここにビニニの木も五、植えたとよ」
そして鼻高々の笑顔で、サーポクは手のひらを綺麗に開いて「五」を表す。悪の数字である「六」の手前で止めたところが、彼女らしい。けれど、亜霊域器を取り出した理由に、すぐにキロヒは考えが及ばなかった。
「そうなんですの。サーポクのこの亜霊域器は、実は自然学の先生に期待されているんですのよ」
「「え?」」
これにはヘケテ以外が驚いた反応を見せた。あのシテカでさえ、彼女の亜霊域器に目を奪われている。
「サーポクの故郷の島は一年中暑く、作物もその環境に対応していて、放っておいても実るのでは、と」
「そういえば……サーポクの島は、最近我が国に編入されたまさに『南国の中の南国』だったね……それは先生も期待するよ。サーポクとザブンは、本当に南国特化型みたいなものだし。島の環境を再現できるのは当然か。うまくすれば、亜霊域器に一面のビニニ農園が作れる、ということかな?」
クロヤハが説明を補完しながら、うんうんと頷いている。キロヒは、サーポクの新しい未来への期待に、一緒に喜ぼうとした──のだけれど。
ひとつ、どうしても気になることがあったため、イミルルセをそっと見つめてみた。すると彼女も、小さく頷いてこう言った。
「問題は……三年になったら精霊具の選択授業を取ってほしいと言われましたの……サーポクに。大型の亜霊域器を作れる人になってほしい、と」
彼女の静かなる説明に、サーポクとヘケテ以外の全員が、すっと視線をそらした。
サーポクはようやく文字と数字を覚えた。ただし、文字は覚えても知らない単語が多すぎるので、いまも新しい言葉の書き取りを頑張っている。計算は足し算をゆっくりなら何とかできるようになってきた。引き算は二桁になると苦しんでいるので、ニヂロのこめかみには血管が浮き上がっている。
そんなサーポクが、難易度の高い大型の亜霊域器を作れるようになれるかどうか。現時点では、ここにいる人間の多くが難しいと思っている。
「サーポクは……ビニニのためなら頑張れる子ですわ」
けれど、ここに希望を捨てていない人がいた。イミルルセだ。
「ビニニをいっぱいならせるとよー」
亜霊域器を持ち上げて、サーポクは中に浮かぶ島を幸せそうに眺めている。
「ビニニとやらのために、さっさと引き算を終わらせろ」
そこに氷水をぶっかけるのがニヂロだ。
「ビニニを食べたら減るとが引き算とよ。数が合うまで食べたらよかとよ?」
「……ビニニ算、強っ」
あまりに強引な計算方法を目の当たりにしたカーニゼクが、ぼそっと呟く。サーポクが座学を苦手としているのは知っていただろうが、ここまでとは思っていなかったようだ。
キロヒとしては、まだまだ買い付け商人に騙されやすいサーポクの状態に、島のビニニの権利が無事であるよう、祈るしかできなかった。
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