精霊士養成学園の四義姉妹

霧島まるは

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80.キロヒ、非常事態を知る

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 午前の授業中、突然教室に不快な笛の音が流れてきた。わざと気持ちの悪い音階を奏でる音が、耳に突き刺さる。
 入学して初めてのことで、一年生全員が不審な音の正体を見破ろうと、一斉にきょろきょろとし始める。
「この音楽は、学園近辺に魔物が現れた時に流れる非常警報だ」
 それに終止符を打ったのは、講壇のラエギーである。特級の圧で生徒に無駄口をさせることはない。一方的な説明に終始する。
「本日の授業はここまで。学園内なら自由にすごして構わないが、決して学園内から出ないように。サーポクは私と一緒に来い」
「呼んだとよ?」
 特級の圧にも無頓着なサーポクが、首を傾げている。イミルルセが無言ながらも、サーポクを立ち上がらせて先生の方へと押し出す。
「わー」
 のんびりと歩く南国娘を捕まえにきたラエギーは、その手を掴むや、すごい勢いで教室を出て行った。
 二人がいなくなり圧から解放されるや、教室は音の洪水となる。生徒たちが好き勝手にしゃべり始め、収集がつかない。
 イミルルセが床を指さして、そこに触れて消えた。避難部屋を経由して、屋根裏部屋に帰ったのだ。キロヒが振り返ると、ニヂロはもういない。出遅れたキロヒも慌てて床に触れて屋根裏部屋に戻った。
「この窓は小さすぎて見えづれぇな」
 部屋に戻ると、ニヂロが明り取りの小窓から外を覗いてぼやいていた。
「三階の廊下の窓が一番探しやすいのではないかしら。円周になっているから、方向くらいは分かるかもしれなくてよ」
 イミルルセの案に、ニヂロが真っ先に部屋を飛び出す。イミルルセも続いた。キロヒも二歩遅れて歩き出す。
 キロヒは、非常事態にどきどきとしていた。学生のサーポクが駆り出されるとは思ってもみなかった。とはいえ、サーポクは一年で戦い方も訓練中のひよっこである。せいぜい協力という形で、他の精霊士に力を貸す形くらいだろう。
 階段を下りて廊下沿いの窓から外を見る。学園を出ていく先生たち。赤毛のラエギーに引っ張られているサーポクが見えて、ハラハラする。その後ろを大勢の生徒たちが続く。
「ニル先輩とエムーチェ先輩が先頭だから五年生たちですわね」
 五年の特級組がいるのは心強い。サーポクもお世話になっているので、気にかけてくれるだろう。
 彼らは学園前に据えられた大型の亜霊域器に飛び込んでいく。
 外に残ったラエギーがツヨイを呼び出し、亜霊域器を抱えて肩に飛び乗る。激しい振動と衝撃を残して、高く跳び上がった。ツヨイが踏みしめた地面が焦げて白い煙をあげていた。
「街よりも西に跳んでるな」
 ニヂロが廊下を移動しながら、ツヨイの軌跡を追う。その視線の先に、煙が上がっているのが見える。どうやらそこが現場のようだ。
 しばらくすると、煙の近くにひとつ大きな雷が落ちた。キムニル目隠れだろうか。
 だんだん廊下に女生徒が増えていく。一番見やすいキロヒたちの周辺に近づいて、不安な気持ちになりながらみなで煙の方向を見守っていた。
 それから二時間ほどして、ようやく煙は消え失せた。

「おなかすいたとよー」
「サーポク、怪我ありませんの?」
 昼も随分過ぎて帰って来たサーポクは、薄汚れてよろよろとしていた。しかし、何を聞いても「おなかすいたとよー」で頭がいっぱいらしく、それ以外は要領を得ない話しかできない。仕方なく、サーポクを連れて食堂へと向かった。汚れ具合から先に清潔室に行きたかったが、いまの彼女では無理そうだ。
 食堂は開いてはいたが、中はほとんど人がいない。いつもの席に座って、サーポクはようやく遅い昼食をとることができた。
「おいしかとよー、おいしかとよー」と、涙目になりながら嬉しそうに食べるサーポクを、キロヒとイミルルセは見守る。彼女たちは、少し前に食事はすませていた。ニヂロがここにいるのは、魔物との戦いについて聞きたいからだろう。
 早く食え、くらい言いそうなものだが、ニヂロはイラついた顔はしていたものの、黙ってサーポクが食事を終わらせるのを待った。
「おいしかったとよ」
 はふぅと息を吐いて、ようやくサーポクは満足した表情になる。
「魔物はどんな奴だったんだ?」
「黒くて大きくて土の中にいたとよ」
 ようやく会話が成立するようになって、さっそくニヂロが質問を始めた。ところどころ解読が必要だったが、どうやら土竜もぐらのような魔物だったらしい。土の中を移動していたため、目撃されにくく発見がかなり遅れた大物。
 教師を入れて特級六名に、経験を積ませるための五年生の上級全員が出動だったので総戦力が高かったが、土の中の魔物を仕留めるのに苦労したという。
 最終的に四年の特級女子が魔物を眠らせ、サーポクと協力したエムーチェが水責めにし、そこへラエギーがドカンとやって、仕留めたという。
 ちなみにキムニルは、最初に一発は雷と落としたものの、土の中の魔物との相性が悪すぎて協力に徹した。あのキムニルにも苦手な相手がいることに、キロヒは驚いた。精霊士は本当に適材適所が大事なのだと思わされる。
「四年生の特級の方は、魔物を眠らせられるなんてすごいですわね」
 イシグル指導担当と同室の生徒とは、まだ面識はない。
「どういう人でしたか?」
 気になって、キロヒは現場で会ったサーポクに聞いてみた。
 サーポクは、上を見ながら首を右に左に傾げながら、こう言った。
「おいしそうな雲がふわふわだったとよ」
 またしても解読が必要だった。
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