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100.キロヒ、嫌がる
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「この精霊は、階級で言えば特級だ」
そろそろ夕飯の時間、というくらいまで存分に幻級精霊士キーは、謎精霊の亜霊域器を調べ倒した。
そして口にしたのが、それだ。
クロヤハは、がっかりした表情を浮かべた。彼の予想では、謎精霊は自身の曾祖母。明らかに精霊の階級が違うことで、予想は外れたことになる。
「特筆すべきは亜霊域器だ。作られた概念そのものが違う」
「概念、ですか?」
「亜霊域器は精霊にとって住みやすい環境を作ることが目的だが、この亜霊域器の場合は、内部の霊密はおそらくわざと上げにくくしてある。上げても上げても減る、と言った方がいいか」
変な言い方である。そんなことをしたら──
「精霊にとっては、非常に居心地が悪くなりませんか、それは」
「まさにそうだ。そして製作者の意図も、おそらくそこにある。精霊はそのせいで、内部で息吹を使い続けなければならない。言うならば、この中に入っている限り、精霊としてずっと訓練をし続けている、というような状態だ」
「訓練ってことは……その中では精霊が成長し続けるってことか?」
離れていたニヂロが寄って来る。キーの話に興味が出てきたのだろう。
「そうだ。普通の亜霊域器の中で訓練をして上霊したとしても、外では弱くなる。しかし、この過酷な亜霊域器の中の環境は逆だ……もしこの精霊が亜霊域器の外に出られるなら、おそらく普通の特級よりも遥かに強いだろう」
ずっと秘密の場所だったここに、謎精霊が置かれたのがいつなのかはキロヒは知らない。しかし、相当長い期間だったのは何となく分かる。
「じゃあその亜霊域器を作れば……後からでも精霊を強くできる、ということか?」
「理論上はそうだ」
ニヂロの食いつきを、表面上は肯定するキー。
しかし、それはあくまでも理論上。数字の上の話だ。
「精霊は苦しいと思います……」
"苦しい……のかしら?"
キロヒがぼそりと呟いた一言に、謎精霊が不思議そうに答える。それが分からないということは、謎精霊は少なくとも自我か記憶がある時からずっと、この中にいるということだ。外を知らないからこそ、比較ができない。
しかし学園内に干渉することはできる。亜霊域器の中からどうやってそれを行っているのか、前に聞いたことがあるが要領は得なかった。"あなたは手を動かす時に、いちいちこれから手を動かしますよ、とか考えるの?"と。それくらい自然にできること、としか把握できなかった。
「精霊は、楽しさを求めた先に自我が生まれると言われている。ほとんどの精霊にとって、この亜霊域器は苦痛しか感じないだろう」
キーの同意に、キロヒはこの亜霊域器を作りたい、使いたいとはとても思えなかった。クルリを苦しめてまで強くしたくないと思ったからだ。
「別にアタシは、精霊をこの亜霊域器に閉じ込めたいって言ってるんじゃない。強くなることに楽しさを見出す精霊だっているかもしれないだろう? 試せるか試せないのか、選択肢があるのとないのとでは大違いだ」
ニヂロにとってはこの亜霊域器は垂涎の代物のようだ。入園した時の、あの全身棘だらけだったニヂロを考えると、彼女の精霊であるツララもまた、強くなることを良しとする精霊なのかもしれない。
「作るだけなら作れるだろう。何しろここに現物がある。だが、誰が作ったか知らないが、こんな代物の基盤具の登録はないし、登録はしない方がいい」
「何でだよ」
「強い精霊を作るために悪用する連中が出てくるからだ。平民の初級精霊をこの亜霊域器に入れさせる実験が、すぐに始まるだろう。おそらくほとんどの初級精霊が、この亜霊域器に閉じ込められて死ぬことになる」
大人の世界の厳しすぎる現実を、キーは上弦の目と下弦の口で語る。若くても幻級精霊士。協会や貴族と関わることも多いはずだ。
彼の話はこれで終わりではない。
「運よく生き延びた精霊がいたとしよう。次は亜霊域器の中で上霊するか観察されるだろう。無事、上霊したならば、亜霊域器の外で強さを確認される。そこで同格以上の強さが認められたら……精霊の選別が始まり、生き残って上霊した者だけが、この学園に入園できる……という未来になるだろう」
その予想に似たものを、既にキロヒは教えられている。「離」だ。精霊士全体の強さの底上げができるようになったため、予算が削られて入園人数が絞られる可能性がでてきている。
そこにこの強制訓練用の亜霊域器が登場してしまったら、精霊まで篩にかけられる。ただの篩ならまだいい。入園できないだけならまだいい。この亜霊域器の篩は、精霊の生死に関わる。
そんなものは、この世に出したくないとキロヒは強く思った。
「秘密ならいいだろ。そんなに心配なら、ここからその亜霊域器を出せなくしておけばいい。どうせここが協会の連中に見つかれば、あんたみたいにその亜霊域器の再現を始めるんだ。そうなったら、結局おんなじだ。おんなじなら作ったっていいだろ」
食い下がるニヂロ。言っていることは、理論上正しい。いつまでここが隠し通せるかは分からない。司書は入っていることに気づいている。入る権利がないのと入り方が分からないだけ。本格的に協会が調査に乗り出せば、どこかで偶然にたどりつく可能性はある。
「君は誤解している」
キーが懸命なニヂロに向かって言った言葉は、キロヒの背筋を冷たくさせた。
「私は基礎具として登録はできないと言ったが……作らないとは言っていない」
幻級精霊士キーは──知的好奇心がことのほか強い男だ。
そろそろ夕飯の時間、というくらいまで存分に幻級精霊士キーは、謎精霊の亜霊域器を調べ倒した。
そして口にしたのが、それだ。
クロヤハは、がっかりした表情を浮かべた。彼の予想では、謎精霊は自身の曾祖母。明らかに精霊の階級が違うことで、予想は外れたことになる。
「特筆すべきは亜霊域器だ。作られた概念そのものが違う」
「概念、ですか?」
「亜霊域器は精霊にとって住みやすい環境を作ることが目的だが、この亜霊域器の場合は、内部の霊密はおそらくわざと上げにくくしてある。上げても上げても減る、と言った方がいいか」
変な言い方である。そんなことをしたら──
「精霊にとっては、非常に居心地が悪くなりませんか、それは」
「まさにそうだ。そして製作者の意図も、おそらくそこにある。精霊はそのせいで、内部で息吹を使い続けなければならない。言うならば、この中に入っている限り、精霊としてずっと訓練をし続けている、というような状態だ」
「訓練ってことは……その中では精霊が成長し続けるってことか?」
離れていたニヂロが寄って来る。キーの話に興味が出てきたのだろう。
「そうだ。普通の亜霊域器の中で訓練をして上霊したとしても、外では弱くなる。しかし、この過酷な亜霊域器の中の環境は逆だ……もしこの精霊が亜霊域器の外に出られるなら、おそらく普通の特級よりも遥かに強いだろう」
ずっと秘密の場所だったここに、謎精霊が置かれたのがいつなのかはキロヒは知らない。しかし、相当長い期間だったのは何となく分かる。
「じゃあその亜霊域器を作れば……後からでも精霊を強くできる、ということか?」
「理論上はそうだ」
ニヂロの食いつきを、表面上は肯定するキー。
しかし、それはあくまでも理論上。数字の上の話だ。
「精霊は苦しいと思います……」
"苦しい……のかしら?"
キロヒがぼそりと呟いた一言に、謎精霊が不思議そうに答える。それが分からないということは、謎精霊は少なくとも自我か記憶がある時からずっと、この中にいるということだ。外を知らないからこそ、比較ができない。
しかし学園内に干渉することはできる。亜霊域器の中からどうやってそれを行っているのか、前に聞いたことがあるが要領は得なかった。"あなたは手を動かす時に、いちいちこれから手を動かしますよ、とか考えるの?"と。それくらい自然にできること、としか把握できなかった。
「精霊は、楽しさを求めた先に自我が生まれると言われている。ほとんどの精霊にとって、この亜霊域器は苦痛しか感じないだろう」
キーの同意に、キロヒはこの亜霊域器を作りたい、使いたいとはとても思えなかった。クルリを苦しめてまで強くしたくないと思ったからだ。
「別にアタシは、精霊をこの亜霊域器に閉じ込めたいって言ってるんじゃない。強くなることに楽しさを見出す精霊だっているかもしれないだろう? 試せるか試せないのか、選択肢があるのとないのとでは大違いだ」
ニヂロにとってはこの亜霊域器は垂涎の代物のようだ。入園した時の、あの全身棘だらけだったニヂロを考えると、彼女の精霊であるツララもまた、強くなることを良しとする精霊なのかもしれない。
「作るだけなら作れるだろう。何しろここに現物がある。だが、誰が作ったか知らないが、こんな代物の基盤具の登録はないし、登録はしない方がいい」
「何でだよ」
「強い精霊を作るために悪用する連中が出てくるからだ。平民の初級精霊をこの亜霊域器に入れさせる実験が、すぐに始まるだろう。おそらくほとんどの初級精霊が、この亜霊域器に閉じ込められて死ぬことになる」
大人の世界の厳しすぎる現実を、キーは上弦の目と下弦の口で語る。若くても幻級精霊士。協会や貴族と関わることも多いはずだ。
彼の話はこれで終わりではない。
「運よく生き延びた精霊がいたとしよう。次は亜霊域器の中で上霊するか観察されるだろう。無事、上霊したならば、亜霊域器の外で強さを確認される。そこで同格以上の強さが認められたら……精霊の選別が始まり、生き残って上霊した者だけが、この学園に入園できる……という未来になるだろう」
その予想に似たものを、既にキロヒは教えられている。「離」だ。精霊士全体の強さの底上げができるようになったため、予算が削られて入園人数が絞られる可能性がでてきている。
そこにこの強制訓練用の亜霊域器が登場してしまったら、精霊まで篩にかけられる。ただの篩ならまだいい。入園できないだけならまだいい。この亜霊域器の篩は、精霊の生死に関わる。
そんなものは、この世に出したくないとキロヒは強く思った。
「秘密ならいいだろ。そんなに心配なら、ここからその亜霊域器を出せなくしておけばいい。どうせここが協会の連中に見つかれば、あんたみたいにその亜霊域器の再現を始めるんだ。そうなったら、結局おんなじだ。おんなじなら作ったっていいだろ」
食い下がるニヂロ。言っていることは、理論上正しい。いつまでここが隠し通せるかは分からない。司書は入っていることに気づいている。入る権利がないのと入り方が分からないだけ。本格的に協会が調査に乗り出せば、どこかで偶然にたどりつく可能性はある。
「君は誤解している」
キーが懸命なニヂロに向かって言った言葉は、キロヒの背筋を冷たくさせた。
「私は基礎具として登録はできないと言ったが……作らないとは言っていない」
幻級精霊士キーは──知的好奇心がことのほか強い男だ。
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