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101.キロヒ、既婚者だらけの婚活会場に気づく
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「遅かっ……どうしましたの?」
「おなかすいたとよ」
幻級精霊士キーの図書室訪問の一日目。
キロヒは情報の胸やけで、まったく空腹感を覚えてはいなかった。避難部屋を経由して帰ってきた彼女は、ほぼ時間差なく帰って来たニヂロと目が合ったが、互いにそらし合うこととなる。
二人を待っていたイミルルセはすぐに気づいた。サーポクは自分の空腹との戦いで力尽きていた。
「とりあえず、メシだメシ」
空腹に対しては、ニヂロも優先度が高い。何とも言えない気持ちを抱えたまま、キロヒは黙って食堂へとついていった。
食堂につくと、屋根裏部屋男子がちょうど食事を受け取って席に向かうところだった。成長期の男子も、クロヤハの報告より食事、ということになったのだろう。
自然といつもの席に集まる。
「そんなに大変だったのかよ」
クロヤハとキロヒとニヂロの、いずれも食事はしているものの、心がこの場に残っていない。それを心配したカーニゼクの言葉に、ようやくキロヒはいま噛みしめているものが芋であることに気づいた。
「大変だった……」
クロヤハも、ようやくその言葉とともに深く息を吐き出す。
「あの亜霊域器に長時間かかりっきりの間はよかったんだけど、その後の説明がね」
小声でクロヤハがイミルルセとカーニゼクに説明する。しかし、話の途中からシテカが顔をクロヤハに向け、おかわりを取って来た後で、ヘケテも参戦した。あの亜霊域器が、精霊の訓練場所として価値がある、という話だったせいだ。
イミルルセは表情を曇らせる。精霊への影響を考えると、彼女はそう反応するだろうとキロヒは思っていた。いや、そう反応してほしいと願っていたというべきか。認めたくはないが、単に自分の味方がほしかっただけだ。
またしてもキロヒの望まない困った思考の始まりに、彼女はスプーンを皿に置く。本当に食欲がなくなってきてしまった。
「キロヒ……」
心配そうなイミルルセに呼びかけられて、視線を向ける。
「既にあの方に知られてしまったのは、もうしょうがないにしても……あの場所はかの精霊にとっては庭のような場所ですわよね。自分の意思で隙間を作ったり消したりできたり、扉を開け閉めしたりできるのですから」
今回の件は、イミルルセの方が客観視できていることはあきらかだ。ここまで語られて、キロヒは彼女が何を言おうとしているのか、うっすら感じ取ることができた。
「ということは……かの精霊は他の人の目から、亜霊域器を隠すこともできるのではないかしら?」
言語化しきれていないのろまなキロヒに、イミルルセが丁寧に話をしてくれた。何も入っていないキロヒの喉が、ごくりと何かを飲み下す。
「亜霊域器を隠すことは、できるの?」
"出来るわよ。でもしたくないわ。私を遠くまで連れていってくれる人に出会えなくなるもの"
「え?」
意外なことを言われて、キロヒは茫然とした。
「どういうこと?」
"キロヒがクルリを出会って友人になったように、私も誰かと出会って友人になるの。いつか、秋か冬の運命の人が私を迎えにくるのよ"
「……」
この精霊は、何の読書をして学習したのか。まるで恋愛浪漫小説の女主人公のようなことを言い出した。
「キロヒ、どうでしたの?」
「あの精霊は……えっと」
注目がキロヒに集まり、彼女の舌がもつれ始める。
「その……人間の友人がほしいと。そしてここから出て行きたいと……言ってマス」
「「え?」」
クロヤハとイミルルセの声が重なる。意外という他ない。
どうしてこんなに意外に思っているのかと考えれば、答えにはすぐ行きつく。謎精霊が外を見たいと言った時、ここにずっといるから他を見たいと思う気持ちは分かると、キロヒが自己解決してしまったからだ。
彼女は謎の精霊に、未来の問いかけをしてこなかった。これからどうしたいのか、と。
精霊を人間の枠にはめて考えるという考えが、キロヒにはなかった。
確かに謎精霊には、人間の友人がいない。名前もない。勝手に名前をつけて呼ぶのは、クルリにも謎精霊にも失礼だと思ったが、まさか友人をほしいと思うなんて。
学園の生徒たちをずっと見てきただろう謎精霊が、友人関係を学習して、自分もほしいと思う感情が芽生えたことは、決して悪いことではない。それが叶えばいいとキロヒも考えている。
しかしその願いを叶えるためには、あまりにこの場所は悪すぎた。精霊士に関わらない人が、この学園に来ることは考えにくいからだ。いわば、全員友人を持っている人しかこない。既婚者しかいない場所で、結婚相手を探しているようなものである。
「あ……」
そこでキロヒは、あることに思い至った。
「も、もしかして……クルリを使って外を見たいと言ったのは……」
"そうよ。私の友人を探すためよ。でも、外そのものへの好奇心もあるわ"
想像が当たっていたことに、キロヒは頭を抱えた。
もし謎精霊が、運命の友人を見つけたら一体どうなるのか。その場合、見知らぬ人にキロヒが代わりに声をかけて学園まで連れてこなければならないのだろうか。
それは無理だと、彼女は首を振った。
"いい人を見つけたら、よろしく頼むわね。私の二番目の友人のキロヒ"
精霊士学園に一般人を連れてくるなんて、どれだけ難易度が高いことを要求していると思っているのか。キロヒ程度では、絶対に無理は話だ。しかも、勝手に二番目の友人に指名されているではないか。
イミルルセとクロヤハに泣きつくと、二人は難しそうな顔で同じことを言った。
「幻級精霊士に頼もう」
「あの方なら、きっと協力してくださいますわ」
亜霊域器で育った箱入り精霊のお見合いという、前代未聞の話が持ち上がったせいで、キロヒの重かった気持ちは後回しになってしまったのだった。
「おなかすいたとよ」
幻級精霊士キーの図書室訪問の一日目。
キロヒは情報の胸やけで、まったく空腹感を覚えてはいなかった。避難部屋を経由して帰ってきた彼女は、ほぼ時間差なく帰って来たニヂロと目が合ったが、互いにそらし合うこととなる。
二人を待っていたイミルルセはすぐに気づいた。サーポクは自分の空腹との戦いで力尽きていた。
「とりあえず、メシだメシ」
空腹に対しては、ニヂロも優先度が高い。何とも言えない気持ちを抱えたまま、キロヒは黙って食堂へとついていった。
食堂につくと、屋根裏部屋男子がちょうど食事を受け取って席に向かうところだった。成長期の男子も、クロヤハの報告より食事、ということになったのだろう。
自然といつもの席に集まる。
「そんなに大変だったのかよ」
クロヤハとキロヒとニヂロの、いずれも食事はしているものの、心がこの場に残っていない。それを心配したカーニゼクの言葉に、ようやくキロヒはいま噛みしめているものが芋であることに気づいた。
「大変だった……」
クロヤハも、ようやくその言葉とともに深く息を吐き出す。
「あの亜霊域器に長時間かかりっきりの間はよかったんだけど、その後の説明がね」
小声でクロヤハがイミルルセとカーニゼクに説明する。しかし、話の途中からシテカが顔をクロヤハに向け、おかわりを取って来た後で、ヘケテも参戦した。あの亜霊域器が、精霊の訓練場所として価値がある、という話だったせいだ。
イミルルセは表情を曇らせる。精霊への影響を考えると、彼女はそう反応するだろうとキロヒは思っていた。いや、そう反応してほしいと願っていたというべきか。認めたくはないが、単に自分の味方がほしかっただけだ。
またしてもキロヒの望まない困った思考の始まりに、彼女はスプーンを皿に置く。本当に食欲がなくなってきてしまった。
「キロヒ……」
心配そうなイミルルセに呼びかけられて、視線を向ける。
「既にあの方に知られてしまったのは、もうしょうがないにしても……あの場所はかの精霊にとっては庭のような場所ですわよね。自分の意思で隙間を作ったり消したりできたり、扉を開け閉めしたりできるのですから」
今回の件は、イミルルセの方が客観視できていることはあきらかだ。ここまで語られて、キロヒは彼女が何を言おうとしているのか、うっすら感じ取ることができた。
「ということは……かの精霊は他の人の目から、亜霊域器を隠すこともできるのではないかしら?」
言語化しきれていないのろまなキロヒに、イミルルセが丁寧に話をしてくれた。何も入っていないキロヒの喉が、ごくりと何かを飲み下す。
「亜霊域器を隠すことは、できるの?」
"出来るわよ。でもしたくないわ。私を遠くまで連れていってくれる人に出会えなくなるもの"
「え?」
意外なことを言われて、キロヒは茫然とした。
「どういうこと?」
"キロヒがクルリを出会って友人になったように、私も誰かと出会って友人になるの。いつか、秋か冬の運命の人が私を迎えにくるのよ"
「……」
この精霊は、何の読書をして学習したのか。まるで恋愛浪漫小説の女主人公のようなことを言い出した。
「キロヒ、どうでしたの?」
「あの精霊は……えっと」
注目がキロヒに集まり、彼女の舌がもつれ始める。
「その……人間の友人がほしいと。そしてここから出て行きたいと……言ってマス」
「「え?」」
クロヤハとイミルルセの声が重なる。意外という他ない。
どうしてこんなに意外に思っているのかと考えれば、答えにはすぐ行きつく。謎精霊が外を見たいと言った時、ここにずっといるから他を見たいと思う気持ちは分かると、キロヒが自己解決してしまったからだ。
彼女は謎の精霊に、未来の問いかけをしてこなかった。これからどうしたいのか、と。
精霊を人間の枠にはめて考えるという考えが、キロヒにはなかった。
確かに謎精霊には、人間の友人がいない。名前もない。勝手に名前をつけて呼ぶのは、クルリにも謎精霊にも失礼だと思ったが、まさか友人をほしいと思うなんて。
学園の生徒たちをずっと見てきただろう謎精霊が、友人関係を学習して、自分もほしいと思う感情が芽生えたことは、決して悪いことではない。それが叶えばいいとキロヒも考えている。
しかしその願いを叶えるためには、あまりにこの場所は悪すぎた。精霊士に関わらない人が、この学園に来ることは考えにくいからだ。いわば、全員友人を持っている人しかこない。既婚者しかいない場所で、結婚相手を探しているようなものである。
「あ……」
そこでキロヒは、あることに思い至った。
「も、もしかして……クルリを使って外を見たいと言ったのは……」
"そうよ。私の友人を探すためよ。でも、外そのものへの好奇心もあるわ"
想像が当たっていたことに、キロヒは頭を抱えた。
もし謎精霊が、運命の友人を見つけたら一体どうなるのか。その場合、見知らぬ人にキロヒが代わりに声をかけて学園まで連れてこなければならないのだろうか。
それは無理だと、彼女は首を振った。
"いい人を見つけたら、よろしく頼むわね。私の二番目の友人のキロヒ"
精霊士学園に一般人を連れてくるなんて、どれだけ難易度が高いことを要求していると思っているのか。キロヒ程度では、絶対に無理は話だ。しかも、勝手に二番目の友人に指名されているではないか。
イミルルセとクロヤハに泣きつくと、二人は難しそうな顔で同じことを言った。
「幻級精霊士に頼もう」
「あの方なら、きっと協力してくださいますわ」
亜霊域器で育った箱入り精霊のお見合いという、前代未聞の話が持ち上がったせいで、キロヒの重かった気持ちは後回しになってしまったのだった。
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