102 / 142
102.キロヒ、嫌われ者かと疑われる
しおりを挟む
「精霊のお見合い……」
幻級精霊士のキーは、キロヒの顔を見て固まった。さすがの彼も、このぶっとんだ話題には即座に反応できなかったようだ。
「秋か冬の人間が良いと思っているようです」
「秋か冬の人間……」
そこへ畳みかけるものだから、また復唱して考え込んでしまった。
この話は、秘密の図書室で行われている。今日もまた、司書には強い視線で見送られていたが。
「キロヒ……ひとつ質問だが。君はどのくらいの距離まで、その精霊の気持ちが届く?」
しばらくして、ようやくキーは再起動した。そこで前回キーが来た時に隠した話が、ここにきて目の前に突き付けられる。ここで嘘をつくかどうかという選択を、突然キロヒは強いられた。
そこで思い出したのが「双子の光陰」である。兄弟で遠く離れたところにいても、意思の疎通ができるという、精霊具の素になった精霊たちである。それがなければ、キロヒは謎精霊と遠距離でも意思疎通ができることを、絶対に口にしたくなかっただろう。
しかし、既に精霊具も改善の余地はあれど出来上がり、その実用性は確認されている。
「……実家に帰った時にも届きました」
だからキロヒは、ここで嘘をつくことを選択しなかった。珍しいが珍しすぎではない。これも珍しさの価値が下がったおかげだ。
「ふむ……では、ある人間の自由を犠牲にすれば、それはさほど難しい話ではない」
しかし、非常に不穏な前置きで言葉が紡がれる。
図書室に同行していたクロヤハがキロヒを見る。ニヂロもキロヒを見る。今度はキロヒが固まる番だった。
「その人物が、多くの子どもたちに出会う機会を作ればいい。協会には私が根回しをしておく。精霊が自分の友人としてふさわしい相手を見つけたら、その子を協会か地元の神官の元に連れて行けば、あとは学園に迎えに行けるよう手配しよう」
ここまで言っておきながら、キロヒの名前をはっきりとは出さない。
キーは、これは強制ではないと匂わせているのだ。キロヒ本人の意思で決めて行動しろと。
「……伝手がありません」
一体どこに行けば該当の子供がたくさんいるのか。キロヒは、見知らぬ子供たちとうまくやれる自信などありはしない。ただ端っこに立って、精霊が選ぶのを待っているくらいだ。
「伝手ならある」
キーの視線が動いた。クロヤハとニヂロだ。今度は二人が表情を変えた。
「クロヤハの父親とその後ろ盾の貴族の派閥で、精霊を持っていない子供もいるだろう。貴族は厄介だが、身を守る手段としては悪い手段ではない。クロヤハの一族は既にその手段を得ているが、キロヒにはないのだから、精霊の見合いがうまくいけば恩を売れる。いきなり特級持ちが誕生するのだから」
クロヤハを見た理由がそれ。
「一方、ニヂロは完全に冬型だ。北方出身なのだから、ニヂロの故郷へ行けば、冬の人間だらけだ。まだ精霊を見つけていない子どももいるだろう」
ニヂロを見た理由がそれ。
前者は打算。後者は精霊の希望の人材が多い場所。
「アタシは、こいつを連れて行く気はないぜ」
ニヂロには即座に断られた。
「貴族にキロヒの有用性は知られていません。下手に表舞台に出したくありません」
クロヤハにはありがたい断りを入れられた。
「キロヒ……君は嫌われているのか?」
下弦の口は笑った形なのに、声は少し同情めいている。キロヒはイミルルセに会いたくなった。彼女ならば、すぐに「そんなことはない」と言ってくれるだろうに、と。この言葉を、自分自身で言うことほど空しいものはない。
「キロヒは嫌われていませんよ。むしろ、一目置かれています」
クロヤハが助け舟を出してくれたが、その船の形はキロヒも思っているものとは違った。普通ここは「好かれています」という船ではないのか、と。まさかの「一目置かれています」という重苦しい船がやってきた。
キロヒはそっちの方に衝撃を受けて、微妙な表情になっていた。
「一目って、誉め言葉だよ。観察力と先を見据えた思考力? があるよ、キロヒは」
彼女の表情にクロヤハが慌てて補足する。褒められているのは分かる。望む形と違っただけだ。「ありがとうございます」と、キロヒは小さい声で返した。照れた気持ちひとつ浮かばない、凪いだ心による感謝の言葉だ。
キロヒは自分の欠点を思い知る。人間力が足りない、と。
「私が見合い相手を用意してもいいが……私が動くと何かあるのではと勘繰られることが多い。この学園に一年に二回も来たせいで、ここに重要な何かがあるのでは、とうるさいスズメたちに疑われ始めている」
キーの言葉に、三人は冷ややかな目になった。こんな短い期間で二回も来たのは、キー自身の意思だ。それで学園に疑いの目が向けられるのは、いい迷惑である。
本人は幻級の強さがあるおかげで、周囲の雑音はどうとでもできるだろうが、学園の平民はそうではない。変な噂が流れては、後が面倒だ。
「それなら、司書の方が余計なことを吹聴しないように手回しをお願いします。僕たちが秘密の図書室に入っていると気づいています」
クロヤハは、ついでとばかりに幻級精霊士の影響力を使おうとした。
「それは大丈夫だ」
キーは、鷹揚に頷いた。
「既にこの秘密の図書室のことは、協会の上層部にだけは伝えている。その上で、幻級精霊士の私が責任を持って解明するので、それまで口外も手出しも無用と告げている。司書がどこに泣きついたとしても、協会は調査を許可しない。司書の精霊にも、後でよく言い聞かせておこう」
さらりとキーは言う。
ああ、この人は本当に幻級なのだなと、キロヒは心の底から恐ろしく思った。
幻級精霊士のキーは、キロヒの顔を見て固まった。さすがの彼も、このぶっとんだ話題には即座に反応できなかったようだ。
「秋か冬の人間が良いと思っているようです」
「秋か冬の人間……」
そこへ畳みかけるものだから、また復唱して考え込んでしまった。
この話は、秘密の図書室で行われている。今日もまた、司書には強い視線で見送られていたが。
「キロヒ……ひとつ質問だが。君はどのくらいの距離まで、その精霊の気持ちが届く?」
しばらくして、ようやくキーは再起動した。そこで前回キーが来た時に隠した話が、ここにきて目の前に突き付けられる。ここで嘘をつくかどうかという選択を、突然キロヒは強いられた。
そこで思い出したのが「双子の光陰」である。兄弟で遠く離れたところにいても、意思の疎通ができるという、精霊具の素になった精霊たちである。それがなければ、キロヒは謎精霊と遠距離でも意思疎通ができることを、絶対に口にしたくなかっただろう。
しかし、既に精霊具も改善の余地はあれど出来上がり、その実用性は確認されている。
「……実家に帰った時にも届きました」
だからキロヒは、ここで嘘をつくことを選択しなかった。珍しいが珍しすぎではない。これも珍しさの価値が下がったおかげだ。
「ふむ……では、ある人間の自由を犠牲にすれば、それはさほど難しい話ではない」
しかし、非常に不穏な前置きで言葉が紡がれる。
図書室に同行していたクロヤハがキロヒを見る。ニヂロもキロヒを見る。今度はキロヒが固まる番だった。
「その人物が、多くの子どもたちに出会う機会を作ればいい。協会には私が根回しをしておく。精霊が自分の友人としてふさわしい相手を見つけたら、その子を協会か地元の神官の元に連れて行けば、あとは学園に迎えに行けるよう手配しよう」
ここまで言っておきながら、キロヒの名前をはっきりとは出さない。
キーは、これは強制ではないと匂わせているのだ。キロヒ本人の意思で決めて行動しろと。
「……伝手がありません」
一体どこに行けば該当の子供がたくさんいるのか。キロヒは、見知らぬ子供たちとうまくやれる自信などありはしない。ただ端っこに立って、精霊が選ぶのを待っているくらいだ。
「伝手ならある」
キーの視線が動いた。クロヤハとニヂロだ。今度は二人が表情を変えた。
「クロヤハの父親とその後ろ盾の貴族の派閥で、精霊を持っていない子供もいるだろう。貴族は厄介だが、身を守る手段としては悪い手段ではない。クロヤハの一族は既にその手段を得ているが、キロヒにはないのだから、精霊の見合いがうまくいけば恩を売れる。いきなり特級持ちが誕生するのだから」
クロヤハを見た理由がそれ。
「一方、ニヂロは完全に冬型だ。北方出身なのだから、ニヂロの故郷へ行けば、冬の人間だらけだ。まだ精霊を見つけていない子どももいるだろう」
ニヂロを見た理由がそれ。
前者は打算。後者は精霊の希望の人材が多い場所。
「アタシは、こいつを連れて行く気はないぜ」
ニヂロには即座に断られた。
「貴族にキロヒの有用性は知られていません。下手に表舞台に出したくありません」
クロヤハにはありがたい断りを入れられた。
「キロヒ……君は嫌われているのか?」
下弦の口は笑った形なのに、声は少し同情めいている。キロヒはイミルルセに会いたくなった。彼女ならば、すぐに「そんなことはない」と言ってくれるだろうに、と。この言葉を、自分自身で言うことほど空しいものはない。
「キロヒは嫌われていませんよ。むしろ、一目置かれています」
クロヤハが助け舟を出してくれたが、その船の形はキロヒも思っているものとは違った。普通ここは「好かれています」という船ではないのか、と。まさかの「一目置かれています」という重苦しい船がやってきた。
キロヒはそっちの方に衝撃を受けて、微妙な表情になっていた。
「一目って、誉め言葉だよ。観察力と先を見据えた思考力? があるよ、キロヒは」
彼女の表情にクロヤハが慌てて補足する。褒められているのは分かる。望む形と違っただけだ。「ありがとうございます」と、キロヒは小さい声で返した。照れた気持ちひとつ浮かばない、凪いだ心による感謝の言葉だ。
キロヒは自分の欠点を思い知る。人間力が足りない、と。
「私が見合い相手を用意してもいいが……私が動くと何かあるのではと勘繰られることが多い。この学園に一年に二回も来たせいで、ここに重要な何かがあるのでは、とうるさいスズメたちに疑われ始めている」
キーの言葉に、三人は冷ややかな目になった。こんな短い期間で二回も来たのは、キー自身の意思だ。それで学園に疑いの目が向けられるのは、いい迷惑である。
本人は幻級の強さがあるおかげで、周囲の雑音はどうとでもできるだろうが、学園の平民はそうではない。変な噂が流れては、後が面倒だ。
「それなら、司書の方が余計なことを吹聴しないように手回しをお願いします。僕たちが秘密の図書室に入っていると気づいています」
クロヤハは、ついでとばかりに幻級精霊士の影響力を使おうとした。
「それは大丈夫だ」
キーは、鷹揚に頷いた。
「既にこの秘密の図書室のことは、協会の上層部にだけは伝えている。その上で、幻級精霊士の私が責任を持って解明するので、それまで口外も手出しも無用と告げている。司書がどこに泣きついたとしても、協会は調査を許可しない。司書の精霊にも、後でよく言い聞かせておこう」
さらりとキーは言う。
ああ、この人は本当に幻級なのだなと、キロヒは心の底から恐ろしく思った。
0
あなたにおすすめの小説
蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー
みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。
魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。
人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。
そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。
物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
最強チート承りました。では、我慢はいたしません!
しののめ あき
ファンタジー
神託が下りまして、今日から神の愛し子です!〜最強チート承りました!では、我慢はいたしません!〜
と、いうタイトルで12月8日にアルファポリス様より書籍発売されます!
3万字程の加筆と修正をさせて頂いております。
ぜひ、読んで頂ければ嬉しいです!
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
非常に申し訳ない…
と、言ったのは、立派な白髭の仙人みたいな人だろうか?
色々手違いがあって…
と、目を逸らしたのは、そちらのピンク色の髪の女の人だっけ?
代わりにといってはなんだけど…
と、眉を下げながら申し訳なさそうな顔をしたのは、手前の黒髪イケメン?
私の周りをぐるっと8人に囲まれて、謝罪を受けている事は分かった。
なんの謝罪だっけ?
そして、最後に言われた言葉
どうか、幸せになって(くれ)
んん?
弩級最強チート公爵令嬢が爆誕致します。
※同タイトルの掲載不可との事で、1.2.番外編をまとめる作業をします
完了後、更新開始致しますのでよろしくお願いします
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語
紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。
しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。
郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。
そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。
そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。
アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。
そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる