精霊士養成学園の四義姉妹

霧島まるは

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102.キロヒ、嫌われ者かと疑われる

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「精霊のお見合い……」
 幻級精霊士のキーは、キロヒの顔を見て固まった。さすがの彼も、このぶっとんだ話題には即座に反応できなかったようだ。
「秋か冬の人間が良いと思っているようです」
「秋か冬の人間……」
 そこへ畳みかけるものだから、また復唱して考え込んでしまった。
 この話は、秘密の図書室で行われている。今日もまた、司書には強い視線で見送られていたが。
「キロヒ……ひとつ質問だが。君はどのくらいの距離まで、その精霊の気持ちが届く?」
 しばらくして、ようやくキーは再起動した。そこで前回キーが来た時に隠した話が、ここにきて目の前に突き付けられる。ここで嘘をつくかどうかという選択を、突然キロヒは強いられた。
 そこで思い出したのが「双子の光陰」である。兄弟で遠く離れたところにいても、意思の疎通ができるという、精霊具の素になった精霊たちである。それがなければ、キロヒは謎精霊と遠距離でも意思疎通ができることを、絶対に口にしたくなかっただろう。
 しかし、既に精霊具も改善の余地はあれど出来上がり、その実用性は確認されている。
「……実家に帰った時にも届きました」
 だからキロヒは、ここで嘘をつくことを選択しなかった。珍しいが珍しすぎではない。これも珍しさの価値が下がったおかげだ。
「ふむ……では、ある人間の自由を犠牲にすれば、それはさほど難しい話ではない」
 しかし、非常に不穏な前置きで言葉が紡がれる。
 図書室に同行していたクロヤハがキロヒを見る。ニヂロもキロヒを見る。今度はキロヒが固まる番だった。
「その人物が、多くの子どもたちに出会う機会を作ればいい。協会には私が根回しをしておく。精霊が自分の友人としてふさわしい相手を見つけたら、その子を協会か地元の神官の元に連れて行けば、あとは学園に迎えに行けるよう手配しよう」
 ここまで言っておきながら、キロヒの名前をはっきりとは出さない。
 キーは、これは強制ではないと匂わせているのだ。キロヒ本人の意思で決めて行動しろと。
「……伝手つてがありません」
 一体どこに行けば該当の子供がたくさんいるのか。キロヒは、見知らぬ子供たちとうまくやれる自信などありはしない。ただ端っこに立って、精霊が選ぶのを待っているくらいだ。
「伝手ならある」
 キーの視線が動いた。クロヤハとニヂロだ。今度は二人が表情を変えた。
「クロヤハの父親とその後ろ盾の貴族の派閥で、精霊を持っていない子供もいるだろう。貴族は厄介だが、身を守る手段としては悪い手段ではない。クロヤハの一族は既にその手段を得ているが、キロヒにはないのだから、精霊の見合いがうまくいけば恩を売れる。いきなり特級持ちが誕生するのだから」
 クロヤハを見た理由がそれ。
「一方、ニヂロは完全に冬型だ。北方出身なのだから、ニヂロの故郷へ行けば、冬の人間だらけだ。まだ精霊を見つけていない子どももいるだろう」
 ニヂロを見た理由がそれ。
 前者は打算。後者は精霊の希望の人材が多い場所。
「アタシは、こいつを連れて行く気はないぜ」
 ニヂロには即座に断られた。
「貴族にキロヒの有用性は知られていません。下手に表舞台に出したくありません」
 クロヤハにはありがたい断りを入れられた。
「キロヒ……君は嫌われているのか?」
 下弦の口は笑った形なのに、声は少し同情めいている。キロヒはイミルルセに会いたくなった。彼女ならば、すぐに「そんなことはない」と言ってくれるだろうに、と。この言葉を、自分自身で言うことほど空しいものはない。
「キロヒは嫌われていませんよ。むしろ、一目いちもく置かれています」
 クロヤハが助け舟を出してくれたが、その船の形はキロヒも思っているものとは違った。普通ここは「好かれています」という船ではないのか、と。まさかの「一目置かれています」という重苦しい船がやってきた。
 キロヒはそっちの方に衝撃を受けて、微妙な表情になっていた。
「一目って、誉め言葉だよ。観察力と先を見据えた思考力? があるよ、キロヒは」
 彼女の表情にクロヤハが慌てて補足する。褒められているのは分かる。望む形と違っただけだ。「ありがとうございます」と、キロヒは小さい声で返した。照れた気持ちひとつ浮かばない、凪いだ心による感謝の言葉だ。
 キロヒは自分の欠点を思い知る。人間りょくが足りない、と。
「私が見合い相手を用意してもいいが……私が動くと何かあるのではと勘繰られることが多い。この学園に一年に二回も来たせいで、ここに重要な何かがあるのでは、とうるさいスズメたちに疑われ始めている」
 キーの言葉に、三人は冷ややかな目になった。こんな短い期間で二回も来たのは、キー自身の意思だ。それで学園に疑いの目が向けられるのは、いい迷惑である。
 本人は幻級の強さがあるおかげで、周囲の雑音はどうとでもできるだろうが、学園の平民はそうではない。変な噂が流れては、後が面倒だ。
「それなら、司書の方が余計なことを吹聴しないように手回しをお願いします。僕たちが秘密の図書室に入っていると気づいています」
 クロヤハは、ついでとばかりに幻級精霊士の影響力を使おうとした。
「それは大丈夫だ」
 キーは、鷹揚に頷いた。
「既にこの秘密の図書室のことは、協会の上層部にだけは伝えている。その上で、幻級精霊士の私が責任を持って解明するので、それまで口外も手出しも無用と告げている。司書がどこに泣きついたとしても、協会は調査を許可しない。司書の精霊にも、後でよく言い聞かせて・・・・・・おこう」
 さらりとキーは言う。
 ああ、この人は本当に幻級なのだなと、キロヒは心の底から恐ろしく思った。
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