精霊士養成学園の四義姉妹

霧島まるは

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104.キロヒ、冬同士の寒風に震える

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「連絡板か。分かった、何対ほしい?」
 イミルルセは、ニヂロにお金を払わなくて済んだ。
 さすがは幻級精霊士キーである。指輪からあっさりと、連絡板を取り出したのである。しかも、山ほど。
 秘密の図書室の三日目。キーが学園にいられる最後の日でもあった。
 キロヒ、ニヂロ、クロヤハでそれぞれ五対ずつ受け取ることができた。ニヂロがしめしめと悪い顔をしながら、自分の指輪にしまったのを見て、キロヒは不満を覚えた。しかしあることに気づいて、その不満は霧散させることにした。
「兄さん二人に渡そう……父さんにはどうしよう……」
 クロヤハは家族との連絡を密にできることを喜んでいた。
「イミルルセ用と、もし南の海で会えたらニル先輩とエムーチェ先輩に一対あげようかと思います」
 キロヒも渡す相手を思い描いた。
「……」
 ニヂロは沈黙する。
 この連絡板は、人と人とをつなぐものだ。ニヂロはつなぐ相手を思い描けないでいる。
 しかしキロヒは、ニヂロに友達がいないということに対して優越感を覚えているわけではない。友人の少なさでは、キロヒもちょっとマシくらいで、優越感など振りかざせるはずがない。
 そこではなく。
「アタシは……売るぜ」
 五対もくれたキーの前で、堂々と売る宣言。いや、それはさすがに礼儀としてどうなのかと、キロヒは表情を曇らせた。だがニヂロのその思考こそが、一番の問題であることにまだ気づいていない。
「え……」と、クロヤハが眉を顰める。
「別にいいだろ。アタシがもらったものなんだから」
「いや、いいんだけど……これ精霊士しか使えないよ? それに精霊士が欲しい時は、協会に申請すれば普通の価格で手に入ると思う」
「あ……」
 クロヤハの冷静で丁寧な解説に、ニヂロは顔をひん曲げた。
 そうなのだ。これはまだ初期型の連絡板。無級精霊に協力させられる、中級以上しか使えないようになっている。
 キーは三人のやりとりを横目に、本棚から興味のある本を抜き出して、無言でぱらぱらとめくっていた。この話には興味がないようだ。
「一般人が使うには、励起れいき用の基礎具をつけないと駄目だと思うよ」
 元々精霊具に興味を持っていたクロヤハの方が、この辺りは詳しい。一般人用の基礎具の勉強は、秋の休暇明けからとなっている。いまのキロヒたちでは、どうにもできない。
 励起用の基礎具は、授業でひとつずつ配られる予定はある。本来は協会で購入しなければならない。そして一般人用の精霊具の権利は、高めに設定されている。更に学生が勝手に、精霊具を売ることはできない。励起用の基礎具も売ってくれない。
 ニヂロは八方ふさがりだった。
 知り合いの精霊士とのやりとりには、この上なく便利なものではある。これがもっと改善され使いやすくなって一般人に販売されるようになったならば、商人を中心に飛ぶように売れるだろう。
 手に入れた精霊具が、まだ限定的な能力であることに気づき、ニヂロのそれを見る目が価値を下げていくのがありありと分かった。

「大変興味深い図書室だった」
 キーは大きく頷きながらも、名残惜しそうに謎精霊の亜霊域器を見た。
「あの亜霊域器を作るんですか?」
「作る。少し入るくらいなら問題ない。それに、内側から精霊の意思で出られるようにすればいい」
 クロヤハの問いに、キーはあっさりと答える。
「幻級精霊で、いきなり試験するのは危ないだろ?」
 ニヂロが実験台になりたそうに、うずうずしている。上級の自分が実験台になるという意思表示をしたいのだろう。
「そうだ。もし何かあった時のために、確実に協力させられる上級で実験するのが一番いい」
「いつでもいいぜ。秘密も守る」
 幻級と上級の冬組が、手を組みそうな気配がする。あまり組ませたくない二人だと、キロヒは思った。
「だが……私はニヂロを選ばない」
「なっ」
 しかし、キーはニヂロの手を払う。これにはキロヒも驚いた。
「ニヂロの最優先は、金を稼ぐことだろう。私の目的は、知的好奇心の満足だ。向いている方向が違いすぎる。この違いは後々大きくなっていく」
「強くなれば金も稼げるだろ?」
「私が作る亜霊域器は、幻級精霊士を目指させるための道具にはしない、と言っている」
「金儲けがそんなに悪いのかよ」
「いい、悪いではない。向いている方向が違うと言っている。君は、私がこれから作る亜霊域器が高く売れるとしたらどうする? 君の精霊具の技術が上がって、自分でも作れるようになったらどうする? 作って売らずにいられるのか?」
「……」
 キーとニヂロのやりとりは、互いにとても冷たい。冬の人間同士の会話は、こうなってしまうのだろうかと不安になってしまう。
 キロヒがこんなことを言われた日には、三日は落ち込みそうだ。
「ニヂロが、これ以上この亜霊域器に絡むと、秘密を守るという約束と、作って売りたい金儲けの欲に板挟みになる。自分とは関係のないものだと、いまのうちに手を引け」
「……その亜霊域器の優先権を、あんたが持つっていう意味だよな、それ」
「そうだ」
 怖すぎて、キロヒは一歩引いた。
 キーは己の優位性で、自然にニヂロを下に見て話をしている。ニヂロはニヂロで、相手が上だと分かっていても、話に噛もうとしている。キーはニヂロを噛ませないことに決めたことによって、すさまじい軋轢が生まれていた。
 冬同士をぶつける危険性を、キロヒは目の当たりにしたのだった。
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