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117.キロヒ、手遅れを知る
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ユミが、自分の影とにらみ合っている。
キロヒの目からは、そうとしか見えない。人の友人ではない精霊は、相性のいい人にしか見えない。
探している間は出てこず、いざ帰ろうとしたら目の前に現れた精霊は、いま一体何を考えてユミを見ているのか。
「それとも本当に、影が私になり替わろうと思っているのですか? 影が? 私に?」
精霊に手ひどい言葉を投げかける。謎精霊の言葉が気にかかって、彼は影の精霊を探す気になった。その答えが知りたいのだろう。
影に言いながら、ユミはまるで自分自身に問いかけているかのようだ。従者が主に成り代われるのか、と。
「無理ですよ。分かっているでしょう。あなたは所詮、影なのです。影に生まれた自分を恨んでも影でいるしかないのです」
"その精霊は、何も言ってないわよ"
無情な謎精霊の一言。
ユミが精霊に自分を投影し、勝手に捏造していることを簡単に暴露される。
「本当にこんな、私の真似をするだけの精霊が、私にぴったりだと思うのですか?」
"そうね。私より息がぴったりに見えるわよ"
容赦のない謎精霊の言い様に、ユミは肩を落とす。
"精霊を馬鹿にしただけ、精霊も馬鹿にし返すわ。精霊を冷たくすれば、精霊も冷たくし返すわ。あなたにぴったりよ"
謎精霊は、意地が悪い言い方をする。わざとなのか、優しさの成分が不足しているのか、キロヒには判別できない。
「精霊に優しくすれば、精霊も優しさを返す、ということですよね?」
キロヒは小さく補足した。
「そんな対価の必要な優しさに意味はあるのですか?」
睨んでくる枯葉色の目。キロヒは、この少年は何を言っているのだろうかと首を傾げた。
「優しさって……タダじゃないですよ?」
「は?」
「自分に意地悪をし続ける人や、自分に冷たくし続ける人に、優しくしたいなんて思いません。タダでもいいから優しくしたい人は、信頼を積み重ねた実績のある相手くらいです」
「え……」
ユミが戸惑っている。優しさに夢を見過ぎているのか、それともエーキウが無償の優しさを注ぎ続けてくれているのか。苦労している割に、世界を憎んでいる割に、彼は優しさに甘い感情を抱いている。
「その精霊から見れば、ユミは最初から相手にしていなくて、いまも罵倒の言葉を投げ続けている人間になります。普通なら精霊の方から見切りをつけますよ。でも、まだそこにいるんですよね? 罵倒が気にならないのか……それとも、よほどユミのことを気に入っているのか……」
本当に相性が良いのだろうな、としかキロヒには分からない。
「……」
ユミは自分の前にある、長く黒い影を見つめている。
そして言った。
「シテカ……すぐ追いかけますから先に行ってください」
「分かった」
ユミには、静かな時間が必要なようだ。シテカが歩き始めたので、キロヒもそれに倣った。細い道に戻り、ゆっくり下り始める。
「ユミを他の精霊の友人にしても、よかったですか?」
キロヒは、ぼそりと謎精霊に問いかける。
"一番の友達は、一人だけだけれど、それ以外の友達は何人でも持てるわよ?"
声にならない部分で「キロヒみたいに」と言われた気がして、彼女は半目のまま「そうですね」と答えた。謎精霊のこういうところが、人間臭いと彼女は思う。
そのままシテカについて下っていたところ、しばらくして後方から足早に近づいてくる音が聞こえてきた。
キロヒが振り返ると、自分の影を踏むようにユミが近づいてきている。
彼が何も言わなかったので、キロヒも何も聞かなかった。シテカも自分から聞くような人ではない。
ただ、何も言わないということは──そういうことなんだろうなと、キロヒは思った。
それ以来、ユミは謎精霊に強い執着を見せることはなくなった。
「結局、あの子に決めましたか?」
"そうねぇ、相性はいままでで一番だとは思うのだけれど"
翌日、キロヒは謎精霊に決心のほどを問いかけた。一応、あの子がどこの誰であるかは、ヴェールの神官に確認をしていたので、授業がなくても会いに行くことはできる。
「何か引っかかりますか?」
"あの子、精霊に好かれる子だと思うのよ……私でなきゃいけないってことは、なさそうなのよね"
謎精霊の運命の出会いという観点では、少し弱いということか。
"そういう意味では、ユミは面白い人間だったわ"
「彼を二番目の友達にするんですか?」
"あら、二番目はキロヒよ?"
謎精霊の言葉に、キロヒは思わず頬を緩める。二番目の友達認定に慣れてくると、キロヒも少し楽しくなってきた。
キロヒだって精霊の一番はクルリだ。それは変わらない。謎精霊が二番目の友達と言う時、キロヒもまた二番目の友達と言ってもいいのだと気楽に受け止められる。
"ユミの精霊ともつながりたいわ。学園に連れてこれない?"
「後でキー先生に聞いてみますね。その前に、もう一回あの子に会いに行きませんか? 相性がとてもいいのなら、あなたが友達になってもいいんですから」
"そうねぇ"
曖昧な反応を見せる謎精霊を連れて、キロヒはあの女の子が住むという、霊山の南東部の農村地帯に向かうことにした。
「ああ、うちの子かい……うちの子なら、その辺に」
「おかーさーん」
小さなあの子が、駆けてくる。嬉しそうに両腕を大きく上に伸ばしながら。
「どうしたんだい?」
「あのね、あのね、せーれーのともだち、できたーー!」
「それは、よかったね」
母子のなごやかな会話を聞きながら、キロヒは作り笑顔で一歩下がることになる。
"あら、手遅れだったわ"
まるで残念ではなさそうに、謎精霊はそう言ったのだった。
キロヒの目からは、そうとしか見えない。人の友人ではない精霊は、相性のいい人にしか見えない。
探している間は出てこず、いざ帰ろうとしたら目の前に現れた精霊は、いま一体何を考えてユミを見ているのか。
「それとも本当に、影が私になり替わろうと思っているのですか? 影が? 私に?」
精霊に手ひどい言葉を投げかける。謎精霊の言葉が気にかかって、彼は影の精霊を探す気になった。その答えが知りたいのだろう。
影に言いながら、ユミはまるで自分自身に問いかけているかのようだ。従者が主に成り代われるのか、と。
「無理ですよ。分かっているでしょう。あなたは所詮、影なのです。影に生まれた自分を恨んでも影でいるしかないのです」
"その精霊は、何も言ってないわよ"
無情な謎精霊の一言。
ユミが精霊に自分を投影し、勝手に捏造していることを簡単に暴露される。
「本当にこんな、私の真似をするだけの精霊が、私にぴったりだと思うのですか?」
"そうね。私より息がぴったりに見えるわよ"
容赦のない謎精霊の言い様に、ユミは肩を落とす。
"精霊を馬鹿にしただけ、精霊も馬鹿にし返すわ。精霊を冷たくすれば、精霊も冷たくし返すわ。あなたにぴったりよ"
謎精霊は、意地が悪い言い方をする。わざとなのか、優しさの成分が不足しているのか、キロヒには判別できない。
「精霊に優しくすれば、精霊も優しさを返す、ということですよね?」
キロヒは小さく補足した。
「そんな対価の必要な優しさに意味はあるのですか?」
睨んでくる枯葉色の目。キロヒは、この少年は何を言っているのだろうかと首を傾げた。
「優しさって……タダじゃないですよ?」
「は?」
「自分に意地悪をし続ける人や、自分に冷たくし続ける人に、優しくしたいなんて思いません。タダでもいいから優しくしたい人は、信頼を積み重ねた実績のある相手くらいです」
「え……」
ユミが戸惑っている。優しさに夢を見過ぎているのか、それともエーキウが無償の優しさを注ぎ続けてくれているのか。苦労している割に、世界を憎んでいる割に、彼は優しさに甘い感情を抱いている。
「その精霊から見れば、ユミは最初から相手にしていなくて、いまも罵倒の言葉を投げ続けている人間になります。普通なら精霊の方から見切りをつけますよ。でも、まだそこにいるんですよね? 罵倒が気にならないのか……それとも、よほどユミのことを気に入っているのか……」
本当に相性が良いのだろうな、としかキロヒには分からない。
「……」
ユミは自分の前にある、長く黒い影を見つめている。
そして言った。
「シテカ……すぐ追いかけますから先に行ってください」
「分かった」
ユミには、静かな時間が必要なようだ。シテカが歩き始めたので、キロヒもそれに倣った。細い道に戻り、ゆっくり下り始める。
「ユミを他の精霊の友人にしても、よかったですか?」
キロヒは、ぼそりと謎精霊に問いかける。
"一番の友達は、一人だけだけれど、それ以外の友達は何人でも持てるわよ?"
声にならない部分で「キロヒみたいに」と言われた気がして、彼女は半目のまま「そうですね」と答えた。謎精霊のこういうところが、人間臭いと彼女は思う。
そのままシテカについて下っていたところ、しばらくして後方から足早に近づいてくる音が聞こえてきた。
キロヒが振り返ると、自分の影を踏むようにユミが近づいてきている。
彼が何も言わなかったので、キロヒも何も聞かなかった。シテカも自分から聞くような人ではない。
ただ、何も言わないということは──そういうことなんだろうなと、キロヒは思った。
それ以来、ユミは謎精霊に強い執着を見せることはなくなった。
「結局、あの子に決めましたか?」
"そうねぇ、相性はいままでで一番だとは思うのだけれど"
翌日、キロヒは謎精霊に決心のほどを問いかけた。一応、あの子がどこの誰であるかは、ヴェールの神官に確認をしていたので、授業がなくても会いに行くことはできる。
「何か引っかかりますか?」
"あの子、精霊に好かれる子だと思うのよ……私でなきゃいけないってことは、なさそうなのよね"
謎精霊の運命の出会いという観点では、少し弱いということか。
"そういう意味では、ユミは面白い人間だったわ"
「彼を二番目の友達にするんですか?」
"あら、二番目はキロヒよ?"
謎精霊の言葉に、キロヒは思わず頬を緩める。二番目の友達認定に慣れてくると、キロヒも少し楽しくなってきた。
キロヒだって精霊の一番はクルリだ。それは変わらない。謎精霊が二番目の友達と言う時、キロヒもまた二番目の友達と言ってもいいのだと気楽に受け止められる。
"ユミの精霊ともつながりたいわ。学園に連れてこれない?"
「後でキー先生に聞いてみますね。その前に、もう一回あの子に会いに行きませんか? 相性がとてもいいのなら、あなたが友達になってもいいんですから」
"そうねぇ"
曖昧な反応を見せる謎精霊を連れて、キロヒはあの女の子が住むという、霊山の南東部の農村地帯に向かうことにした。
「ああ、うちの子かい……うちの子なら、その辺に」
「おかーさーん」
小さなあの子が、駆けてくる。嬉しそうに両腕を大きく上に伸ばしながら。
「どうしたんだい?」
「あのね、あのね、せーれーのともだち、できたーー!」
「それは、よかったね」
母子のなごやかな会話を聞きながら、キロヒは作り笑顔で一歩下がることになる。
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