精霊士養成学園の四義姉妹

霧島まるは

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120.キロヒ、草履をもらう

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「暑い……」
 ゴゴの外に出たキロヒは、太陽の色から違う景色に天を仰いだ。
 太陽が、黄色い。
 南部の港についた彼女が、最初に感じたのがそれだ。
 ここまで秋の季節の中にいたため、太陽の力で無理やり夏に引き戻された気がする。
 とても制服の上着を着ていられなかったキロヒは、ベスト姿になり上着を指輪にしまう。キーも既に上着はない。シテカ狩人に至ってはベストもしまい終わっている。
 ユミ従者は暑いとも言わず、上着を脱ぐ気配もない。我慢強さは、従者という職業も関係しているのだろうか。

 ここに来る前に、一度学園に寄った。ユミと謎精霊の本体を引き合わせるためだ。キーの権限を使ってユミは学園内に入り、図書室へとたどりつく。更に奥の秘密の図書室への驚きが冷めやらないまま、黄色い葉を茂らせる亜霊域器の中の木と出会う。
 あっという間に、ユミの友人である影の精霊が中に引きずり込まれ、あっさりと戻された。亜霊域器の中の謎精霊にも、影の精霊にも変化は見えない。おそらくどちらも影の部分に何か手を加えられているのだろうが、傍目からは判別ができなかった。
 こうして、あまりにあっけなくユミと謎精霊の友人の儀が終わった。
 そしてついに、南で休暇──の前の、魔物狩りである。

 いまキロヒの目の前にあるのは、おそらく精霊士協会グレバ
 おそらくというのは、キロヒがこれまでに見た協会の建物とは、一線を画していたから。
 石の柱と屋根しかない建物だからだ。壁や扉はどこへいったのだろうかと、キロヒはその開放的という言葉が似合いすぎる建物を、茫然と見つめていた。
 出入りする人たちもほとんどが半袖か、袖すらない服。下もひざ丈まであればいい方だ。そして靴ではない。鼻緒のついた開放的な草履ぞうりだ。むしろ裸足の人もいる。この地域では、きっと靴下の売り上げは見込めないだろうと、キロヒはぼんやりと考えていた。
「重要な施設は地下にありますよ」
 キロヒが何度も何度も協会を見つめ直しているので、ユミが説明を入れてくれた。
「地下?」
「はい、南部は嵐も多いですから。魔物が原因の嵐が起きることもあります」
 キロヒは、サーポクが嵐で飛ばされた話を思い出した。人間が転がされるくらい強い風が吹くのだろう。
 学園の授業で、海の魔物の多さと厄介さは学んでいる。しかし、あくまでも机上の知識として、だ。
 嵐を起こすような魔物と戦わされませんようにと、キロヒは心の中で祈った。
「受付をしてくるように」
 キーに促され、キロヒとシテカは開放的な協会の受付へと向かった。今回は、キーは入ってこないようだ。
「そんな靴で浜にいったら、砂だらけになって歩けないわよ」
 学園の生徒で、休暇と課題のために来たことなどを説明していると、受付の女性に内容よりも格好の心配をされてしまう。
「協会は草履の提供もしているからどうぞ」
 差し出されたのは、草で編まれた鼻緒の草履。聞けば、職員が手の空いた時に作っているという。この地方では、子供の頃に自分の草履は自分で作るのが当たり前と聞かされて、地域柄だと感心した。
「もう一足ほしい」
 シテカが言って、追加をもらっていた。おそらくユミの分だ。
「あの……特級キムニルは、こちらで連絡取れますか?」
 キロヒはここで、受付に卒業生について尋ねることにした。
「はい、取れますよ。いまは哨戒しょうかい中なので、戻りは夕方ですね。伝言を受け付けましょうか?」
「あ、では……ええと、特級キムニルに、とりあえずこれを渡してもらえますか? キロヒから、夜に連絡入れますと言えば、伝わると思います」
「あら、連絡板ね、これ」
 さすが協会の受付である。差し出したそれを受け取り、裏に表に見ながらすぐにそう言った。
「学生が、よくこれを手に入れられたわね。伝手でもあるの? うちも希望を出してるのに、全然入ってこないから困ってるのよ」
 うらやまし気に連絡板を揺らされ、キロヒはどきりとした。
「入ってこないんですか?」
「『双子の光陰』が、引っ張りだこすぎるのよ。光陰兄妹、いまは寝る暇ないんじゃないかしら。ひたすら精霊を集める仕事をさせられてるみたいよ。励起器をお持ちの王侯貴族の方々から、研究者や開発者、精霊士協会の上の方だけでも取り合いになってて、一向に回ってこないの」
 受付の話に、キロヒは思わず「うわぁ」と小声で洩らした。珍しい精霊を集めることができるのは、すごいことではあるが、同時に大変なことにもなる。
 そんな入手の難しいものを、キーがぽんと五組ずつ配ったことを受付に洩らせば、衝撃で倒れてしまうかもしれない。キー以上に「上の方」の精霊士は少ないだろうから、彼が激戦を制して入手できるのは当たり前なのだろうが。
 少し申し訳ない気持ちになりながらも、キロヒは連絡板を預けて受付を離れた。
 とりあえずこれで、夜にはキムニルと連絡をつけられるようになるだろう。海の魔物と戦っているキムニルやエムーチェの話を聞ければ、戦いの対策も立てやすいだろう。
 それと。
 キロヒは指輪から、イミルルセとつながっている連絡板を出した。休暇に入って、二度ほど情報交換はしていた。島に無事についたのも分かっている。
 とりあえず、シテカといま南の港にいることと、キーに無茶な課題を出されたことを連絡した。
 キロヒは臆病だ。魔物と戦うのは、やったことはないがきっと苦手だと分かっている。だからこそ、限りなく安全に何とかしようと考えることはやめない。
「終わったか」
「何ですかそれは」
 協会の外で待っている二人のところに戻ると、シテカは草履をユミに差し出す。
「お前の分」
「はきませんよ?」
 やはり従者の装いを、彼は変更する気はないようだ。
 それにシテカは、首を傾げながらこう言った。
「死にたいのか?」
 現場の地形に合った姿でないと、最大限の力を発揮することが出来ずに、命に係わることがある──きっと、シテカはそう言いたかったのだろう。
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