希望の指輪

雨宮大智

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1 旅立ちの日

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 静かなピアノ曲を弾く。ピアノの調べは、朝の薄闇の中にかすかに灯る明かりのような光をもたらす。一音一音を重ねる度、夜が明けてゆく。やがて、すっかり明るくなった部屋で、私はピアノの椅子から立ち上がった。

 「マティ、本当に今日出発するの?」
 「今日に決めたのよ。私の『旅人の誓い』の出発日は」

 私はマティ。今日、旅に向かう「旅人」の一人だ。このルティア大陸には、「旅人の誓い」という習わしがあり、十六才を迎えた男女は親元を離れて旅に出るのだ。私も十六才を迎え、旅人となる資格を得たのだった。

 「お母さん、今まで私を育ててくれて、本当にありがとうございました。私は今日から、立派な旅人になりたいと思います」
 私は母の手を取って、レポク神に祈りを捧げた。
 「マティ、こんなに立派に育ってくれて、本当に嬉しいわ。貴女なら、きっと良い旅人になれますよ」
 母は涙を浮かべてそう告げた。私は頷き、薄明りの中、窓を見た。

 「もう支度をしなくては。急がないと出遅れてしまいます」

 私は幼い頃、父と別れ、母に育てられた。ピアノを弾き、唄うことが、私の全てだった。
 将来は、世界を巡ってピアノと唄で生きて行きたいと、小さな頃から思っていた。十才になる前には、聖堂にあるピアノを、よく弾かせてもらった。
 「まず、レポク神の聖堂に行き、出立の報告をしたいと思います」

 部屋の入り口で、目頭を押さえていた母を私は強く抱きしめた。
 「しばしの間の別れです。どうか、御身健やかに」
 「お母さんも」
 母は、首から下げた首飾りを外した。
 「これを持ってお行きなさい。我が家に代々伝わる首飾りです。きっと貴女を災いから守って下さるでしょう」
 「本当にありがとう、お母さん」
 私は首飾りを受け取った。そして道具入れの革袋に、それを収めた。

 気付くと辺りはすっかり明るくなっていた。赤い太陽の八月の朝は、もう始まったのだ。繰り返す朝と夜は、永遠に続く。私たちの生活の営みもまたそうだ。その中で、「旅人」の期間は特別な時間のひとつだった。
 「聖堂に行った後に、カフェ・ダイアリーに行くと良いわ。何か、旅の路銀となる仕事を見つけられるでしょう」
 「心得ました」
 「元気でね」
 「お母さんも」

 私は別れ際にそう云うと、朝の風の中へと身を翻した。
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