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魔法使いの流儀
74. 激しい温度差
しおりを挟む謁見の間のある建物を、大勢の兵士が取り囲んでいる。
別に血は流していない。これは下克上ではなく、ただの『説得』だからだ。フルーメン一派の正当性、それに味方する者の多さを見せつければ、おのずと反対派は大人しく引っ込んだ。
近衛騎士団長もフルーメン派の一人であり、カリタス伯の手による召喚術の道具をいくつか提供されていた。魔力はなくとも、魔石を消費すれば使えるものばかりであり、無能だが彼の所有している『本』だけは使えるとフルーメン達は評価していた。
それもあって、ますます誰も彼らに手を出せない。
「あとは、陛下に大人しくお出でいただくのみだ」
魔石はまだ残っている。大半を無駄に消費してしまったが、今ある分だけでも邪魔者の排除には事足りる。
せいぜい三~四日だ。王に英断を迫る使者を毎日向かわせ、閉ざされた扉の前で読み上げさせた。
そうして揺さぶりをかけていれば、遠からず陥落するだろう。
―――ところが。
「うまそうな食事の匂い……?」
四日目、その建物から食べ物の芳香が漂ってきたという。
「わしらを謀るか?」
「有り得ぬだろう」
「いえ、本当にそのような香りが建物の中から漂ってくるのです」
奇妙な報告に、フルーメン達も一応はその近くに行ってみた。
報告は嘘偽りなく、確かに中で何かの料理をしている。肉や魚の臭みを消し、食欲を増進させる香草も使われているようだ。
この国の食卓では、身分の上下に関わらず好んでそれが使われる。夕暮れ近くになれば、かまどに入れる薪と火、それからこの香草の積まれた厨房は、多くの民が思い浮かべる光景だった。
特に建物を囲んでいる兵士達には、お馴染みのイメージだろう。
「ばかな。あそこに備蓄などないはずだぞ」
「せいぜい三日、四日ももたぬであろうに」
「どういうことだ? 何をした?」
「……五日目には、飢えるはずだ」
そして五日目。―――今度は、笑い声が聞こえてきた。
それも、どんちゃん騒ぎだ。ほんの数人ではなく、大勢が楽しそうに騒ぐ声である。
兵士達は呆気にとられ、近衛騎士団長は屈辱で顔を真っ赤にしていた。中にいる者達は、自分達に恐れおののき、眠れぬ夜を過ごしているに違いないと思っていたのだから。
「フルーメン様、攻撃の許可をいただけませぬか」
近衛騎士団長が鼻息荒くそう求めるのに対し、フルーメン大臣は首を横に振った。
「……いや、待て。一日。あと一日、様子を見るのだ」
六日目も美味しそうな香りが辺りに漂い、楽しそうな声が響き渡っていた。
「うぬう……!?」
「あ奴ら、何をしておるのだ……?」
フルーメン達はとうとう、攻撃許可を出した。
渡り廊下で別の棟と繋がっている建物、その出入口は重厚な木製の扉だ。
斧を持った兵士達が近付き、一斉にその扉を破ろうと振り下ろしたが―――
「んっ?」
「なんだ……?」
まったく刃が沈まない。傷ひとつつかない。
音もおかしい。鈍くゴッ、ゴッ、とくぐもった音は、大岩か土塊を殴っているかのようだ。
しまいには、斧の刃が欠けた。
「鉄扉だったのか?」
「いや、木だろう、これは……」
その報告を受けたフルーメン大臣はしばし沈黙し、「火をもて」と言った。
「しっ、しかしっ、それはさすがにっ!?」
「構わぬ。用意せよ」
松明が準備され、青ざめた兵士達が震えながら建物に火をかけようとした。
―――燃えなかった。
どの部分に火を近付けても燃えない。焦げ跡ひとつつかない。その事実に一部の兵士達は、怯えつつもホッとしていた。
国王が中にいる建物を、文字通り火で焙れと命じられ、好きで実行する者などそうはいない。この時点でフルーメン達の『やりすぎ』は確定となった。もうどんなに言い逃れをしようと、それが通用することはない。
反対派の者が騒ぎ始めたが、それはカリタスの術式を持つ兵士達に黙らされた。彼らは不気味な怪物を召喚し、反対派をすべて王宮から追い出してしまった。
そして国王達が王宮内の建物で閉じこもっているように、今度はフルーメン一派により、王宮そのものを使った籠城が始まった。
「もはや後戻りはできぬ」
「ガーランドの若造めを、なんとしても引きずり出さねば……!」
引きずり出し、退位させ、自分達に至高の椅子を譲らせるのだ。もうそれしかない。
老人達の頭は、もはやそれだけで凝り固まっている。
これまで甘い汁を吸って来た者達も一蓮托生。
謁見の間の建物の破壊が幾度となく試みられたが、すべて失敗に終わった。換気口と思われる隙間から火や毒を流し込もうとしても、見えない壁でもあるかのように、まるで内部へ入っていかないのである。
そのくせ、楽しそうな笑い声が頻繁に聞こえ、食事時になれば美味しそうな香りが容赦なく襲ってくる。
籠城に巻き込まれた兵士達の間で、恐怖と不安、怒りが徐々に強まっていった。―――彼らの食事の制限が始まったのだ。そしてフルーメン達の食事の量が減るのは、最後の最後である。
下々の気分などどうでもいいフルーメン達は、七日目にして顔を突き合わせ、悔しげにうめいた。
「魔法使いどもだ……!」
「魔法使いどもが噛んでおるに違いない!」
「おのれ、どのような手を使ったのだ……!」
□ □ □
―――時は少し遡り。
国王達の籠城(?)生活四日目、悠真の料理は大好評だった。
《精霊公》のふるまう料理を食べさせてもらったと、後で自慢しよう―――そんな下心満載の者もいたが、実際に彼の作った煮込み料理はとてつもなく美味だった。
手間をかけた料理であればたいがい美味しく感じられる状態になっていたのもあるが、それを含めても良い出来栄えだったのだ。
「うまい……!」
「なんたる美味か……!」
「この、ほろりと崩れる肉がたまりませんのう……」
「おかわりたくさんありますからね~♪」
「も、もう一杯!」
「自分も、お願いします……!」
全員が大満足で床につき、翌朝、今度は悠真が「カードゲームの大会しませんか?」と提案した。
悠真の知っているルールには、この国にはないものが多くあったのだ。
まずは神経衰弱。―――この状況でこの言葉は使わないほうがいいと判断し、悠真は『精神集中』という名称に変えた。
それからババ抜き。
最後にポーカー。複雑なルールは悠真もよくわからないので、かなりシンプルなルールに変えて教えた。
大人数のほうがいいということで、まずは数名ずつのグループに分けて戦い、勝ち抜いた者が次のステージへ進む。
最後の優勝者決定戦は大盛り上がりだった。
「ストレートフラッシュ!」
「うわああっ!?」
「ええぇえ~っ!?」
「そんなあぁ~っ!」
「ほほほほほ!」
高らかに笑う王妃。なんと、三種すべてのゲームにおいて彼女がトップであった。
二番手は国王、三番手がエルヴェだった。
男達は別段、王妃に遠慮をしたわけではない。彼女が純粋に、恐るべきギャンブル運を発揮したのである。
神経衰弱あらため精神集中に関しても、純粋に記憶力だけが勝負なのではない。開けたことのないカードを最初に返す時、彼女はいきなり当たりを引き当ててしまうことが頻繁にあったのだ。
王妃は魔法が使えない。しかも今回のゲームに使われていたカードは魔法使いから提供されたもので、イカサマ封じが施されている。ゆえに魔法が使えようと、ズルはできない。
つまり、純然たる『運』の力。
これはいったいどういう力なのだろうか。
魔法使い達ですら、それを解明できてはいないらしい。
(……ジュールの奥さんも、こういう女の人を探したらいいんじゃないかな?)
思わぬ強者に呆然と拍手を送りつ、悠真はそんなことを思うのだった。
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