竜の毒

日村透

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3. 最後の忠告

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 遅くなりましたが2話目投稿します。

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「別の世界とはどういうものだ?」

 緊迫した空気をものともせず、言葉を発した者がいた。
 その声が誰のものなのか捜すまでもなく、全員の視線が一点に集中する。
 最も豪華な席に座る男は、驚くことに愉しげな笑みを唇に湛えていた。

 硬質な銀の髪と、寒々しい薄青うすあおの瞳。
 聖竜皇国の皇帝、リカルド・イグレシアスその人だった。
 まだ二十七歳の若さでありながら、冷酷さと情け容赦のなさで国内外を問わず名を知られている。

「陛下……」

 彼の傍に立つ竜教会の司教ギジェルモは、あえて危険に踏み込む悪癖持ちの皇帝をたしなめた。
 孫ほどに年の離れている皇帝を案じ、唯一諫言かんげんできるのがギジェルモだったが、皇帝が鼻で嗤って相手にしないのもいつものことだ。
 ロシータは感情の読めない目をリカルドに据え、特に腹を立てるでもなく答えた。

「私は聖竜により眷属と認められ、この身に聖印を宿しております」

 さすがのリカルドも目をみはった。と同時に、周囲がどよりと揺れる。

「聖竜……!?」
「眷属だって?」
「まさか……」

 聖竜皇国は国名の示す通り、竜をまつる国だ。
 ロシータの言葉が真実であるのなら、彼女の価値は計り知れない。
 周りの雑音を意に介さず、ロシータは続けた。

「いずれあなたにはお話しすることになるでしょう。ですが今は、を先に済ませますので少しお待ちください」
「私は気が短い。さっさと済ませろ」

 それには答えず、彼女はゆるりと断頭台から離れ、観覧席の一角に近付いて行った。
 そこにはレイエス子爵家の席と、バルガス伯爵家の席がある。

 父親であるはずのレイエス子爵、継母のカタリナは恐怖に顔を引きつらせていた。
 義妹いもうとパトリシアも怯えた顔で、隣席のダリオに抱きついている。
 ダリオはパトリシアの存在に己を奮起ふんきさせたか、彼女の華奢な肩をギュッと抱いて、もうひとりのロシータを睨み上げた。

 見守っていた人々の中に、下世話な興味が芽生えた。
 義姉の仕打ちに苦しむパトリシア。ダリオが彼女をなぐさめるうちに、二人は想い合うようになっていた。
 ロシータとの婚約が破棄された直後、当然のごとく彼らは婚約し直していたのだ。

 あれが真実ロシータであるならば、さぞかし気に食わないことだろう。
 聖竜の眷属というのは本当なのか。それを利用してあの二人に何かをする気なのか。
 ところが、観衆の予想は裏切られた。
 まず彼女は、己の父親であるレイエス子爵を見下ろした。

「……ろ、ロシー……」

 子爵は椅子から腰を浮かせそうになった。
 自分の娘と同じ顔、同じ声、髪色も何もかも同じなのに、上から下まで別人のロシータを前に、ただ目を大きく見開くことしかできない。

「この世界で私があなた方に話しかけるのは、これが最後です。絶縁の挨拶として、忠告を残しましょう」
「絶縁……忠告?」
「まずレイエス子爵。前妻ローサを亡くした直後、あなたが自己憐憫れんびんに浸って部屋に籠もったおかげで、放置されていた私は使用人達に連日虐められました」
「なっ……!?」
「それを知りもせず、呑気にパトリシアをローサの代わりとして可愛がっていたあなたには憎悪しかありません。今後は二度と関わらないでください」

 苛烈な言葉に、レイエス子爵の喉から喘鳴ぜんめいのような音が漏れた。
 観覧席からやや離れた場所には使用人達が立っている。そのうちの何人かが、顔色をなくして震え始めた。
 次にローサはダリオに目を向けた。

「ダリオ殿。あなたは私と婚約中にパトリシアと関係を持った上に、『運命の愛を見つけたのだ』と言いましたね。ですがそれはあなたにとってだけの運命であり、私の運命ではありません。他人が自分の運命を尊重してくれるなどと、子供じみた思い込みはおやめなさい。私にとっては無関係でしかなく、迷惑で一片の価値もありませんでしたよ」
「な……んだと!?」

 どこかで「ぷっ」と噴き出す音が聞こえた。
 一箇所だけでなく複数から嘲笑が上がり、ダリオは顔を真っ赤にして声の出元を探す。
 それも無視して、次にロシータは義妹パトリシアと目を合わせた。
 真っ青になって恐怖に震える、愛らしい令嬢。よほど審美眼のおかしい者でなくば、彼女を美しいと評すことだろう。

「パトリシア。あなたはダリオと婚約したのでしょう」
「お、お義姉ねえ様……お許しを……!」
「茶番に興味はありません。それよりダリオと結婚するのならば、心に刻んでおきなさい。十年もすれば別の若い女性に奪われるかもしれないと。結婚前によくよく準備し、この男の動向を注視しておくことです」

 パトリシアはぎょっとし、ぱかりと口を開けっぱなしになった。

「私がパトリシアを裏切るなど、そのようなことがあるものか!」

 ダリオが顔を真っ赤にして否定するも、説得力はなかった。既に彼はロシータより若い義妹と浮気し、婚約者を変えるというを作ってしまっている。
 最後にロシータは継母カタリナに目をやった。
 不安そうに揺らぐ瞳に、ロシータは同情の欠片かけらもなく告げた。

「あなたにはパトリシアと同じ忠告を。奪えば奪った分だけ、奪われる危険があると心得なさい。それが嫌ならば、誠実に生きることです」

 心当たりがあったのか、ひるむカタリナにロシータは付け加える。

「もう遅いかもしれませんがね」


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