10 / 23
10. 欲しい宝の姿とは
しおりを挟む事態が三日で大きく動くことなどそうそうない。
レイエス子爵家の令嬢パトリシアと、若きバルガス伯爵のダリオは、相変わらず婚約者として仲睦まじく過ごしている。
ただし、以前より多少は周囲の視線が気になるようだ。
「どうせそれも今だけだろうがな。子供はすぐに周りが見えなくなる」
リカルドは冷笑を浮かべた。
あの二家があちこちで話題になり始めた頃も、彼は子供のままごと遊びと一笑に付した。義妹が義姉の婚約者と道ならぬ恋に落ちた、それを美しい恋物語だと美化して語る者の神経を疑う。
(子供のままごと遊びでなくば、単なるドロドロとした略奪物語でしかなかろうに。家の都合も何も関係ない、これは純粋な愛だと本気でほざいているならば、貴族などやめてしまえ)
その家に生まれた者の責任を理解できないのは幼児だけだ。レイエス家の長女ロシータは義妹につらく当たっていたともっぱらの噂だったが、むしろ周囲は何故ロシータの味方をしないのかと、リカルドは不思議に思ったことさえある。
第一、パトリシアは愛人の子ではなく後妻の子だ。ロシータが長男だったならまだしも、同じ娘であるのなら、不利になるのは後妻ではなく前妻の子ではないか。
平民しかいない子爵家の使用人も、令嬢の母親の身分になどこだわらないだろう。
レイエス子爵家の長女は人の情を介さぬ魔女、いつの間にかそれが事実として語られるようになってからも、リカルドはそれを話半分にしか聞いていなかった。
そして、ほとんど興味を持つこともなかった。
下位貴族の家庭の事情、それも国政にどう関与するでもない内輪もめなど、皇帝がいちいち気にしてやることではないのだから。
もう一人のロシータは、三日目に突入してもまだ皇宮内で姿を見せている。
つまり彼女はまだ、探し物を発見できていない。
夜中も歩き回っているらしく、眠っている姿を見かけた者はいなかった。だから誰もが、竜の眷属は睡眠も不要なのだと判断した。
リカルドを除いて。
(あれは眠る間も惜しんで探しているだけだ。飲まず食わず眠らずで歩き回り、三日も保てばたいしたものであろうよ)
そのうちどこかで倒れている報告が入るのではないか。
リカルドから漂うピリピリとした苛立ちを、周囲は単なる不機嫌と捉え、八つ当たりを恐れてなるべく目を伏せていた。
(私も探したほうがいいか。だが、『石』とはどんなものだ?)
そこで不意に、リカルドの中に「本当に石なのだろうか」と疑問が生じた。
ロシータは警戒心が強い。父親の愛情を利用して我が儘放題だったという噂に反し、あのロシータはレイエス子爵に痛烈な言葉と視線を送った。
『あなたが自己憐憫に浸って部屋に籠もったおかげで、放置されていた私は使用人達に連日虐められました。それを知りもせず、呑気にパトリシアをローサの代わりとして可愛がっていたあなたには憎悪しかありません』
彼女はレイエス子爵を憎んでいる。
それだけでなく、何も知らずに自分を追い詰めた周囲のすべてを憎んでいるはずだ。
誰も信用できず、だから多くを語らない。
処刑場を囲んでいた見物客に愛想よく笑顔を振りまいて以降は、にこりとも笑わなかった。
(気に入らんな。その他大勢には気前よく笑顔を見せてやりながら、何故私には笑わない? ギジェルモの奴の長話に付き合ってやっていたそうだが、よもや嘲笑だの呆れ笑いだのを見せてやってはいまいな。私にも見せんというのに)
第三者が耳にしたら奇妙な顔になるであろうことを考えながら、リカルドはロシータの思考を追う。
自分がもし竜の眷属であり、別世界へ何かを探しに行ったとするならば、それについて詳しく語るのは避けそうだった。もし正直に話したら、先にそれを入手しようとする者がきっと出てくる。
その者は大抵、好意よりも悪意を持つ者だ。
(『欲しい』と伝えて入手するまでに、多少の時間を要する物。通常であれば入手が困難な物。あの時、私の周りには私以外の者が何人もいた。もしロシータの欲する物が、実はこの世界でも価値ある物であったなら、あの者どもはぎりぎりまで取引の材料にせよと進言してくるだろう)
そしてリカルド自身、自分がそうしていた可能性を否定できなかった。
進言を聞き入れたからではない。竜の眷属という不思議な存在ともっと遊びたい、そんな欲求で彼女を焦らす己の姿が容易に想像できた。
そうしているうちに、彼女の限界が来る。
何でも揶揄いたがる自分の性質は以前から自覚しており、反省などしたこともないが、リカルドは少々バツの悪い気分になった。
(『石』の姿をしているとは限らん。案外、ごく普通の宝が欲しいのやも……となれば)
宝ときたら、宝物庫だ。あそこには大量の貴重な宝がある。
一部を除き何百年も死蔵しており、何が置いてあるのやらリカルドもさっぱりだ。
仮にロシータの目的がその中のどれかであるのなら、どうやって入るつもりだろう。強引に力で押し入るか?
別にそうであってもリカルドは気にしないが、ほかの連中がまたうるさく騒ぎそうだった。
(ふむ……)
手元の書類に目を落とすふりで思案する。
(午後、ギジェルモの奴がいない時間は……)
269
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる