1 / 25
Alea jacta est
1話
しおりを挟む
無機質なコンテナのような。それでいて護送車のような。そんな冷たく暗い質感の空間に、女性の温度を感じない淡白な声が反響する。
「んー、あなたが殺した人数は、と……二人ですか。じゃあ、適当にその箱の中にある銃をひとつ、好きなの持っていってください」
雑にただ、タブレットに映し出された決定事項を読む。表情だけはコロコロと変わる。ワッフルニット素材の着心地の良さそうな黒いワンピースタイプの……制服? を着込んだその人物は指示を出している。
その声に黒髪の男は目を覚ました。壁沿いの長イスに座っている。
「……」
どこだろう、ここは。それが最初の思考。最後の記憶は、なんだかとても曖昧で。数年前や数日前の記憶は思い出せるのに、数時間前のことが思い出せない。たぶん、眠っていたのは数時間か、もうちょっとか。十数時間、かもしれない。腹はそんなに空いていない。
ついに執行されたか、なんてことはなさそう。ようやく。安心して、終われると思ったのに。生きながらえてしまっていることに後悔と申し訳なさを感じずに済むと思ったのに。
「あぁ、早くしてもらえます? あとがつっかえてるんですよ。ただでさえしょうもない殺人鬼達なわけですから。こちらとしてもさっさと受け取って、んでさっさと死ににいってもらいたいわけです。アンダスタン?」
言葉遣いは多少は丁寧だが、完全にバカにしているような女性の声色。イライラとしているのがよくわかる。
その目の前には、頭ひとつぶんは高い身長の猫背の男。圧をかけながら睨みつける。
「なんだお前。つかどこだここ」
起きてなんの説明もないまま、女性に指示されたことに立腹。ジロッと見渡すが、なんの解決にもならない。ほんの少し入ってくる外の明るさ。少なくとも夜ではなさそう。
しかし女性は臆することなく、再度タブレットを凝視。目は合わせない。合わせる価値もない、とでも言うように。
「私はただの受付係です。なのでマニュアル通りに進めているだけです。文句は私ではなく上に言ってください、No.829さん」
「あ?」
数字で呼ばれたことに猫背は困惑。しかし左の胸元にはその数字の書かれたシールが貼られている。『ショーシャンクの空に』みたいだな、となにやら不機嫌の度合いが増す。
ひと通り資料を読み終わった受付が、ここでようやく見交わす。そこには侮蔑の色。
「あなた、結構オラついてるわりにあんま殺ってないんですね。早くそこの箱から好きなの持っていってください」
鼻であしらう。時間がないから。早く。こんなのに時間使いたくない。と、明らかに嫌気がさしている。
が、猫背としてはその、箱から持っていけという指示が気に食わないわけで。
「だからなんなんだよ一体。説明しろよ、なんだよこれ、おい」
激しく叱責するように。そこに同じく居合わせた人物達にも罵声を浴びせる。女性と自分と。あと三人の合計五人、この場にいる。なんだ? どういう関係?
なんの反応も、誰ひとりとして返さない。それもそのはず、全員今の状況がわかっていないから。説明できることなどなにもないから。なので見守るしかできない。
ただただ喚き散らかす。それも仕方ないのかもしれない、と一割くらいは理解を示しつつも受付は冷淡に言い放つ。
「あなたに殺された二人へは、理由をちゃんと説明してから殺したんですか? そうは見えないなぁ」
終わり際に少々侮蔑の笑み。それが猫背の怒りにガソリンを注ぐ。
「ムカつくなお前」
男女平等、とは言いつつもなんだかんだで女性を殴るつもりはない。が、多少は痛い目を見ないとこういうヤツは変な勘違いをしたまま月日を重ねる。そう、これは教育、教育なんだ、などと長ったらしいことを考えていた矢先。
深く受付はため息を吐く。
「知ってます? 野菜とか果物とか。ちゃんと間引かないと一個一個の味が悪かったり、小さくなっちゃったりするんですよ。だから可哀想ですけど」
「あ?」
と、猫背の眉間に皺が寄った次の瞬間。には、発砲音と共に頭蓋骨に穴が空いた。ゆっくり。ゆっくりと時間をかけて倒れ込むと、赤い水たまりが形成されていく。
「ワォ」
無言を貫いていた三人のうちひとり、若い女性の驚きの声が上がった。だがそれは恐怖に染まったものではなく、どちらかというとワクワクとした歓喜に近く。というのもさっきから猫背がうるさかったから。いい気味、とさえ。
猫背の風通しのよくなった頭。を、足蹴にして受付は満面の笑みを浮かべる。
「でもあなたに価値はありました。たまにあるんですよ、誰も刃向かってこなかったり、逆にほぼ全員詰め寄ってきたり。バランスですよね、こういうほうが話が早く進む。あなたひとりというのはとても効率的。あ、そうだ」
と、思い返すともう二発心臓付近に。猫背の体が小さく弾む。
「一発では死んでないかもしれませんので、二発三発と多めに撃ったほうがいいと私は思います。あくまで個人的なものですけど」
なんかの漫画で読んだ。頭蓋は硬く、銃弾を跳ね返すこともある、という。やはり役に立つ。
「んー、あなたが殺した人数は、と……二人ですか。じゃあ、適当にその箱の中にある銃をひとつ、好きなの持っていってください」
雑にただ、タブレットに映し出された決定事項を読む。表情だけはコロコロと変わる。ワッフルニット素材の着心地の良さそうな黒いワンピースタイプの……制服? を着込んだその人物は指示を出している。
その声に黒髪の男は目を覚ました。壁沿いの長イスに座っている。
「……」
どこだろう、ここは。それが最初の思考。最後の記憶は、なんだかとても曖昧で。数年前や数日前の記憶は思い出せるのに、数時間前のことが思い出せない。たぶん、眠っていたのは数時間か、もうちょっとか。十数時間、かもしれない。腹はそんなに空いていない。
ついに執行されたか、なんてことはなさそう。ようやく。安心して、終われると思ったのに。生きながらえてしまっていることに後悔と申し訳なさを感じずに済むと思ったのに。
「あぁ、早くしてもらえます? あとがつっかえてるんですよ。ただでさえしょうもない殺人鬼達なわけですから。こちらとしてもさっさと受け取って、んでさっさと死ににいってもらいたいわけです。アンダスタン?」
言葉遣いは多少は丁寧だが、完全にバカにしているような女性の声色。イライラとしているのがよくわかる。
その目の前には、頭ひとつぶんは高い身長の猫背の男。圧をかけながら睨みつける。
「なんだお前。つかどこだここ」
起きてなんの説明もないまま、女性に指示されたことに立腹。ジロッと見渡すが、なんの解決にもならない。ほんの少し入ってくる外の明るさ。少なくとも夜ではなさそう。
しかし女性は臆することなく、再度タブレットを凝視。目は合わせない。合わせる価値もない、とでも言うように。
「私はただの受付係です。なのでマニュアル通りに進めているだけです。文句は私ではなく上に言ってください、No.829さん」
「あ?」
数字で呼ばれたことに猫背は困惑。しかし左の胸元にはその数字の書かれたシールが貼られている。『ショーシャンクの空に』みたいだな、となにやら不機嫌の度合いが増す。
ひと通り資料を読み終わった受付が、ここでようやく見交わす。そこには侮蔑の色。
「あなた、結構オラついてるわりにあんま殺ってないんですね。早くそこの箱から好きなの持っていってください」
鼻であしらう。時間がないから。早く。こんなのに時間使いたくない。と、明らかに嫌気がさしている。
が、猫背としてはその、箱から持っていけという指示が気に食わないわけで。
「だからなんなんだよ一体。説明しろよ、なんだよこれ、おい」
激しく叱責するように。そこに同じく居合わせた人物達にも罵声を浴びせる。女性と自分と。あと三人の合計五人、この場にいる。なんだ? どういう関係?
なんの反応も、誰ひとりとして返さない。それもそのはず、全員今の状況がわかっていないから。説明できることなどなにもないから。なので見守るしかできない。
ただただ喚き散らかす。それも仕方ないのかもしれない、と一割くらいは理解を示しつつも受付は冷淡に言い放つ。
「あなたに殺された二人へは、理由をちゃんと説明してから殺したんですか? そうは見えないなぁ」
終わり際に少々侮蔑の笑み。それが猫背の怒りにガソリンを注ぐ。
「ムカつくなお前」
男女平等、とは言いつつもなんだかんだで女性を殴るつもりはない。が、多少は痛い目を見ないとこういうヤツは変な勘違いをしたまま月日を重ねる。そう、これは教育、教育なんだ、などと長ったらしいことを考えていた矢先。
深く受付はため息を吐く。
「知ってます? 野菜とか果物とか。ちゃんと間引かないと一個一個の味が悪かったり、小さくなっちゃったりするんですよ。だから可哀想ですけど」
「あ?」
と、猫背の眉間に皺が寄った次の瞬間。には、発砲音と共に頭蓋骨に穴が空いた。ゆっくり。ゆっくりと時間をかけて倒れ込むと、赤い水たまりが形成されていく。
「ワォ」
無言を貫いていた三人のうちひとり、若い女性の驚きの声が上がった。だがそれは恐怖に染まったものではなく、どちらかというとワクワクとした歓喜に近く。というのもさっきから猫背がうるさかったから。いい気味、とさえ。
猫背の風通しのよくなった頭。を、足蹴にして受付は満面の笑みを浮かべる。
「でもあなたに価値はありました。たまにあるんですよ、誰も刃向かってこなかったり、逆にほぼ全員詰め寄ってきたり。バランスですよね、こういうほうが話が早く進む。あなたひとりというのはとても効率的。あ、そうだ」
と、思い返すともう二発心臓付近に。猫背の体が小さく弾む。
「一発では死んでないかもしれませんので、二発三発と多めに撃ったほうがいいと私は思います。あくまで個人的なものですけど」
なんかの漫画で読んだ。頭蓋は硬く、銃弾を跳ね返すこともある、という。やはり役に立つ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる