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第三十五話:ヤマネと体内時計の話 (1/3)
しおりを挟む「雪山ブリザード団」が、本当の意味で「ねこまんま厨房見習い」になってから、数日が過ぎた。
俺の小さな食堂には、奇妙で、しかし、どこか微笑ましい活気が生まれていた。
「親方!薪、割っときました!」
「親方!水汲み、完了であります!」
「親方…!ニンジンの飾り切り、見てください…!」
**ザック、ゴル、リル**の三人は、見違えるように、目を輝かせながら、厨房の仕事に打ち込んでいた。そのエネルギーは、もう、誰かを困らせるためではなく、誰かを喜ばせるために、まっすぐに向けられていた。
その日、俺は、三人に、日課となっている森の奥への薪集めを言いつけた。
「いいか、お前ら。最近、森の奥は雪解けでぬかるんでる。道草食うのもいいが、足元だけは気をつけろよ」
「「「はい、親方!!!」」」
三人が、元気よく店を飛び出していく。その、あまりにも頼もしくなった背中を見送りながら、俺、仏田武(ぶつだたけし)こと**ぶっさん**は、一人、静かに茶をすすっていた。
(…もう、「ちゃんと、やれるかねえ」なんて心配は、野暮ってもんだな)
---
森の奥、雪深い木々の間で、三人の見習いたちは、懸命に薪を集めていた。
全ての薪を束ね終え、店への帰路につこうとした、その時だった。
リルが、ふと、足を止めた。
「…待って、リーダー。なんだか、あそこの木の根元から、悲しい気配がする…」
ザックとゴルが、リルの指さす方を見る。
そこには、大きな木の根元に掘られた、小さな巣穴があった。そして、その入り口で、何匹かの、小さな生き物たちが、身を寄せ合い、弱々しく震えている。
それは、月光**ヤマネ**の一家だった。
本来であれば、真珠のように輝くはずの毛皮は、くすんで輝きを失い、その体は、冬ごもり前とは思えないほど、痩せこけている。そして、その瞳には、深い疲労と、**消えそうなほどの、か弱い光**しか宿っていなかった。
弱々しいヤマネたちを見た瞬間、リーダーであるザックの脳裏に、あの、甘ったるい匂いと共に泡を吹いて倒れたキノコ人の姿が、悪夢のようにフラッシュバックする。
(ダメだ…!俺たちが、また、勝手なことをして、失敗したら…?今度こそ、取り返しのつかないことに…!)
恐怖が、彼の体を、再び、鉛のように固くする。
その、震えるリーダーの肩を、そっと、リルが叩いた。「…リーダー、一人じゃないよ」
ゴルが、黙って、ザックの背中に、そっと手を置いた。「…親方が、いる」
仲間たちの、無言の、しかし、温かい励まし。そうだ、俺たちはもう、独りじゃない。
ザックは、意を決して、父親ヤマネに向き直った。
「…分かった。**親方に、見てもらおう**。俺たちだけじゃ、まだ、何も分からねえ。だけど、親方なら、きっと、あんたたちを助けてくれるはずだ」
それは、彼の、リーダーとしての、初めての、そして、**最高の判断**だった。
その日、三人の厨房見習いは、初めて、自分たちの意思で、助けを求める客を、気まぐれ食堂ねこまんまへと、案内した。
店に戻った俺は、やつれたヤマネの一家と、そして、緊張で顔をこわばらせている見習いたちの姿を見て、一瞬で、全てを察した。
《…お助けください…。我々、ヤマネ一族は、冬の間、春が来るまで、長き眠りにつくのが習わし。しかし、今年は、どういうわけか、一族の誰も、**深く眠ることができぬ**のです…》
父親ヤマネの、あまりにも切実な悩みに、三人の見習いたちは、ただ、俯いていた。
俺は、そんな彼らに向かって、静かに、しかし、温かい声で語りかけた。
「いいか、お前ら。キノコ人の一件で、お前らは、知ったかぶりの暴走が、どれだけ危険かを知った。それは、大きな学びだ。だがな…」
ぶっさんは、一度、言葉を切ると、動けないでいる三人の瞳を、まっすぐに見つめた。
「…その失敗を恐れるあまり、今度は、目の前で助けを求めてる奴を見捨てて、ただ突っ立ってるだけか?猪突猛進の猪から、ただの案山子(かかし)になっただけじゃねえか。それも、料理人としては、同じくらい失格だ」
「大事なのは、突っ走ることでも、立ち止まることでもねえ。よく観察し、仲間と相談し、そして、自分にできることと、できないことの**境界線**を、ちゃんと見極めることだ。今日の、お前らの判断は、**満点だ。最高の『初仕事』**だったぜ」
俺の、手放しの承認の言葉に、三人の瞳に、驚きと、そして、安堵の光が宿った。
俺はニヤリと笑うと、ヤマネたちと、そして、誇らしげに見習いたちに向かって、力強く宣言した。
「よし、お前ら!今日の授業の第三部は、実践だ!あの家族に、最高の眠りをプレゼントするための、**『安眠トリプトファン鍋』**を、全員で作るぞ!」
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