4 / 45
04
しおりを挟む王女がクレート公爵邸から帰って行ったあと、オーガスタは浴室で汗を流して着替えた。それから、自室に戻る。
侍女のひとりが手際よく紅茶を用意する傍らで、濡れた髪をタオルで拭いた。
「先ほどは王女様と何をお話になったのですか?」
「……ああ、私じゃサミュエル様にふさわしくないんだってさ」
オーガスタは髪を拭き終わると、濡れたタオルを籠の中に入れ、姿見の前で前髪を掻き上げた。
鏡には、男のような自分の顔が写っている。
「ほら、男顔令嬢とか言われてるでしょ? 正直、私なんかより王女様みたいな素敵な令嬢の方がお似合いかもね」
すると侍女が、紅茶を淹れる手を止めて声を震わせながら言った。
「お嬢様だって素敵な方です……! 私の父が病床に伏して、一家が路頭に迷いそうになったとき、お嬢様は前払いだと言って、父の治療費を全て払ってくださいました。お嬢様は誰にでも優しくて分け隔てなく接してくださいます。少なくとも私や、この屋敷の使用人たちは、みんなみんな、お嬢様のことが大好きなんです……!」
普段は大人しくてあまりしゃべらない彼女が、珍しく饒舌気味に語る。その言葉にオーガスタは少し驚き、そして嬉しくも思った。
「私たちが大切に想っているお嬢様のことを……お嬢様がひどく言わないでください」
あんまり一生懸命にフォローしてくれるので、オーガスタは思わず苦笑を零した。
「ありがとう。そう言ってもらえて元気出たよ」
「私……お嬢様が悪く言われるのが辛いです。恐れながら申し上げます。ふさわしくないと言うなら、サミュエル様の方では? 婚約者であるお嬢様のことを散々ほったらかしにして、あまりに誠意が感じられません……」
そう言いながら、とうとう目にじわりと涙を滲ませる彼女。オーガスタは懐からハンカチを取り出して、彼女の涙を優しく拭った。
「もう、泣かないで。私は平気だから。サミュエル様とは一度よく話し合おうと思ってる。封筒と便箋を用意してくれる?」
「……はい。かしこまりました」
侍女は鼻をすする音を立てながら頷いた。
その後オーガスタは、サミュエルに向けて手紙をしたためた。――『大切な話がある』という書き出しで。
◇◇◇
オーガストの手紙に返事が返ってきたのは、手紙を出した二週間後だった。そして、会って話せることになったのは、更にその二週間後のこと。
しかもサミュエルは、クレート公爵家に足を運ぶのを面倒がり、オーガスタを彼の職場である王宮近くのカフェに呼び出した。
カフェの店内で、ふたりは向かい合って座った。
会うやいなや、あからさまに煩わしそうな態度でサミュエルは言う。
「この忙しいときに呼び出して、何の用だ?」
「……」
オーガスタは彼のふてぶてしい様子に不信感を抱き、テーブルの上に置いた拳を無意識に握り締めた。
(私のことをよっぽど舐めてるみたい)
サミュエルと顔を合わせるのはおよそ二ヶ月ぶりだ。
以前の彼はもっと大人しくて真面目だったが、王族の近衛騎士になってから傲慢な態度が目立つようになった。大切な話があるというのに、サミュエルは足を組み、迷惑そうな顔でこちらを見ている。
こういう態度を取っていい相手だと思われていることが、悲しかった。怒りというより、虚しさが静かに胸に広がっていく。
だが、オーガスタは不満を態度には出さず、きわめて冷静に言う。
「実は、ひと月前に王女様が公爵邸に来ておっしゃったの。王女様とサミュエル様は愛し合っているから、私に身を引いてほしいって」
「……!」
「今日は事実を確かめに来たんだよ。ふたりは本当に愛し合っているの?」
端的に尋ねると、サミュエルは目を見開いた。オーガスタは更に畳み掛ける。
「……正直、この婚約は解消しようかなって思ってる。きっとそれがお互いのためだから」
「ま、待ってくれ!」
そのとき、サミュエルは顔を真っ青にして立ち上がった。机に両手を付いた衝撃で、コップが倒れて水が零れる。ころころと転がるコップを素早く立てたのは、オーガスタだった。
「婚約解消だって? そんなの、納得できない。ご、誤解なんだ。ちゃんと話し合おう」
「うん。今日はそのためにここに来た」
3,043
あなたにおすすめの小説
冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。
ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。
事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw
もう、今更です
ねむたん
恋愛
伯爵令嬢セリーヌ・ド・リヴィエールは、公爵家長男アラン・ド・モントレイユと婚約していたが、成長するにつれて彼の態度は冷たくなり、次第に孤独を感じるようになる。学園生活ではアランが王子フェリクスに付き従い、王子の「真実の愛」とされるリリア・エヴァレットを囲む騒動が広がり、セリーヌはさらに心を痛める。
やがて、リヴィエール伯爵家はアランの態度に業を煮やし、婚約解消を申し出る。
愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。
梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。
ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。
え?イザックの婚約者って私でした。よね…?
二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。
ええ、バッキバキに。
もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。
[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで
みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める
婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様
私を愛してくれる人の為にももう自由になります
諦めていた自由を手に入れた令嬢
しゃーりん
恋愛
公爵令嬢シャーロットは婚約者であるニコルソン王太子殿下に好きな令嬢がいることを知っている。
これまで二度、婚約解消を申し入れても国王夫妻に許してもらえなかったが、王子と隣国の皇女の婚約話を知り、三度目に婚約解消が許された。
実家からも逃げたいシャーロットは平民になりたいと願い、学園を卒業と同時に一人暮らしをするはずが、実家に知られて連れ戻されないよう、結婚することになってしまう。
自由を手に入れて、幸せな結婚まで手にするシャーロットのお話です。
今さら救いの手とかいらないのですが……
カレイ
恋愛
侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。
それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。
オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが……
「そろそろ許してあげても良いですっ」
「あ、結構です」
伸ばされた手をオデットは払い除ける。
許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。
※全19話の短編です。
両親に溺愛されて育った妹の顛末
葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。
オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。
「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」
「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」
「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」
妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる