【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ

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 王女がクレート公爵邸から帰って行ったあと、オーガスタは浴室で汗を流して着替えた。それから、自室に戻る。
 侍女のひとりが手際よく紅茶を用意する傍らで、濡れた髪をタオルで拭いた。

「先ほどは王女様と何をお話になったのですか?」
「……ああ、私じゃサミュエル様にふさわしくないんだってさ」

 オーガスタは髪を拭き終わると、濡れたタオルを籠の中に入れ、姿見の前で前髪を掻き上げた。
 鏡には、男のような自分の顔が写っている。

「ほら、男顔令嬢とか言われてるでしょ? 正直、私なんかより王女様みたいな素敵な令嬢の方がお似合いかもね」

 すると侍女が、紅茶を淹れる手を止めて声を震わせながら言った。

「お嬢様だって素敵な方です……! 私の父が病床に伏して、一家が路頭に迷いそうになったとき、お嬢様は前払いだと言って、父の治療費を全て払ってくださいました。お嬢様は誰にでも優しくて分け隔てなく接してくださいます。少なくとも私や、この屋敷の使用人たちは、みんなみんな、お嬢様のことが大好きなんです……!」

 普段は大人しくてあまりしゃべらない彼女が、珍しく饒舌気味に語る。その言葉にオーガスタは少し驚き、そして嬉しくも思った。

「私たちが大切に想っているお嬢様のことを……お嬢様がひどく言わないでください」

 あんまり一生懸命にフォローしてくれるので、オーガスタは思わず苦笑を零した。

「ありがとう。そう言ってもらえて元気出たよ」
「私……お嬢様が悪く言われるのが辛いです。恐れながら申し上げます。ふさわしくないと言うなら、サミュエル様の方では? 婚約者であるお嬢様のことを散々ほったらかしにして、あまりに誠意が感じられません……」

 そう言いながら、とうとう目にじわりと涙を滲ませる彼女。オーガスタは懐からハンカチを取り出して、彼女の涙を優しく拭った。

「もう、泣かないで。私は平気だから。サミュエル様とは一度よく話し合おうと思ってる。封筒と便箋を用意してくれる?」
「……はい。かしこまりました」

 侍女は鼻をすする音を立てながら頷いた。

 その後オーガスタは、サミュエルに向けて手紙をしたためた。――『大切な話がある』という書き出しで。




 ◇◇◇




 オーガストの手紙に返事が返ってきたのは、手紙を出した二週間後だった。そして、会って話せることになったのは、更にその二週間後のこと。

 しかもサミュエルは、クレート公爵家に足を運ぶのを面倒がり、オーガスタを彼の職場である王宮近くのカフェに呼び出した。

 カフェの店内で、ふたりは向かい合って座った。
 会うやいなや、あからさまに煩わしそうな態度でサミュエルは言う。

「この忙しいときに呼び出して、何の用だ?」
「……」

 オーガスタは彼のふてぶてしい様子に不信感を抱き、テーブルの上に置いた拳を無意識に握り締めた。

(私のことをよっぽど舐めてるみたい)

 サミュエルと顔を合わせるのはおよそ二ヶ月ぶりだ。
 以前の彼はもっと大人しくて真面目だったが、王族の近衛騎士になってから傲慢な態度が目立つようになった。大切な話があるというのに、サミュエルは足を組み、迷惑そうな顔でこちらを見ている。

 こういう態度を取っていい相手だと思われていることが、悲しかった。怒りというより、虚しさが静かに胸に広がっていく。
 だが、オーガスタは不満を態度には出さず、きわめて冷静に言う。

「実は、ひと月前に王女様が公爵邸に来ておっしゃったの。王女様とサミュエル様は愛し合っているから、私に身を引いてほしいって」
「……!」
「今日は事実を確かめに来たんだよ。ふたりは本当に愛し合っているの?」

 端的に尋ねると、サミュエルは目を見開いた。オーガスタは更に畳み掛ける。

「……正直、この婚約は解消しようかなって思ってる。きっとそれがお互いのためだから」
「ま、待ってくれ!」

 そのとき、サミュエルは顔を真っ青にして立ち上がった。机に両手を付いた衝撃で、コップが倒れて水が零れる。ころころと転がるコップを素早く立てたのは、オーガスタだった。

「婚約解消だって? そんなの、納得できない。ご、誤解なんだ。ちゃんと話し合おう」
「うん。今日はそのためにここに来た」
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