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しおりを挟むオーガスタは広間を離れ、王宮のだだっ広い廊下をあてもなく歩いていた。心を落ち着かせるためにバルコニーに出たのに、心は揺れ続けている。
ひとりで歩いていると、通行人たちがちらちらとこちらを見て内緒話をした。
「あら、あの人すごく背が高いわね」
「あの方って、確か……」
「男顔令嬢、じゃなかったかしら? 確かに、男性みたいなお顔立ちね。女性でなければ引く手あまただったでしょうに」
オーガスタは平均的な女性より頭ひとつ分背が高いせいで、存在感が際立っていた。加えて、公爵令嬢という立場があって、より注目の的になってしまうのだ。
まとわりつくような品定めの眼差しに辟易しつつ、天井がない開放廊下を見つけ、今度こそ人がいないことを確認してから足を踏み入れる。手すりに腕を乗せると、夜風に晒された大理石は冷たくて、肌の熱を奪っていった。
オーガスタは小さくため息を吐き、顔を伏せた。今も脳裏に、口付けを交わすサミュエルとアデラの姿が焼き付いている。裏切られたことは悲しかったが、同時に自分が情けなく思えた。
(もし、私が王女様みたいに女の子らしかったら、こんな結末にならなかったのかな。私は、誰とも愛し合えないのかな)
オーガスタは異性を好きになったこともなければ、好かれたこともない。『男顔令嬢』などと揶揄される自分は、一生、異性の誠実な愛を知ることなどないのかもしれない。
(これから、どうすればいいんだろう)
新しい婚約者を探すのも乗り気ではないし、他にやりたいことも何もない。
心が、ざわざわと揺れ動く。そして次第に、諦念が広がっていく。
そのとき、ひときわ強い風が吹いてオーガスタの短い髪を揺らした。顔にかかった髪を耳にかけ顔を上げると、ある人の姿が目に留まった。
開放廊下の近くに佇んでいる古い塔。その出窓に美しいひとりの男が座り、夜空を見上げていた。
月明かりに照らされた艶やかな銀髪が風になびく。
すると彼が、ゆっくりとこちらを振り向いた。彼の赤い瞳と視線が交錯した瞬間、オーガスタの心臓がどくんっと大きな音を立てた。
頭のてっぺんから指先まで、雷が駆け巡るような衝撃を受ける。全身の血が沸騰するように熱くて、くらくらと目眩がした。
(何が、起きて……)
自分の身に起こっていることが理解できず、当惑に当惑を重ねる。しかし、ひとつだけ確かなのは、自分が彼にどうしようもなく惹き付けられ、目を逸らせずにいることだった。
(苦しい。あの人を見つめているだけで、胸が張り裂けそう……っ)
その刹那、オーガスタの頭にさぁ……と前世の記憶が流れた。
心臓が全く言うことを聞いてくれず、どくん、どくん、と激しく音を立てながら加速していく。胸を片手で抑え、その場に崩れ落ちる。
そして、前世の自分が何よりも恋い焦がれ、愛していた人の名を思い出した。
「ネフィーテ、様……」
そう呟いたあと、オーガスタは意識を手放した。
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