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しおりを挟む「こ、近衛騎士ですか? お嬢さんが……?」
オーガスタがネフィーテの近衛騎士になりたいと懇願すると、彼は困った顔を浮かべた。
視線をやや上に向けて思案しながら、頬を掻く。
「はい。お願いします。これでも、剣の腕には自信があります。きっと、役に立ってみせますから……!」
「困りましたね……。第一君、私が誰なのか分かっているんですか?」
今のオーガスタの能力が及ぶ範囲で、ネフィーテの傍にいるためには近衛騎士になるのが一番だと考えた。前世のノエはたまたま彼の同情を引いて拾ってもらえたが、オーガスタは恵まれた家庭環境にいるため、同じ方法は使えない。
「ネフィーテ・フェルシス王子殿下ですよね。あの塔で療養されていると聞いたことがあります。公用語の発音も綺麗ですし、高貴な方の装いをなさっていたので、そうかと」
「ご明察です。ではなぜ、私の近衛騎士になりたいんですか?」
オーガスタはその問いに、目を泳がせる。
前世の自分は、ずっとネフィーテと一緒にいると心に誓っておきながら、吸血鬼に殺されて死んでしまった。同じ種族であるネフィーテが心を痛めてほしくないし、そもそも彼がノエのことを覚えているかも分からないので、すぐに打ち明けるかどうか判断することはできない。
では、どうやって近衛騎士になる理由を説得しようか。
底抜けにお人好しなネフィーテが王宮暮らしで不自由していないか心配だ。どうしても、傍に置いてもらいたい。
必死に思案を巡らせ、頭に思い浮かんだのはサミュエルのことだった。
「じ、実は、私の実家が多額の借金を抱えておりまして。婚約者と結婚後、私が生涯尽くす代わりに、支度金として借金を相手の実家に肩代わりしてもらうはずでした。それがなくなった今、働き先を見つけなくては私の家は困窮してしまうんです……」
「なるほど、気の毒に。それで泣いているのですね」
全てオーガスタではなく、サミュエルの話だ。オーガスタがこくこくと頷くと、ネフィーテは愁眉を寄せ、オーガスタの苦境に同情している。彼は優しい。だから、その優しさにつけ込むしかないと思った。
(う……胸が痛い)
つい先ほど婚約者に嘘を吐かれて腹立たしく思ったばかりなのに、ネフィーテの優しさを利用して騙そうとしていることで、自責の念と罪悪感に苛まれていく。
少しの沈黙のあと、上から「顔を上げなさい」という優しい声が降ってきた。ネフィーテは目の前にしゃがみ、オーガスタの濡れた瞳をハンカチで慎重に拭った。
「分かりました。なら、借金を返す方法を考えておきましょう。ですが、近衛騎士の申し出はお断りします」
「そんな……どうして……っ。近衛騎士が無理なら、メイドでも、小間使いでも構いません!」
塔に閉じ込められている第四王子に、一貴族令嬢では易々と面会できない。
それを考えると、ここで引き下がったらもう二度と会うことが叶わない気がして、全身の血の気が引いていく。どんな形でもいいから、もう一度一緒に過ごしていたいのだ。
「そもそも私には騎士やメイドを決定する権限がありませんし、君のような若者の貴重な時間を、私ごときのために無駄にしてほしくないんですよ。もっと価値のあることに使ってください」
「私にとって価値のあることは自分で決めます。それより……そうやって、ご自分のことを卑下しないでください。あなたは泣いている私にハンカチを貸してくれた、優しい人です」
オーガスタは愛おしげに微笑みかける。
「…………」
すると、ネフィーテは瞳の奥を揺らした。オーガスタははっと我に返って慌てて謝罪する。
「も、申し訳ありません。出過ぎたことを言いました」
「いいえ、気にしないでください。ありがとう。……でも、すみません。私はただ、怖いんです。大切な存在を作って、また失ってしまうのだね。それにきっと君も、私の正体を知ったら……」
そう言ってネフィーテは、とても寂しそうな顔をした。彼が言いかけた言葉の先は、オーガスタにもなんとなく想像がついた。
(私は離れたりしませんよ、ネフィーテ様)
そっと、心の中で答える。
ネフィーテは吸血鬼であることに負い目を感じ、昔から諦めたような顔をする人だった。本当は人と関わりたいくせに、自分や相手が傷つくことを恐れてひとりで生きる道を選んだのだ。
直後、医務室の扉の向こうから足音がした。
(誰か来た)
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