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しおりを挟むネフィーテの近衛騎士を目指す決意をしてから、半年が過ぎた。
オーガスタは王国騎士団に入団し、日々の訓練を重ねた。新人騎士たちは、数ヶ月に一度行われる試験によって所属が決まるのだが、オーガスタはその試験で堂々の一位を獲得した。ノエだったら一位には到底なれなかっただろうが、オーガスタはクレート公爵家の素晴らしい血筋を引き継いでいた。
その日、稽古を終えたオーガスタが王国騎士団の拠点となる建物の廊下を歩いていると、ひそひそと噂された。
「見ろ、あれが噂の――期待の新人じゃないか?」
「ああ、騎士団長の娘だろ。すごい剣の腕前らしい。きっと父親の跡を継いで出世するんだろうな。試験結果もぶっちぎりの一位だったそうだ。一体どこを志願したんだろう? 第一部隊、いや第二部隊か……」
「それが――第四王子の近衛騎士らしい」
「「ええっ!?」」
王族の近衛騎士になるのは、騎士にとってとりわけ名誉なことだ。しかし、その代償として、王国騎士団での華々しい出世の道が絶たれることになる。王家への忠義がよほど強くない限り、王国騎士団での昇進を望む者の方がほとんどだろう。オーガスタのように、家格が素晴らしく、実力もあるならなおさらだ。
(ようやく、ようやく、念願が叶う……!)
オーガスタは飄々とした様子で廊下を歩いていたが、内心ではすっかり舞い上がっていた。必死に堪えていなければ、口元がだらしなく緩んでしまいそうだ。
この半年間、懸命に鍛錬を積み、配属を決める試験では見事な成績を修めた。もちろん、希望するのは第四王子ネフィーテの身辺警護だ。周りの騎士仲間たちはその選択を猛反対したが、オーガスタは出世や名誉には全く興味がなかった。変わり者と言われたって、オーガスタの望みはたったひとつである。
そして今日は、王国騎士団長であるダクラスから、執務室に呼び出されている。きっと、配属先が決まったのだろう。
「失礼します。オーガスタ・クレートです」
「入れ」
執務室に入ると、ダクラスは執務机の後ろの椅子に座っていた。人払いがされており、部屋にいるのはオーガスタとダクラスだけ。ふたりの間にぴりぴりとした緊張感が漂う。扉の近くに立っているオーガスタに、ダクラスがひと言。
「もっとこちらに来なさい」
「は、はいっ!」
緊張のあまり、声が裏返ってしまった。しかしなけなしの平常心を掻き集めて、足を踏み出す。
「今日、お前がどうしてここに呼ばれたか分かるかい?」
「私の配属先が決まったから、でしょうか」
「いかにも。お前の配属先は――」
ダスラスは両肘を机の上に突き、組んだ手の上に顎を乗せながら、神妙な面持ちでこちらを見た。もしや、オーガスタの希望通りの配属先ではないのではないかと、ごくんと喉の奥を鳴らした。
(希望が通ってなかったら――どうしよう)
たらり、とオーガスタの頬に一筋の汗が流れる。
すると彼はふっと、微笑んで言った。
「第四王子殿下の近衛騎士に決まったよ」
「ま、紛らわしい雰囲気を出さないでください! あぁもう、無駄にどきっとしましたよ」
ダクラスは笑っていて、娘の反応を楽しんでいるようだった。タチの悪い人だ。近衛騎士になる前に、心臓が止まってしまったらどうしてくれるのか。
「なんだ、嬉しくないのかい?」
「嬉しいに決まってます!」
オーガスタは肩の力を抜いて、膝に手を付いて安堵の息を漏らした。
「いいかい? お前はもう分かっているだろうが、第四王子殿下は特殊な事情を抱えていらっしゃる。彼のことを守るのではなく、むしろ彼が人間に危害を加えないように監視するのが、お前の務めだと忘れないように」
「理解しています。あの……あれからネフィーテ様が吸血衝動を起こすことはありませんでしたか?」
「ああ、定期的に届けられる血の中に、異種の血や異物が紛れ込んでいないか、王国騎士団が確認しているから大丈夫だよ」
「そうですか……それなら、安心しました」
また、騎士団側は例の一件について、誰かが悪意を持って動物の血を混入させた可能性が高いと考えている。
ネフィーテは人の血を取り入れさえすれば、無害で穏やかな人だ。人間に危害を加えることを恐れ、独房のような塔で暮らすことを甘んじて受け入れている。外に出かけたいとか、誰かと関わりたいとか、自分の希望の一切を平気で飲み込んで、ひとりあの塔に住んでいる。
そんな彼のために、オーガスタは何ができるだろうか。ネフィーテに一瞬思いを馳せたとき、ダクラスは引き出しから、封筒の束を取り出した。
「お前が王国騎士団の宿舎で過ごしている間、クレート公爵邸にお前宛の手紙が沢山届いていた。訓練の妨げになると思って預かっていたが、渡しておく。読むも読まないもお前の自由だよ」
封筒を受け取って確認してみれば、全てサミュエルから送られてきたものだった。
(……ろくな内容じゃなさそう)
そしてダクラスは、彼の近況を話し始めた。
サミュエルはオーガスタと別れたあと、王女アデラと正式に結婚したが、夫婦の関係はうまくいっていないらしい。マキシミルア侯爵家は、膨れ上がった借金の返済のために屋敷を手放した。ふたりは街の借家で、王家から最低限の経済的な支援を受けながら生活しているとか。
「その手紙は全て、処分しておいてください」
「……分かったよ」
過去の傷が疼き、オーガスタは胸に手を当て、痛みを抑え込む。この手紙を読んで、また心を過去に引き戻されるのはごめんだ。サミュエルは彼の人生を歩み、オーガスタはオーガスタの人生を歩んでいくしかない。
かつて彼とまだ婚約していたころは、約束を破るときにいつも手紙が送られてきた。サミュエルからの手紙に良い思い出がなく、読む気にはなれなかった。
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