【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ

文字の大きさ
23 / 45

23

しおりを挟む

 執務室を退出したオーガスタは、宿舎で荷物をまとめた。宿舎での生活は今日で終わり、これからは王宮で寝泊まりすることになる。準備を整え、王国騎士団で世話になった人々に挨拶をして、建物を後にした。

 荷物を持ち、門に向かって歩いていると、突然、オーガスタの足元にころころとじゃがいもがひとつ転がってきた。

(……じゃがいも?)

 拾い上げて観察していると、遠くから「すみませーん!」と女性の声がした。王国騎士団の厨房で働いている女性職員が二人、走り寄ってきて、買い出しの帰りだと言った。

「もうすぐ第三王子殿下が王国騎士団にいらっしゃるんです。その食事の準備を任されていて」
「へぇ、第三王子殿下が……。確か、公務にあまり積極的ではない方ですよね?」

 第三王子ルアンは妾の子で、王妃や他の王子から敬遠されている。そのため、公の場に出ることは少なく、王都に与えられたタウンハウスでひっそりと暮らしていた。

「今回の訪問はお忍びらしいので、どうかご内密に。副団長さんと約束があるみたいです」
「分かりました」
「このごろしょっちゅうお越しになるんですが、血がどうとか、復讐だとか、怖い話をしていて、なんだかきな臭い様子なんですよ。ああ、これも秘密ですよ?」
「血……」

 食事を応接間に運ぶときに、副団長キールとルアンの会話を聞くという。彼はかつて国王の近衛騎士をしており、国王を暴漢から守ったことで恨みを買い、報復として暴漢の仲間に妻を殺された。

 血、と聞いて思い浮かぶのは、吸血鬼ネフィーテの顔だ。

 オーガスタがじゃがいもを渡すと、彼女は言った。

「紙袋が破けてしまって……すみません」

 道を見渡せば、じゃがいもとオリーブがあちこちに転がっている。

「拾うの、手伝いますよ」
「いいんですか……!? ありがとうございます」

 オーガスタが微笑むと、ふたりはこちらを見上げながら頬を染めた。無事に野菜を拾い終わったあと、女性のうちのひとりが言う。

「手伝ってくださって、ありがとうございます。あの……お名前を聞いてもいいですかっ? よかったら今度、一緒に食事でも……」
「私はオーガスタ・クレートです。実は宿舎で過ごすのは今日で最後でして。食事はごめんなさい」
「えっ、オーガスタ様って、あの……女性の方……?」
「そうですが、何か?」
「ごめんなさいっ、あたしたちてっきり、男性だとばっかり……」
「はは、全然気にしなくていいですよ。むしろなんか、申し訳ないです」

 彼女たちはお互いに顔を見合せて、驚きをあらわにしていた。なんとなく男だと勘違いされているような気がしたが、落胆するふたりの様子を見て、もっと早く言っておけばよかったかといたたまれない気持ちになった。
 騎士服を着ていると、時々こうして男だと勘違いした女性に声をかけられることがあった。

 職員ふたりはオーガスタにお礼を言って、建物に帰っていく。ふたりはオーガスタが後ろ姿を見送っていることに気づかず、内緒話を始めた。

「オーガスタ様、かっこよかったわね」
「男顔令嬢の噂通り。でも、婚約破棄されてから新しい結婚相手は見つからないようね。騎士団に入るなんて、結婚はもう諦めたのかしら」
「男だったら引く手あまただったのに、残念ね」
「ほんとほんと。男だったら結婚してほしかったー」
「ははっ、あんたじゃ相手にされないわよ」

 オーガスタは思わず苦笑しながら、二人の会話を聞いた。小さいころから音や人の気配には敏感なのだ。
 本人に聞かれていることに気づかず、お喋りに花を咲かせる彼女たちを見て、少し可笑しくなった。オーガスタも背を向けて、今度こそ門へと歩くのだった。

(結婚……か)

 結婚願望がない訳ではない。しかし、サミュエルとの一件以来、結婚に対して良い印象を持てなくなってしまった。もし好きな人と結婚したら、幸せになれるのだろうか。ふいにネフィーテのことが頭に思い浮かび、思わず真っ赤になりながらすぐにその姿を払いのけた。いやいや、ネフィーテに自分なんかが相手にしてもらえるはずがない。

 すると門の外に、思いがけない人物が立っていた。

「――久しぶりだな」
「……っ! サミュエル、様……」

 半年前より痩せ、顔色も悪い。どうしてこんな場所にいるのかと聞くと、オーガスタに会えないかと、何度も王国騎士団の本部を訪ねていたそうだ。彼はアデラと結婚する際に、王国騎士団を辞めている。なんでも、王国騎士団の給与ではとても借金を返済することができないから、別の仕事を始めることにしたらしい。

「君の父親が、君との面会をなかなか許してくれなくてな。ようやく会えた。その……話をしよう」
「こっちには話すことなんてないよ。悪いけど、もう行くから」
「待ってくれ! 頼む、五分でいいから」

 サミュエルはオーガスタの腕をぐっと掴み、切々とした表情で懇願してきた。ずっと門の前で待ち構えていたくらいだから、話を聞かなければどこまでもしつこく付いてきそうだ。
 しぶしぶ立ち止まると、サミュエルは安心したような反応をしてから口を開いた。

「俺が送った手紙、読んでくれたか?」
「読んでない……けど」
「やっぱりそうか。実はアデラと……離婚することになったんだ」

 王家の方針で最初は、不貞を働いた王女に責任を取らせるため、サミュエルとふたりで協力しながら暮らしていくことになっていた。しかし、サミュエルの無責任な行動が原因で、王女をとても預けられないと判断して、離婚を命じたのだった。

「……そう」

 驚きというより、やっぱりそうなったかという気持ちの方が大きかった。

 サミュエルは実家の多額の借金を隠したまま、アデラと不貞を働き、結婚する意思があるのだと嘘を吐いていた。信頼を裏切られたのだから、アデラの心が離れていくのも無理のないことだ。

「本題は別だ。実はあれから、新しく借金をして事業を始めたんだが、それが失敗して……」

 またしてもサミュエルは、性懲りもなく借金をしたらしい。事業を始めないかとそそのかしてきた相手に騙され、第三王子に借金をしたとか。ルアンからは金を返すように催促されているが、支払うあてもないという。

(どうしてルアン様が出てくるの……?)

 元々サミュエルとルアンの間に関わりなどなかったはず。オーガスタの疑問をよそに、サミュエルは続ける。
 
「それで、頼みがあってだな……」
「また、私に肩書だけの妻になってって言いにきたの?」
「違う。率直に言って――金を貸して欲しいんだ。頼む、この通りだ……!」

 サミュエルは深く腰を降り、懇願の声を上げた。お金を貸すことは簡単だが、それが彼のためになるとはとても思えなかった。サミュエルは彼の家族と同じで、派手好きで散財家だった。借金を返したところで、散財癖が治らなければ、根本的な問題解決にはならない。彼の家族も同じだ。

「お金を貸すことはできないよ。でも、借金のことに詳しい弁護士が知り合いにいるから、もし相談したければ紹介できるけど」
「――その必要はない」

 オーガスタの提案をサミュエルはにべもなく斬り捨てた。そして、こちらに聞こえる程度の小さい声で、「使えない女だ」と呟く。彼のぶしつけな物言いに、額に怒筋が浮かびかける。しかし、借金が増え、妻にも逃げられ、心に余裕がないのだと大目に見ることにし、聞こえないふりをした。

 小さく息を吐いたあと、サミュエルを見据えてはっきりと告げる。

「正直言って、こうやって押しかけてきたり、手紙を大量に送ったりされるのは迷惑なの。私たちはもう婚約者じゃない。金輪際、こういうことをするのはやめて」

 彼が物言いたげに口を開閉したが、無視して踵を返す。
 オーガスタが去ったあと、ひとり残されたサミュエルは、地を這うような低い声で呟いた。

「くっ、覚えておけ。……俺の頼みを拒んだこと、いつか絶対に後悔させてやる」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

もう、今更です

ねむたん
恋愛
伯爵令嬢セリーヌ・ド・リヴィエールは、公爵家長男アラン・ド・モントレイユと婚約していたが、成長するにつれて彼の態度は冷たくなり、次第に孤独を感じるようになる。学園生活ではアランが王子フェリクスに付き従い、王子の「真実の愛」とされるリリア・エヴァレットを囲む騒動が広がり、セリーヌはさらに心を痛める。 やがて、リヴィエール伯爵家はアランの態度に業を煮やし、婚約解消を申し出る。

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

諦めていた自由を手に入れた令嬢

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢シャーロットは婚約者であるニコルソン王太子殿下に好きな令嬢がいることを知っている。 これまで二度、婚約解消を申し入れても国王夫妻に許してもらえなかったが、王子と隣国の皇女の婚約話を知り、三度目に婚約解消が許された。 実家からも逃げたいシャーロットは平民になりたいと願い、学園を卒業と同時に一人暮らしをするはずが、実家に知られて連れ戻されないよう、結婚することになってしまう。 自由を手に入れて、幸せな結婚まで手にするシャーロットのお話です。

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

処理中です...